アベノミクスが掲げる働き方の多様化を進めれば企業と労働者の利害が衝突する場面も増えそうです。一方で法律を形式的に運用せざるを得ない厚生労働省と顧客の利益のために解釈を進めたい弁護士との対立も深まりそうです。
賃金の振り込み手数料の負担は合法?違法?
行政と実務家の判断が分かれるものとして賃金の振り込み手数料が上げられます。弁護士や社労士の解説では振り込み手数料を労働者に負担させるのは労基法第24条に反するとするものがほとんどですが、労働基準監督署は合法と判断しています。
企業の顧問になることが多い弁護士・社労士が労働者寄りの判断で、労働者の権利を守る立場の労基署が企業寄りの判断をしているところも不思議ですが、一体どちらが正しいのか両者の判断基準を比較してみます。
見解が分かれる理由は?
実務家は労基法第24条に定められている全額払の原則に反していると解説しています。一部の例外以外は賃金から控除してはならないという全額払の原則の例外に振り込み手数料が該当しないので賃金から控除してはいけないのは当然の解釈になります。
労基署は振込みに関することは民事になるから労基法の適用外としています。労基法第24条には賃金を労働者に直接支払わなければならないという直接払の原則があります。賃金の手渡しが原則なので、賃金の手渡しが保証されているなら、それ以外の支払い方法の判断は民事に任せるということなのです。
つまり労働者が振り込み手数料を負担せずにすむ方法がある場合は労基署の判断になって、ない場合は実務家の判断になります。ただし、労基署によっては判断が異なることがあります。
場合分けをすれば分かりやすいのですが、現実には賃金手渡しのリスクやコストが高いため、賃金手渡しを保障するより振り込み手数料を企業が負担した方が良いことが多くなっています。説明不足による労基法違反がありうることを考えれば、実務家の説明が分かりやすく、適切ということになります。
しかし実務家の判断通りに労基署が動いても、労働者の説明が十分でないと問題が生じます。労働者が使者を使い賃金を受け取って、使者が振り込み手数料を引いて労働者の口座に振り込んだという場合は労基署が無駄に動くばかりでなく、企業に損害を与えることになります。
より現実的に判断する実務家とより形式的に判断する労基署で正反対の結論が出るのは仕方ないことになります。
裁判に訴えるしかない?
行政と実務家の判断が異なるのは困るので、裁判所に判断してもらいたいところです。しかし裁判所は具体的な争訟がなければ裁判することができないので、労働者が企業を相手にして振り込み手数料の負担について裁判しなければなりません。裁判費用を考えれば誰も裁判しないでしょう。
働き方が多様化し、多くの企業から短時間労働を請け負う形になれば振込み手数料の問題は大きくなります。その時にそれまでの判断を覆したくない行政と実務家の対立が深くなれば社会的損失にもなります。
働き方の多様化を進めるならそれにともなって生じそうな問題について先に法整備を進めることが必要でしょう。最低限行政と実務家の判断が同じになるようにして欲しいものです。
※イラストはイラストレーターのみぃさんに頂きました
追記 (2014年1月4日)
原労務安全衛生管理コンサルタントの原論さんから以下のご指摘がありました。
法令上、賃金の支払いの原則は手渡しとしています。
しかし、当事者間で合意すれば、振り込みが可能となっており、振り込みに関する通達があります。
その中では、労働者が指定する口座に全額振り込むこととしており、手数料などの控除は不可能です。
手数料を控除して払っている場合は、24条違反になるのは明白です。
※ご指摘は原労務安全衛生管理コンサルタントのホームページより
http://www.roumuanzeneisei.jp/ [リンク]