日中国交正常化から50年 あえて問い直す日中の「負」の歴史「遺棄化学兵器」中国人被害者に医療補償を

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【出典:「日中戦後賠償と国際法」浅田正彦 著[東信堂]】

 2022年9月29日は「日中国交正常化」から50年の節目を迎える特別な日だった。
 中国の習近平国家主席を筆頭に中国史実の中でも長期政権を維持している。権力闘争が世界と比しても苛烈を極める中国では、これまでに少なくとも2回以上、習氏は暗殺クーデター未遂に遭っている。地方出張に回っていたところ、あと少し遅かったら爆殺されていたかもしれないのだ。現・中国の李克強首相は政権のトップを周氏と争っていた時、最も次期国家主席に近い候補だと見做されていた。だが、李氏が留学していた時も一人、中国国内でドブ板選挙のように地方でキャリアを積み、日本の沖縄県を強烈に執着した領土研究を行なってきた。その周氏が国家主席の地位に就き、かつての鄧小平氏が方向性を掲げた「韜光養晦(とうこうようかい)」の焼き直しや「一帯一路イニシアチブ(BRI)」「略奪経済」などの外交政策を相次ぎ打ち出して「毛沢東思想」を打ち固めた周氏は、それまでの「鄧小平理論」、「江沢民・前総書記」に毛沢東を加えた「三つの代表」のような指導思想とは政策理念を異にする頑強な政権運営の地盤を築いてきた。そして2035年には米国を経済的な実力面で凌駕することを見越した「プロジェクト2035」という暗号化された一大目標が据えられている。ひと昔前の「量子コンピューター(カンタム・コンピューター)」や「暗号資産」など科学技術的にも経済的側面から見ても、中国のインフラの技術的躍進は既に米国を抜いている。「スチヂーヂズの罠」を論じたのはスコットランドの科学者グラハム・ベル氏だが、かねてより中国の経済成長率は著しく、あと数年で米国のGDPをドイツ一国分は抜き去るほどの勢いだと巨大化する中国覇権に警鐘を鳴らしてきた。
 筆者が駆け出しで不遇の時代を送っていたころ、「National Geographic」マガジンに「北極南極海垂直航路(ヴァーチカル・ライン)」の特集記事が載っていて翻訳したところ、「(当時2000年代初めの頃の)中国は米国の学徒のような振りをして実は短刀を米国という巨大な敵性国家の喉元に突きつけて世界覇権を狙っている」という内容だった。
 あれから20年以上経過している中国の国内外の情勢は、まるで件の洋雑誌が予見していたかのように実際のところ劇的に変わっている。

 だが、私たち日本人と中国の関係性を鑑みた時、ただ外交政策を学び日向の当たる「日中関係」ばかりを見てきて「負」の歴史認識や日本国憲法との整合性を顧みないことは過去から将来へ向かう日中国交正常化の舵取りを政治家が誤ってしまい日本の市民がその間違った導にミスリードされてしまうリスクはないだろうか?

 そこで、筆者はあえて過去の日中関係の「負」の歴史を改めて考えることのできる、かつて書いたが発表できず終いだった「日中戦争と平和憲法」に関する催事の取材原稿を今日という日にここに掲載しておきたい。

日中戦争から80年を迎えた2017年に催された「日中戦争と平和憲法」記念シンポジウム

 日中戦争から80年を迎えていた2017年12月17日、金曜社が「日中戦争と平和憲法」について考える二部構成イベントを主催した。
 主催者側は、日中戦争80周年を迎える第一部では「加害の歴史」に光を当て、二部ではその光を持って「憲法を活かす道筋を」浮かび上がらせ展望を探った。
 同じ敗戦国の中でも隣国と軋轢が生じている日本には犠牲者の立場に立つ想像性が欠如していることは通説になっている。この日、主催者側によって第一部と第二部の間にDVDで加害の記憶を持つ旧日本軍属の証言が流された。

「週刊金曜日」編集委員の中島岳志氏は「支那事変、日中戦争はアジア解放ではなく侵略戦争である。日中戦争ほど、無計画で無統制なものはないと厳格な批判をしている。戦争を解決するために戦争を拡大するという悪循環。これがまさに日中戦争の拡大というものに他ならない。かつての保守派は軍部や戦争に対する嫌悪を抱いていた。しかし、今の保守はなぜ大東亜戦争を肯定しているのか。この戦争を主体的に生きた保守派の矜持というものをもう一度現在の保守派に対して向けていくというのが本当の保守というものを考える、あるいは歴史認識を保守から考えるという時の一番重要な視点というものではないか」との問題意識をかねてから示してきた。(「日本記者クラブ」2015年12月15日講演録)

 今、スポットを当てるべき日中戦争に関する戦後補償の課題とは何か。未だに解決のつかないまま司法の場で係争されてきたのは、「遺棄化学兵器問題」や「中国人強制連行・強制労働問題」「中国人慰安婦二次訴訟」「中国残留孤児問題」だ。ここでは「遺棄化学兵器問題」を取り上げる。  
 2017年11月18日から20日にかけて、中国黒竜江省のチチハル市にあるチチハル医科大学附属第3医院にて、日中の医師共同で38名の遺棄毒ガス被害者の診察を行った。「京都新聞」(2017年9月18日)によれば、旧日本軍の毒ガス兵器を巡って2003年に中国のチチハル市に遺棄されたドラム缶の毒ガスの液体などに触れた44人が死傷する被害が続いていることでNPO法人日中未来平和基金が基金を集めていると報道されている。

忘れ去られゆく「遺棄化学兵器」中国人被害者に医療補償を

 同NPOの日本側代表を務める南典男弁護士と共に同行したという、化学兵器被害解決ネットワーク事務局長の大谷猛夫氏は筆者の取材に応じ、「毒ガス兵器は殺戮の道具として開発されたため、被害治療に関する研究はほとんどなされていない。医学会や学会でも国際的合意がなされておらず、皮膚疾患や呼吸器疾患は被害だと言われてきたが、胸部の診察をした医師はこれに加えて自律神経異常、高次脳機能障害、免疫力低下、記憶力低下という症状が出ていると指摘した。日本軍はソ連と戦争しようとしていたため、-30度でも液体毒が気化する沸点を下げるためにヒ素が入っている。そのためヒ素中毒と同じ症状が日本軍の毒ガスにはあるし、神経異常、がんのリスクもある」と語った。
 2003年のチチハル事件では4名の被害者が40代でがんのため死亡している。
 日本政府は2017(平成29)年度遺棄化学兵器廃棄処理事業の当初予算額を361億7300万円。前年比16億円増、対前年度4.6%増と見積もった。その中でも吉林省ハルバ嶺における発掘・回収および試験廃棄処理設備処理事業に最も高額な予算をつけ、年々額は右肩上がりだ。
 しかし、大谷氏は次のように指摘する。「日本政府は4000億円以上の資金を投じて遺棄廃棄事業を行なってきてはいるが、燃焼させ、拡散させても、ヒ素が元素なので、除去できない。当時の政府歳出で見舞金は出したが、中国の保険制度が日本とは異なる。売薬で症状を抑えているのが現状で、今後治療にいかに繋げていくのかが課題だ」

 司法の領域では国際法上、多くがハーグ陸戦条約第3条「違反」規定、対日平和条約(サンフランシスコ講和条約)第十四条(b)「賠償請求権の放棄」及び日中共同声明第五項「戦争賠償の放棄」を法的根拠として法廷闘争が幾度も繰り広げられてきた。遺棄化学兵器廃棄問題の訴訟自体は既に一次~四次訴訟まで係争され、いずれも終了している。
 だが、被害者の苦しみは戦後も続く。今、遺棄化学兵器廃棄問題には、医療補償にスポットを当てる必要性がある。

なぜ、原告側は敗訴したのか?「国家無答責の法理」により日本政府は損害賠償請求を退けた

 なぜ、原告側は敗訴したのか?国内法である民法上、国家賠償法施行後の放置行為について国の作為義務を否定するとともに、遺棄行為及び、国家賠償法施行前の放置行為については、「国家無答責の法理(国家は公権力の行使による不法行為につき損害賠償責任を負わない)」を適用して、日本政府は原告らの請求を退けている。
 日中共同声明との関係で、①「分離説」をとれば、放置行為については「戦争の遂行中」の行為ではないとして、「日中共同声明」第五項における「放棄」の対象外といい得るのに対して、②「一体説」をとれば、放置行為も遺棄行為と一体となって「戦争の遂行中」の行為として把握されることで、全体として放棄の対象であると言い得るのである。

 国際法違反行為により権利を侵害された「個人」が直接国際法上の手続きによってその救済を図り得るような制度、すなわち国際裁判所に「個人の出訴権」を認めることを内容とする投資紛争解決条約(1965年)などの締結条約の一例がある。
 京都大学大学院の浅田正彦教授(法学)は台湾省代表が中国共産党全国人民代表大会において質疑したところ、銭其琛外交部長が「日中共同声明で放棄したのは国家間の賠償であって、個人の補償請求は含まれない」「補償の請求は国民の権利であり、政府は干渉できない」と述べたことに刮目した。日中戦後賠償の一連の訴訟の争点として、裁判所が日中共同声明においては中国「国民の請求権」は放棄されていないと判断した主要な特徴である。

 国家賠償法附則六項を憲法に反する規定であると主張できるのではないか。すなわち、「憲法の前文、九条、十三条、十四条、十七条、二十九条一項・三項、四十条、九十八条二項、九十九条などの平和主義、国際社会の尊重、基本的人権の擁護、国の賠償責任、財産権の補償と正当な補償、刑事補償等の規定の趣旨及び目的に鑑みると、日本軍による蛮行の被害者に補償を行い、せめて事後的に重大な人権侵害の損害回復を図ることは憲法上の要請であるから、右被害者について国家賠償法の適用を排除する同法附則第六項はその限りにおいて憲法に反し無効である」と言い渡した判例がある。
 特に憲法第九十八条二項「国際法遵守義務」からして国会には本件に係る賠償立法をすべき義務が課せられているとしている。

 憲法第二十九条第三項「私有財産」とは、「各私人(自然人及び法人)に属する財産権」をいい、「公共のため」とは「公益に仕える目的のため」の意であり、「用ひる」とは「強制的に財産権を制限または収容する」の意味である。補償の要否を判断する基準としては、「公共の利益のために私有財産を剥奪・制限することが私人にとって特別な犠牲を強いることになっているかどうかによって判断される。」そして、私人に特別な犠牲を課すものである場合には、憲法第二十九条第三項によって直接補償請求をなし得るということも、既に最高裁判所が認めているところである(最高判1968年11月27日刑集二十二巻十二号一四〇二頁)

 浅田氏は、日本政府の主張をより正確に記述したと思われる判例として、中国人強制連行新潟訴訟・新潟地裁判決(2004年)を挙げている。第二次大戦中における中国人強制連行事件において、国に対して初めて賠償が命じられた初めての判決である。「中国の国民(個人)」である原告らが、国と株式会社リンコーコーポレーション(吸収合併により新潟港運式会社を包括継承)を相手取った訴訟で、強制連行による新潟港での強制労働につき、不法行為と債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償および謝罪広告を求めた事案だ。
 
 新潟地裁の判決別紙「被告国の主張」を証拠として、浅田氏は「日本政府は先の大戦に係る中国国民の日本国及び日本国民に対する請求権の問題も処理済みであるとの認識が当然に含まれている。この点については、中国政府も同様の認識と承知している」と日本政府の「歴史認識棚上げ」体質が色濃く出ていると指摘した。
 浅田氏はこれら一連の中国の戦後賠償問題を巡る5点の問題提起を行い、うち、日中に固有のものは①「日中共同声明第五項の文理解釈と『国民の請求権』への言及がない」④「銭外交部長の発言を根拠に、中国要人の見解も日中共同声明により中国国民の請求権が放棄されたとすることで一致しているわけではない」⑤「対日平和条約締結当時、中国が、中国国民は日本政府に対して賠償請求をなし得るとの立場だった」点に言及している。

 実はこうした「歴史認識」問題は日本の議論の方が中国よりも遅れているという指摘がある。日本側は歪曲化(歴史修正・歴史否定)の可能性に言及する専門家もいるが、都留文科大学の笠原十九司名誉教授(中国近現代史)は「中国では、歴史修正主義に対する議論などに労力を使う必要はなく、地道な史実解明が進められ、『南京大虐殺資料集』」という七十二巻の資料集などの形で結実」しているという。「抗日戦争に対する恨みや怒りから南京市が国際平和協会に加盟。平和都市宣言を行い、国際交流などの平和事業に取り組んでいく提案がなされている」と指摘。「歴史の恨みを人類愛で和解へと変える」取り組みだと評価した。「(旧日本軍の)侵略行為、加害行為への非協力をどのように制度的に保障していくか、という議論もなされていた」とした上で、その「(現在の)研究の進展に伴う学問的成果を積極的に取り入れた展示へと変わり、全体として平和研究やヒューマニズムに基づく柔軟な姿勢になっている」と時代の潮流が変わってきた一例をあげている。

 その上で笠原氏は「安倍政権は、確実に、日中戦争に至ったかつての道を再び歩んでいると思います。田中義一内閣と非常に似通っている。長州(現在の山口県)が基盤である点においても酷似し、教育基本法に手をつけて、歴史教育を変え、軍事機密法というべき特定秘密保護法を成立させ、安全保障関連法を成立させて米軍に従属する集団的自衛権行使に道を開き、さらに治安維持法+死刑に化ける可能性を持つ共謀罪を成立させました」との解釈を示した。安倍政権は、この間にも防衛装備移転三原則も成立させ軍拡競争、戦争できる国へと真っしぐらに突き進む。
「中国にとっても韓国にとっても日本が脅威を与えている。アジアから信頼されない日本のレッテルを貼られ、勝利主義と戦略論で塗り固められた侵略主義というものを徹底追及して検証していく必要性がある」と指摘した。

結び 安倍晋三元首相の突然のご逝去に寄せて

 安倍政権の「特定秘密保護法」「集団的自衛権」「安保法制」という戦争法案3点セットとペンで孤軍奮闘闘っていた時代を思い出す。
 当時は主要媒体を持っていなかったが、権力をウォッチ・ドッグするという同じ信念を持った市民、マスメディア、有識者らと共闘していた実感がある、実務的な闘いだった。
 その安倍氏が凶弾に倒れて暗殺されたことは「平和憲法9条」を有するこの日本において、予期することのできない悲劇的な惨事であった。
 以前、この事件を取り上げたブログ記事を発表した時にも引用したが、例え戦争法案3点セットと共に闘ってきた「自由法曹団」であっても「安倍元首相の銃撃に抗議し、暴力を許さない社会を求める緊急声明」(2022年7月8日)を事件当日に迅速に出している。

 これが中国であったら、周政権は地方官僚などの政権批判をした人の命を平気で奪ってきた。貧困層ではエイズの危険を冒してまで「輸血ビジネス」で毎日の食い扶持を賄う者もいる。そんな貧困層のことや草の根NGOが芽吹いてからの中国の国内情勢を伝える報道は少ない。
 日中国交正常化の外交政策という一面的な情報ではなく、今回はあえて日中の「負」の歴史に照射してかつての未発表の原稿掲載の日の目を見させていただいた。ご一読頂けたら幸いである。

tomokihidachi

2003年、日芸文芸学科卒業。マガジンハウス「ダ・カーポ」編集部フリー契約ライター。編プロで書籍の編集職にも関わり、Devex.Japan、「国際開発ジャーナル」で記事を発表。本に関するWEBニュースサイト「ビーカイブ」から本格的にジャーナリズムの実績を積む。この他、TBS報道局CGルーム提携企業や(株)共同テレビジョン映像取材部に勤務した。個人で新潟中越大震災取材や3.11の2週間後にボランティアとして福島に現地入り。現在は市民ライター(種々雑多な副業と兼業)として執筆しながら21年目の闘病中。(株)「ログミー」編集部やクラウドソーシング系のフリー単発案件、NPO地域精神保健機構COMHBOで「コンボライター」の実績もある。(財)日本国際問題研究所「軍縮・科学技術センター」令和元年「軍縮・不拡散」合宿講座認定証取得。目下プログラミングの研修を控え体調調整しながら多くの案件にアプライ中。時代を鋭く抉る社会派作家志望!無数の不採用通知に負けず職業を選ばず様々な仕事をこなしながら書き続け、35年かけプロの作家になったノリーンエアズを敬愛。

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