ブータンの難民問題と、国のイメージ

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1 ブータンの難民問題

『読売新聞』が2月16日の「論点」で「『幸せの国』の難民問題」という記事を配信しており、いろいろ思うところがあったので、これについて少し。

記事の概要は、昨年の国王来日を機に、ブータンは「幸せの国」として知られる様になったが、この国は多数の難民問題を抱えているというものです。因みに、ブータンの人口73万人に対しピーク時で11万人もの難民を抱えていたそうです。

因みに、これを書かれたのは元国連難民高等弁務官事務所職員で、ブータン難民への援助活動を担当したこともある根本かおる氏です。

2 難民問題の歴史的背景

記事によると、以下のような歴史的経緯があったとのことです。19世紀末以降、ネパールから土地を求めて多数の人がブータンに移住してき、20世紀半ばまでにブータン国籍を取得しました。

しかしブータン人がチベット仏教徒だったのに対し、ネパール人はヒンズー教徒が大半で、いろいろ衝突も起こっていました。

そこに、ブータンの隣にあった仏教王国シッキムがネパール系住民による民主化運動を契機にインド軍の介入を招き、1975年インドに併合されるという事件がおこりました。

これらを受け、ブータンでは国籍付与条件を厳格化し、ネパール系住民は国籍を失うこととなりました。行く場所を失った人々はネパールに逃げましたが、10万人規模の難民を受け入れる余裕はなく、大量の難民が存在することになったというわけです。

3 国際環境

これはいろいろな問題を含んでおります。シッキムの併合はインドとネパールのとばっちりと言っても良いものです。

シッキム王国は当時ネパール人が大半を占めるようになっていました。その結果、下手をするとシッキム王国はネパールの勢力下に入ってしまうのではないかということを恐れたインドによる治安の回復を名目とした併合と私は理解しております。

こうしたことを目の当たりにすれば、同じ王制をとるブータンが危機感を持ったのは当然かと思います。かといって一度国と捨ててブータンに渡った人々をネパールが快く受け入れるはずがありません。

そのため難民の問題の解決について、ブータンとネパール両国が話し合っていても進展が見られないというのは、ある意味当然かと思います。

4 物事をどう見るか

物事を見る時に、どのように見るかという問題もあります。よく知らないモノに対して、人は簡単に理想化することがあります。これは必ずしも悪い話ではありませんが、良い話ばかりでもありません。

かつてソ連、中国、北朝鮮など社会主義国に対して「幻想」としか言いようのない理想化を行って来た方々が多いことは周知の事実であり、それがいろいろな弊害を生んだことは記憶に新しいかと思います。

かといって、反対に実態をよくわからないまま、何でもかんでも批判をするという態度も如何なものかと考えます。以前「良い中国、悪い中国」で中国が中国の良いところも見てくれという馬鹿げた主張をしたことを紹介したことがありますが、それと同じではないでしょうか。

ブータンの問題は難民問題だけではないこともいうまでもありません。例えば、ブータンは経済発展を無理矢理抑え込んだようなところもあり、特に若い人の中には反発する方もいるという話も聴いたことがあります。

同じモノを見ても、どこをどの角度から見るかによってかなり異なった印象を受けるのは世の常です。今回の事例も典型的なそうした事案でいろいろ興味深いと思ったが故のエントリーでした。

 

画像引用元:flickr form YAHOO

http://www.flickr.com/photos/hyougushi/47694376/

 

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