2018年。
便所ライターとしての肩書がまた新しい1年を刻むこととなり、とうとう最後の一桁、9年目。
9歳の時「年令一桁もとうとう今年で終わりやねぇ」と親戚に言われ、それまで自分の年齢が一桁であることなど何の意味も持っていなかったのにも関わらず、急に意味を持ったのとよく似ている感覚がする。
二桁のほうが圧倒的に長い、という意味。
一桁は下積み、という意味。
二桁が意味を持つのは三桁になってから、という意味。
結局は、ずっと下積み日々精進という感覚である。
「よし行こうか、便所詣」
「初詣やろ?」
「も、兼ねて。」
もはや正月の参拝がメインなのか便所がメインなのか区別ができないほど。
晴れ着というものはハレの日に着るから晴れ着と言うわけで、ケの日に着るのは仕事着である。
便所ライターは仕事ではないが仕事だと思ってやっているので、そうなると私は晴れ着というこの派手か派手じゃないかで言えば大変派手な格好で、正月早々便所にカメラを向けているだなんて、女だてらに仕事熱心なことである。
「さぁ行こうか、便所詣」
「また?!」
「昼過ぎかァ・・・人混みの中で便所を撮るにはちょっとハードなスケジュールやな」
「便所を抜けば落ち着いて詣でられるやんか」
「目的は便所で、破魔矢がおまけ。」
「行ってらっしゃい。」
ハレの日を過ぎても便所魂が止まらない。
男子便所から出て来たオジサマに「何をしとんのや」と訝しがられながら、ワンショットにかける時間は平均4秒。アングルを決めるのに2秒、シャッターを押し込むのに2秒。若干のピントのブレは編集でカバー。
そんな苦労を重ねてまたこの1年を、便所ライターとしての下積みに加算する所存である。
【盆暮れ正月も祝祭日も公衆便所は休まない】
年中無休(正月を除く)という看板のチェーン店。
年中無休ちゃうやんけ。
大晦日の夜中から明け方までは清掃閉店する24時間営業のファストフード店。
24時間営業ちゃうやんけ。
年中無休と謳っている店でさえ、正月には休む。
24時間営業を豪語する店でさえ、年末年始に電気が消える。
しかし公衆便所は年中無休。
大晦日だろうが明かりが灯る。
正月早々、明かりが灯る。
24時間営業の公衆便所は、
朝もはよからとっとと清掃完了。
【便所は手を加えられてアンバランスになってゆく】
間違いなくホワイト企業のアカシ13連休の正月休みに私は、便所詣を目的にパワースポットへとしけこんだ。
下積みパワーでもいただこうではないか。
「うーん・・・さほどパワーを感じないな」
「うおぉぉおぉおおおおおお!急にキたな、パワー。」
便所は外観では決まらない。
中に踏み込んでこそ、決まるのだ。
こっちから入ると女子便所、
あっちから入ると男子便所。
入口を間違うと大変なことになるぞココは。
なんてパワーの要る便所であろうか。
男子便所はまだいい、ハッキリと男子便所だから。
女子便所は消えるのも時間の問題である。
女子便所とわかるモノ、それがこのプレート1枚にかかっているというのに、虫の息。
いずれ99%除菌しますと図解するCMくらいにしか残らないことだろう、赤い点が。
促される、節電(推測)。
節電は望むが、節水はしない。
清潔はお互い様。
個室に入っているひとがノックをしてほしいのではなく、このドアがノックをしてほしいのだ。
なぜならば、手を加えたハンドメイドドアノブでは、個室が空いているのかそうでないかまで対応していないから。
ノックもせずに空いていると思い込んで力任せにドアを引かれた日にゃぁ、ぶっ飛んでドアが開いてしまいそうなカギ事情なのを酌んで、必ずノックを。
これほどまでの手作り感を醸し出しているので、当然のことながら和式便器かと思いきや、所狭しと洋式便器を入れ込んでしまうアンバランスさ。
さすがパワースポット。
パワーが行き場をなくすほどの強いパワーを感じる。
【バリエーションが豊かな浮いてる便所】
さすがは日本三大厄神のひとつ、三が日を過ぎてもギッシリ参道の混みっぷり。
人混みの中で便所を撮影するのは至難の業である。
便所看板が浮いている様子を、人を写さずに撮影することなど不可能という気になってくる。
そこで重要になってくるのがアングルとタイミング。
アングルを2秒で決めたら、人が出入りする一瞬の隙をついてシャッターを押し込む。
便所詣は瞬時の判断の連続なのだ。
人混みの中で人を写さずに撮影するコツは、それはそれは堂々と仁王立ちになって便所にカメラを向けることである。
「あ。ココ?ココを撮ってるの?便所を?」と思ってくれたこれまでの日本人で私のカメラの前を横切った人はひとりとしていない。
皆さん、便所と一緒に写りたくない一心で避けておいでである。
これほどまでに便所魂のレベルが高い私とて、便所の前で記念撮影がしたいかと言われると、したくはない。
便所と一緒に撮りたいわけではなく便所が単体で撮りたいのだ。
だから堂々とカメラを構えると4秒から6秒の早業で撮ることが出来る。
家を出る時に羞恥心を家に置くことが出来れば、成功である。
年中行事の前に置かれている看板の大きさが、
年中行事よりも主張している。
このボロボロ加減をみていると、厄も逃げて行くに違いないと確信する。
紳士淑女、御用達。
画像ではわからないが、紳士プレートをここまでのアップで撮っている場合、男子便所の入口に体半分入っている状態である。いつの日か、通報されるのではないだろうか。仁王立ちでカメラを構えているところを私は、二人の警官に背後から羽交い絞めにされる。抵抗もしていないのに脇をガッチリとホールドされてそのまま後ろ向きにズルズルと引きずられて連行されるのだ。その時に私のカカトが砂利に作った2本の溝を、便所轍と呼んでほしい。次から次に同じ轍を踏んでくれれば本望である。
私が淑女プレートを撮影していると、小学生高学年と思しき女児が私の後ろを走って個室に入って行った。こう言いながら。
「もう!勇気を出して行ってくる!」
勇気を出さなきゃ行けない便所なのか、ココは。
確かに。
平成生まれの彼女にしてみたらこのブラックホール和式便器は、勇気を振り絞らねばやすやすとは行けまい。
良い経験をしたね、お嬢ちゃん。
取り放題のトイレットペーパーはどれを選んだのかな。
私が入った個室は、どういうわけだか取りにくいほうの右端が人気。
皆さんが協力して取りやすい長さで千切ってくれる模様。
基本的に便所の場所は浮いてお知らせするので、見上げていないと見過ごす。
浮いてお知らせしているが、便所へは降りて行く。
壁にベットリ背中をつけても個室の横幅がフレームに入りきらない狭さであるが、
荷物フックは2コ。
予備トイレットペーパーは裸で2コ、縦積み上げ型。
裸の予備トイレットペーパーは高確率で予備のポジションのまま使われてしまう運命にあるが、どうやら運命には逆らえないようだ。
ハンドメイドの木のぬくもり。
どちらも大きさがちょっとだけ小さいけど足りていないわけじゃないサイズである。
浮いてはいなくてもやはり上は向いておかないと見過ごす便所の場所のお知らせ。
まるで祀られているような。
ドレスアップして、そちらと、あちらへ。
さまざまな言い方でお知らせ。
事務的に、洋式をお知らせ。
ちょっとそそるカンジで、物置をお知らせ。
もうポスターと言ってもいい、禁煙のお知らせ。
紳士、
シャツの色を変えた。
淑女、
ベルトをした。
今年も私は公衆便所の魅力を勝手にお伝えすることを誰かしらに誓う。
なんでもかんでもネットで済むこのご時世に、公衆便所はじっとして居るのだ。
だから恋焦がれて、無性に足が向く。
公衆便所はなかなか潰れない。
ばかりかいつの間にか増えている。
待っていろよ公衆便所、いつか全部、私が行く。
リニューアルをすることなく、できればそのままで待っていて。
出来た時の、当初の姿で。
※全画像筆者撮影