この夏、読書するあなたへ~集英社の『ナツイチ』、おススメ本5点~

  by nebokeshocho  Tags :  

なんて可愛いカバー!

これから読書するあなたへ

この記事では、集英社文庫のフェア『ナツイチ』から、おすすめの本を紹介します。
でも、少しだけ、前置きをさせてください。

生徒さん、学生さんは、そろそろ夏休みまでの日数を指折り数えている頃でしょう。
夏休みの時間をどう使うか? 友達との思い出作り、クラブ活動、あるいは勉強、家族との時間?
自分の頑張る時間を、だらける時間を、思いっきりとればいいと思います。夏休みは、人生の前半に十数回だけめぐってくる、特別な時間です。

その特別な時間に、もしもぽっかりと空白が生まれたならば、どうでしょう、本を読んでは。
――と考える人がたくさんいたのかは知りませんが、学校には読書感想文という宿題があります。
いずれにせよ、生徒・学生さんたちにとって、夏は”読書せねばならない夏”なのです。

読書をする理由は人により様々で、読書が何の役に立つのかも、残念ながらそれなりに生きてみないとわかりません。
ただ、読書が、特に子供時代においては一番身近な、新しい世界への扉であることは、多くの人が言うところです。

これから読書しようという人を、多くの読書人たちはうらやましく思うはずです。
あなたたちは、これから新しく、本に出会えるからです。

シャーロック・ホームズに。星の王子様に。グレゴール・ザムザに。ホールデン・コールフィールドに。モッキンポット師に。フロド・バギンズに。京極堂に。ブギーポップに。ジョバンニとカンパネルラに、これから出会えるなんて、うらやましい!

(『十角館の殺人』のオチをまだ知らないなんて、あなたたちはなんて幸せなんだ!)

読書があなたを主役にする

毎年、夏になると、いくつかの出版社が文庫本のフェアをしかけます。
書店には、あざやかな見出しがつらなり、文庫本が並べられます。
いずれも、その出版社が厳選したタイトルです。

角川文庫の『カドフェス』は漫画『文豪ストレイドッグス』とのコラボで名作文学の目立つラインナップ。
新潮文庫の100冊』は7月開始だそうで、これも楽しみです。

今回紹介する『ナツイチ』は集英社のもの。
『カドフェス』ではなく『ナツイチ』を選んだのは……個人的な理由ですが、マスコットキャラクター『よまにゃ』が可愛かったからです……
書店で『ナツイチ』のラインナップを1冊購入するごとに、トップ画の超絶かわいいブックカバーが貰えます。

ま、ともかく、こうしたフェアに選ばれる本は、いずれ劣らぬ名作ぞろい。
名だたる作家の名前が、きらびやかに並んでいます。
あなたたちから見れば作家さんは、雲の上の人、スーパースターに見えるでしょう。

でも、本を読んでいるときは事情が違います。
本に書かれているのは偉い作家さんたちの言葉です。

が、読書するとき、”読書”という世界の中心にいるのは、あなたひとりなのです。

言葉を読み、理解したり考えたり、喜んだり悲しんだりするのは、あなたひとりの手にかかっているわけです。

ある人は、フィクションに触れることを、子供の”ごっこ遊び”にたとえました(ケンダル・ウォルトンという人です)。
本は、あなたが遊びための、ごっこ遊びの箱庭のようなものです。
本を読むとき、世界の中心にいるのは、あなたなのです。

どうか、読書を楽しんでください。

集英社文庫、夏の一冊『ナツイチ』

これから紹介する、集英社文庫『ナツイチ』のガイドブック(書店で無料配布されています)では、読書の意義を、このような言葉で表現しています。

ひとはときどき、繋がりすぎる、と思う。誰かと一緒もいいけれど、ひとりを楽しむぜいたくだってある。

SNSなどのおかげで私たちは、いつも誰かと繋がっていられます。
でもだからこそ、ひとりきりで過ごす時間は貴重になりつつあるというのです。
ひとりの時間を「ぜいたく」と考えること。素敵な言葉ですね。

『ナツイチ』には多くのラインナップがあって、そのすべてを紹介することはできません。
ここでは若い人におすすめしたい、5冊を厳選します。

かなり個人的な好みが入りますが、読書感想文の対象としても良いのではないでしょうか。
(本当に「良い」かどうかは、実際に読んで判断してくださいね。あなたの心にしっくり来るかどうか)

荻原浩『オロロ畑でつかまえて』

“笑いたい”あなたへ
昨年、『海の見える理髪店』直木賞を受賞した荻原浩さんのデビュー作。
荻原さんは多才な作家で、映画化された『明日の記憶』のような胸にクる作品や、『噂』のようなミステリー調のものも書かれています。
両方の面を持つ『さよならバースディ』なんて傑作もあります。

けれどこの『オロロ畑』は捧腹絶倒のコメディー。学生時代、初めて読んでゲラゲラ笑ったのを覚えています。

超過疎化にあえぐ牛穴村。倒産寸前の広告会社と手を組み、実行したやぶれかぶれの「村おこし大作戦」とは!? 痛快ユーモア小説。ユニバーサル広告社シリーズ第1弾!(『ナツイチ』の紹介より)

そんなわけで、もと広告会社におつとめだった荻原さんの経歴を活かした作品となっています。
もう少し具体的に言うと、主人公たち広告会社は「ウシアナザウルス」というネッシーみたいな恐竜をねつ造して村おこしをしようとします。が、事態はどんどんおかしな方向へ――

――かつて、私にこの小説の存在を教えてくれた人は、「小説は明るく、面白くなければならない」と考えている人でした。「現実はつらいことばかりだから」と。
『オロロ畑でつかまえて』の主人公たちは、苦境にも負けない謎のポジティブさを持ち、セコい知恵を駆使しながら前へ進もうとします。そこから学ぶべきものもある……のかな?

世の中には、小説は深刻でないといけないと考える人々もいます。
けれど小説は、つねに現実と見比べたときに意味を持つもの。
現実がつらく、過酷な限り、笑える小説、明るい小説は、絶対に必要なのです。

山内マリコ『パリ行ったことないの』

“感じたい”あなたへ
人が持つささやかな願望を、ふとしたことから知るとき、私はいつもハッと胸をうたれます。
その願いが叶えばいいなと思う気持ちと、ささやかな願いはそれゆえに壊されやすいという現実を知る経験が、複雑に入り混じった気持ちになります。

ともあれ、『パリ行ったことないの』は11人の女性たちが胸に抱く、ささやかな、しかし確かな”パリ”への願望の物語です。

わたし、パリにすら行かずに、死んでもいいと思ってたの?(本文より)

このフレーズを読んだときの鮮烈な気分は、なかなか忘れられません。
これ、もとは『フィガロジャポン』(フランスの雑誌『フィガロ』の日本版)に掲載されていた小説なので、もともとパリに興味のある人向けに書かれてるんですが、この「パリにすら」という言葉に出会うと、パリにあまり興味のなかった私ですら動揺します。

誰もがその名前を知っている「パリ」。でも、俺、パリに行ったことないじゃん……なんて。

ひとつひとつの章は短く、わりにあっさりしてるのですが、こういうハッとさせられる表現に出会って、嬉しくなる本なのです。
物語だけでなく、言葉の面白さをかみしめるのも、小説の楽しみですからね。それを教えてくれる作家さんです。

登場する女性の年齢は幅広いのですが、みなさん(と言いたくなるような)等身大の、どこかにいそうな方々ばかりです。女性には共感しやすいかも知れません。
反面、男性の中には、こうした女性たちに反発心を抱く人もいるかも知れません。でも、私はそういう男性たちにこそこの本を読んで欲しいと思います。世の中には、あなたたちが願わないことを願う人が、たくさんいるからです。

ちょっときわどい表現もあるのですが、高校生くらいの人にも、読んで欲しい本です。
これを読んで、海外にあこがれを抱く人もいるかも知れません。
また、そのあこがれが打ち砕かれる日も来るでしょう。
でも、ささやかな願いからしか、始まらないことも、きっとあるのです。

湊かなえ『白ゆき姫殺人事件』

“ゾクリとしたい”あなたへ

美人の焼死体発見後、犯人に関する書き込みがネット上に飛び交う――――。思い込みや自覚なき悪意といった、現代ネット社会への警鐘をはらむ新感覚ミステリー。!(『ナツイチ』の紹介より)

湊かなえさんは「イヤミスの女王」なんて呼ばれます。イヤミスとは、「イヤな気分になるミステリー」のこと。
後味が悪かったり、人間のみにくさを思い知らされるような話が多いんですね。
でもこの「イヤさ」がクセになるんです笑

この『白ゆき姫殺人事件』は井上真央さん主演で映画化もされたので、知っている人もいるでしょう。
ミステリーとは言いながら、物語の中心となるのは、被害者の同僚である1人の女性が、残忍で異常な殺人犯だとみなされていくプロセスです。
そこで重要な役目を果たすのが、インターネット=SNS。そう、私たちがもっとも寄り添っている環境です。

登場人物のほとんどが、そして名もなきネットの声の主たちは、自分を正義の味方だと思っています。
自分は正しく、かしこいのだと信じています。みんなが自分の信じた道を突き進み、声を上げることで、「ニュース」は作られていくのです。
この過程の描き方はほんとにゾクゾクさせられます。
読み終えてから、収録されている「資料」を通覧し、”なぜこんなことが起こったのか?”という過程に、あらためてゾクゾクしてください。

「イヤさ」を味わうと共に、自分が発している「言葉」というものについて、考える機会を持つのもいいでしょう。

備瀬哲弘『大人の発達障害』

“知りたい”あなたへ
『ナツイチ』という若者が手を伸ばしやすい企画に、この本を忍ばせたことを、私は英断と思います。

ここまで小説を紹介してきましたが、これはお医者さんが書いた「発達障害」とりわけ「軽度発達障害」と呼ばれ障害の解説書。
副題は「アスペルガー症候群、AD/HD、自閉症が楽になる本」。これらは軽度発達障害の分類です。

人から”変わっている”と言われる人がいます。それはあなた自身かも知れませんし、あなたの周囲にいる人かも知れません。
具体的には、会話の文脈を理解して発現できているかとか、表情や身振りで相手の気持ちを推察できるかとか、想像力によって柔軟な対応がとれるかとか、そういうことが基準になります。こうしたことができないとき、人は”変わっている”と言われます。

軽度発達障害、ならびに「アスペルガー症候群」や「AD/HD」というのは、このような人々を指す診断名です。

なぜ障害と呼ばれるのかと言うと、社会生活に支障が出ているからです。

なぜ支障が出るかというと、その社会というものは、”変わっていない”人々が生きやすいようにルールやマナーが作られている社会だからです。そう考えると、問題が理解できてくるのではないでしょうか。

私たちは自分たちで作ったルールに適応できない人々を”変わっている”と切り捨ててきたのですが、近年「発達障害」の定義や分類が細やかになり、そういう人が意外にたくさんいることがわかってきました。

私たちは軽々しく”コミュ力”なんて言葉を使いますが、しょせん自分たちに適応できる能力、程度の意味しか持たない概念でしょう。

著者が紹介する文科省のデータによれば、軽度発達障害の兆候が見られる小中学生は6.3%。1クラスに1~2人はいることになります。
また、本書のタイトルが示す通り、大人にも一定数は存在すると思われます。

私の知っている例でも、こうした生徒たちが学校のルール上”問題”とされる行動を起こしています。
しかも本人には悪意がなく、なぜ”問題”なのかも理解できないため、先生方は指導にたいへん苦労します。
教育現場では珍しくない例でしょう。

これから大人になっていく軽度発達障害の子供たち、既に大人になって”変わった人”扱いを受ける人々。
定義や分類によって彼らを理解する糸口が見えてきました。
それは”変わっていない”人々のストレスを軽減することにも繋がれば、”変わっている”人々が自らの特質を知ることにも繋がります。
本書は、双方にとって生きやすい環境を、双方の歩み寄りによって作ることを提案しているのです。

中高生にとっては少し難しい言葉も出てきますが、論の運び方はシンプルでわかりやすいと思います。
また、自分が当たり前だと思っている社会や世界が、いかにかたよったものか理解する(相対化する)機会にもなるかも知れません。

ちょっと変わった人にも、それほど変わっていない人にも、本書が周囲の人たちとの理解を深め、よりよい人間関係を作る一助となったら、著者として望外の幸せです。(「はじめに」より)

本書は、これからの”コミュ力”のための本です。

夏目漱石『こころ』

“考えたい”あなたへ
最後にド定番を紹介することをお許しください。

わざわざ私が紹介しなくても、みんな知っている小説ですね。
多くの国語教科書にも、後半部「先生の手紙」のパートが掲載されています。

でも、前半部分、「先生」という人物をしたう「私」という青年の青春は、意外に読まれていません。
教科書で『こころ』に触れた高校生の方は、せっかくだから全体を読んでみては?
謎めいた「先生」の姿、その謎にひかれながら彼を追う「私」の姿は、100年たっても色あせないアツさがあります。

「私は淋しい人間です」と先生はその晩またこの間の言葉を繰り返した。「私は淋しい人間ですが、ことによるとあなたも淋しい人間じゃないですか。私は淋しくっても年を取っているから、動かずにいられるが、若いあなたはそうは行かないのでしょう。動けるだけ動きたいのでしょう。動いて何かにぶつかりたいのでしょう……」
「私はちっとも淋しくはありません」
「若いうちほど淋しいものはありません。そんならなぜあなたはそうたびたび私の宅へ来るのですか」
 ここでもこの間の言葉がまた先生の口から繰り返された。
「あなたは私に会ってもおそらくまだ淋しい気がどこかでしているでしょう。私にはあなたのためにその淋しさを根元から引き抜いて上げるだけの力がないんだから。あなたはほかの方を向いて今に手を広げなければならなくなります。今に私の宅の方へは足が向かなくなります」
(本文より)

ひたすら「さびしい」という言葉が連発されるこのシーンから、「先生」がいかに「さびしさ」というものにこだわっているかがわかるでしょう。それを理解したいけれど、うまく理解できない「私」。「先生」は「私」がいつか自分のもとを去るとさびしく思っているのに……

『ナツイチ』は「ひとり」の時間を楽しむために読書をするのだと言っていましたね。
読書という行為は、楽しみながらも、自分の孤独と向き合うもの。
人間はさびしがりで、さびしがりまくったあげく、孤独が「ぜいたく」なものになるほどにSNSなんかを発達させてきました。
でもどこまでいっても、孤独になる瞬間はあるのです。人間はどこかでひとりっきりになるわけですね。

自分が「ひとり」であることを理解し、孤独をのりこなすことは、生きていく上で大切なことだと思います。
読書は、ごっこ遊びをしながら、孤独な時間を過ごすこと。孤独をのりこなすことです。
『こころ』という本は、孤独な行為である読書をしながら、孤独について考えるという、さびしーい気分になる本なんです。
でも、私たちがどこかで孤独を感じずにはいられない以上、『こころ』を読むような経験は、しておいた方がいいのかも知れません。

この夏、よき読書を

以上、『ナツイチ』から5冊の本をとりあげました。
もちろん、これは私の個人的好みに選ばれたもので、他にも名作はたくさんあります。

恩田陸『ネバーランド』や朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』といった青春小説。
話題の若者向けエンタメ、ゆきた志旗『Bの戦場』。
東野圭吾『白夜行』や久坂部羊『嗤う名医』といったミステリー・サスペンス。
『白ゆき姫殺人事件』を読み終わった人には堂場瞬一『警察回りの夏』なんかもおすすめしたい……
高野秀行のルポルタージュ『謎の独立国家ソマリランド』も必読の力作です。

あなたの心に「出会った!」という感覚を残す一書を、あなたの手で探し出してください。
あなたが、あなたひとりの時間を、良きものにできますように!


集英社『ナツイチ』インターネットサイトはこちら→http://bunko.shueisha.co.jp/natsuichi/

文学のヘンな楽しみ方や、わけのわからん妙な本、映画の間違った味わい方について。