【哀愁鉄子の物語】大連の旅(4)大連市民の日常

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中国では、夕方になると人々が広場などに集って、踊り出します。大連でも夕方になると、お揃いの服を着たり、旗のようなものを持った人々が集まってきて、陽気な音楽に合わせて踊り出しました。振り付けは簡単で、基本的にずっと同じ繰り返し。いきなり参加してもいいらしい、という話なのですが、なんとなくお揃いの衣装を身につけていないと勇気が出ませんでした。高齢化は日本だけの社会問題のような気がしてしまいますが、当然中国でも高齢化が進んでいます。こんな踊りでも、小一時間も続けていれば、それなりのいい運動になるので、中高年の健康維持にきっと役立つだろうと思います。

大連最終日は、月曜日なので、普段通りに生活する日常が垣間見られました。本当は路面電車に乗って、海浜の海之韵公園に行こうと思ったのですが、そこまでいく路面電車の本数が極端に少なく、飛行機の時間を考えると、行ったはいいが戻れない、という事態を危惧して、断念しました。でも、それがかえって、市井の人々の平日の様子を見る機会となりました。

なんとなく勝利広場から路地を入って、散歩していると、人の波が一方に流れていくのに、気づきました。みな、この先にある会社に出勤するところのようです。

途中には、朝ごはんを提供する屋台が立ち並んでいます。お惣菜が入ったおまんじゅうや、おかゆのようなもの。ゆげが立ち込めていておいしそうでした。100円かそこらでかなりボリュームのある朝食が食べられるのだそうです。日本ももう少し朝食を外食で済ます文化が発展していたらいいのになあと思います。

進んでいくと勝利橋のところから続いていると思われる支線の線路にぶつかりました。どうやら貨物列車が通るようです。遮断機などはありません。踏切を渡って、少しいくと、物流か貿易関係と思われる大きな会社に、たくさんの人が吸い込まれていきました。このような会社に勤めている人たちはきっとエリートの部類に入るのではないでしょうか。この先は、この会社の敷地のようで、先には進めないため、お散歩はここまで。来た道を戻ります。

踏切の標識が蒸気機関車の絵でした。ディーゼルの機関車が主流になっても、未だに踏切は煙をふかしています。この絵の標識は日本では数が少なくなっています。

通勤路には、露天商も出店していました。草履や靴下など、働く人たちを対象にしたものや、カラフルな紐を編んだお守りのようなもの、おもむろに、廃墟の前でどでかいスイカ販売など。地面にござを敷いて商売していたところは、私が折り返して戻るときには、商品をしまい、ござをまるめ、店じまいの準備をしていました。このあとは、また人出のある街中などに移動するのでしょうか。露天商を生業とする人の一日に思いをふけます。

3日間の旅では、時間と体力の限界があり、あまり多くのものは見られませんでしたが、それでも日本とは違う、異空間を目一杯楽しみました。大連も、人口の都市集中が進んでいるのか、交通がさらに整備されて、今後もっと人が増えていくのではないでしょうか。新しい高層ビルの建築現場がそこらじゅうにある一方で、廃墟となっている建物も多い。こういう光景は東京ではあまり見られませんが、海外から来た観光客が東京の街を見て、どこもきれいだと言うのはわかるような気がします。

大連の空港は、新しくこぢんまりしていてきれいでしたが、トイレがほとんど和式…ではないか、‘しゃがんでするタイプ’なのは、驚いてしまいました。空港も、駅と同じく、チェックインする前にセキュリティチェックがありました。係が適当にやってそうなので、試しに、ポシェットは下げたまま、通り抜けようとしたら、しっかり止められました。

出国審査では、「ニーハオ」の一言もないスタッフが、無言でパスポートをチェック。すると、目の前のモニターで「私の対応について、満足度をお聞かせください」(英語)と表示されて、ボタンを押すようになっています。到着したときの入国審査では、どれか押さないと通してもらえないのでは、という異国でのビビリがあって、「満足」を押してしまったのですが、周りを見ると、当然強制ではないから押していない人も多いため、帰りは押さずに、無視。こんなことでも、大連慣れしたような気がして、ほくそ笑みを押し隠すのでした。

空港で再開した、同じ日程で大連に来た中年の日本人たちに、北朝鮮との国境の街、丹東へのツアーの感想を聞くと、「船から向こう岸に警備隊の人たちが見えて、手を降ったら振り返してくれましたよ。向こうも慣れてる感じで、面白がってたわね」と言いました。片道5時間ほどかかる日帰りの旅は、早朝6時にホテルを出発して、戻ると夜の8時ぐらい。彼らは中一日をそんなふうな弾丸ツアーで過ごしたのです。いい経験になった、もう行くことはないだろうから、と。

飛行機が出発するまでぼんやり免税店を眺めたり、高いコーヒーを飲んだり、そして、屋台の串焼き屋のお姉さんに、「羊」と手のひらに書くジェスチャーをしたら、通じたことを思い出したりしていました。鳥や豚はなんとなく見たらわかるけど、やたらに赤みの肉は、やはりそれが何肉か確認したいところでした。空港の周りには、西洋風の住宅が立ち並び、ここは一体どこの国なのか、一瞬自分のいる場所がわからなくなりそうな、哀愁の帰路でした。【大連の旅 完】

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女性鉄道ファンです。普段は会社員をしています。SLと廃線が特に好きで、ぽちぽちと各地の保存車両や廃線跡などを巡っています。ブログ「哀愁鉄子の物語」を運営しています。

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