人間にとってなくてはならないアイテム、椅子。とくに、世界の中でも日本人は、椅子に座っている時間が長い国民だと言われています。平日の平均総座位時間は420分という、椅子大好きな日本人にとって必見ともいうべき展示がはじまりました。
日本橋タカシマヤS.C.会場から各地に巡回する「椅子とめぐる20世紀のデザイン展」です。椅子研究家の織田憲嗣氏のコレクションから厳選した100脚が並ぶ圧巻の展示。織田氏は「デザインは人を幸せにできるか」という観点から考えているそうですが、おしゃれな椅子は視覚的にも幸せ感をもたらしてくれます。優れたデザインに絶対不可欠な条件は「デザイナーの情熱が込められていること」と、展示の説明にあるように、どの椅子もデザインや素材、技術の粋が極められています。椅子のデザインには時代の精神や科学技術が反映されているそうです。
人類が地球に誕生した頃から、自然石や倒木に腰を下ろして椅子代わりにしていたと言われます。椅子を作り出したのは3000~4000年前。文明の発展とともに、木や石、スチール、プラスチックなど様々な素材の椅子が生まれました。
今は当たり前のように存在しているスチールパイプの椅子も、開発には紆余曲折があったようです。初期は、鉄板を叩いて曲げて溶接してやすりで研ぐ、という大変な行程でスチール製の椅子が作られていたそうですが、1920年代、押し出し成型という技術で大量生産が可能になりました。バウハウスからスチールパイプを用いた名作椅子が次々生まれています。
また、ミッドセンチュリーの、曲線的な座面の椅子も、合板をどうやって曲げるか当時のデザイナーが苦心していたそうです。座る側としては、製作の苦労など考えたことがなかったです。イームズの椅子などの曲線的なデザインは、アメリカ軍のために開発した技術が元になっている、というのも意外でした。戦争で負傷した兵士を運ぶための三次元曲面の添え木が発展し、三次元曲面の椅子が生まれたそうです。椅子は優しさからできています。
素材で印象的だったのは、イタリア製の膨らむ椅子。50センチ四方くらいの小さい真空パックから取り出すと、圧縮されていた椅子が勝手に膨らみ出して、中空状態の大きなソファーの形になります。運搬にも便利ですず、あるとき飛行機の中で真空パックに穴が空いて、椅子が勝手に膨らみ出したことがあり、危険なので運べなくなってしまいました。今は膨らんだ完成状態で販売されているそうです。
様々な椅子が並ぶ中、いつか座ってみたい夢の椅子を挙げさせていただきます。
・ハンギング・エッグ・チェア ヨルゲン・ディッツェル/ナナ・ディッツェル
円や楕円をモチーフにしたデザインが得意のディッツェル夫妻による椅子。ブランコ状に吊るされていて快適ですが、座る時に椅子が後方に逃げてしまうという難点があるそうです。
・赤と青の椅子 ヘリット・トーマス・リートフェルト
垂直や水平を強調した幾何学的なデザイン。赤と青、黄色などに塗られていて、「座れるモンドリアン」のようです。
・チューリップ・アームチェア(左) ユーロ・サーリネン
・ロッキング・チェア(右) チャールズ&レイ・イームズ
ミッドセンチュリーといえば、曲面の椅子。オレンジ色のイームズのロッキングチェアはかなりレアなモデルだそうです。中目のおしゃれカフェにあるイメージ。
・チェアUP5+UP6 ガエターノ・ペッシェ
オットマンとセットになっていて見るからに快適そうな椅子は,真空状態で運ばれてパッケージから出すと自動的に膨らむ構造だそうです。飛行機内で勝手に膨らんだ事件以来、今は完成状態で流通しているとか。
展示は素敵な椅子を眺めるだけで、座りたくても座れない生殺し状態だったのですが、会場の最後には、ありがたいことに、名作椅子を試せるコーナーがありました。アルネ・ヤコブセンのスワンチェアは、意外と固めでしたが、包み込まれる安心感がありました。イームズのプライウッドラウンジチェアは、木製で座った時に後ろに滑る感覚が気持ち良いです。チューリップ・アームチェアは、やはりデザインを見た瞬間テンションが上がります。角がないのでぶつかっても痛くありません。
円安で名作家具もますます手が届かなくなっていますが、おしゃれなデザインの椅子に座って、エネルギーをチャージできました。
今回のコレクションを所有している織田先生に、内覧会で「大量の椅子をどうやって保管しているんですか?」と伺ったら、旭川市に200坪の倉庫があり、そこに1000脚くらい保管しているそうでした。椅子愛がすごいですが、後世の人にとっても重要なコレクションです。椅子知識は大人のたしなみ。名作椅子の名前やデザイナーを覚えて披露すると、周りの見る目も変わり、ワンランク上の自分になれそうです。