「あんたみたいないい人はいない言うて、お義母さんも褒めとったよ」
「お義母さま、私を買い被っていらしたんですわ」
「買い被っとりゃせんよ」
「いいえ、私、おっしゃるほどのいい人間ではありません。私、お義父さまが思ってらっしゃるような人間ではないんです」
「いやそんなことはないよ」
「いいえ、私、ずるいんです。ほんとうにずるいんです。」
(『東京物語』1953年 監督小津安二郎 脚本小津安二郎、野田高梧)
原節子は女優として戦時を生きた。
戦争が刻みつける傷跡は、戦争を生き延びた原節子の心の奥底に潜んだ。
奥底に潜む傷跡は、戦争を生き延びた原節子の心におぞましくも囁く。
「それでいいのか」、と
「小津は役者をみんな人形にしてしまうところがある。役者のほうでも、自分ではないような気がしながら演じていたと思うんだ。でも原節子は、その人形になってからの演技がすごい。」
( 写真家 荒木経惟)
戦後、女優原節子は、小津監督のスクリーン上で「人形になって」、その傷跡を心の奥底になお沈潜させた。
その心の奥底の葛藤は「人形になってからの演技」に凄まじさとして滲み出ていた。
「いいえ、私、ずるいんです。ほんとうにずるいんです。」
女優原節子は、
小津監督の死とともに、スクリーンから姿を隠した、
女優の仮面を外した原節子は、
まるで戦争がなかったかのように振る舞い始めたこのおぞましい社会から姿を隠した。
(画像は筆者撮影)