短編小説『ボデイガード』

  by sattakanovel  Tags :  

 寿司屋の戸に手をかけたままフビライハン似の友人が言う。
「さっきすれ違った人さ、電車で赤ちゃんあやしてたでしょ」
 恋子は店内に入るだろうと一歩踏みだしたが、すぐにつんのめった。
「なによこの伝統芸みたいなの。入るならさっさと入ってよ。別のとこにする?」
「寿司くいねぇ」
「ああそうですね寿司食いたいですね。なら早く入って!」
「寿司くうかい?」
「わざわざ聞かなくてもいいでしょ! ……なんでいらいらしなきゃならんのだ」
 電車の赤ちゃんのことを忘れ寿司をたらふく食った二人は、総武線の乗り換えの待ち時間でさっきの話の続きをする。
「あの赤ちゃんあんたに似てた。たぶん前世はあんただったんだろ」
「まあ確かにそうだけどさ、私童顔だしね」
 恋子は二日酔いで頭が回らなかった。
 次の日に彼女は重大な事に気付く。
 恋子の言っていた赤ちゃんがテレビに映っており、記憶をたどるとその顔に見覚えがあった。半年前に産業廃棄物集積場で見た人形にそっくりだったのだ。そしてその人形は確か、手足を動かしていた気がする――。
 怖くなりすぐに紀子に電話したのだが、一向に出ない。あの日一緒に居たのは紀子と、あと一人。大学進学のため岐阜に行った人物。しかし今となっては連絡先も消してしまい、半分喧嘩別れのようになっていた。調べれば実家の電話番号は分かるし、どうにでもなるのに気が進まなかった。
 半年前と言えば恋子はまだ高校生だった。本屋に就職したのは良い選択だったと思っているが、一つだけ難点があった。最近になって本が嫌いになりかけている。認めたくない理由も思い当たる。幼いころのおじの書斎がお気に入りの場所で、恋子専用の本棚を作ってくれたことが本当に嬉しかった。その思い出が邪魔している。嫌いになるのなら嫌いになればいいのに、何度試してもダメだった。
 警察の知り合いから聞いた。ごみ集積場で見かけた赤ちゃんは紀子の産んだ子だったらしい。つまり、捨て子だった。捨て子を保護もせず、ただ見過ごした。
 しかしその子は幸運だった。紀子は岐阜に居た実の父親と共に帰らぬ人となった。図書館からの帰り道に紀子の姿を見かけ、いつもは立ち寄らないゴミ処理場横の路地を入ったタイミングは、本当に絶妙だった。
 二人は子供を捨てた後だった。

 恋子はゴミ処理場に知り合いが居た。本を貸し借りする仲で、十年来の友人だ。現在八十五歳。恋子は今年二十歳になる。年齢差など関係ない。今日は新刊のライトノベルを私に行く。
「――マッキー元気? お隣の産廃業者とモメるのはやめようね。ゴミ処理はゴミ処理なりに頑張ればいいんだから」
「そんなこと言ったって産廃が溜まりすぎてこっちの島に押し寄せてんだから、文句言わなきゃだろ? それより『めっきょマジカル』の三巻早く読みてぇよ」
 ページを捲りながら例の件を話す。
「紀子の子供の泣き声聞こえてたんでしょ?」
「まあ、若い男の方が頼りになると思ったが、ダメだったという知らせだよな」
 恋子はマッキーと紀子の援助交際現場の証拠写真を破り捨て、廃油缶の中で燃やした。

無理はしない。

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