【勝海舟 VS アメリカン・スナイパー】命の扱いについて考える

  by あおぞら  Tags :  

アカデミー賞発表を数日後に控え、誰が、またどの作品が賞を取るかメディアが注目する。『アメリカン・スナイパー』は、作品賞、主演男優賞を含む6部門にノミネートされているクリント・イーストウッド監督の作品だ。イ-ストウッドの戦争映画作品は近年には2006年に、日米双方からの視点で『父親からの星条旗』と日本からの視点では栗林中将を主人公にした『硫黄島からの手紙』を同年に上映した。最新の『アメリカン・スナイパー』は実話をもとに作られており、特殊部隊のネイビー・シールズが主人公で、因みに戦地のイラクで狙撃手として約160名もの命を奪った人物である。

そもそも『スナイパー』は良い響きのない言葉である。戦争と言う名のもとに敵を堂々と殺せる事実も恐ろしいが、戦争は勝てば官軍負ければ賊軍、アメリカは世界の警察を自称するような国だから、圧倒的な力をもって相手国を負かせてしまう。イラク戦争でアメリカ兵に殺されたイラク兵にも家族も友人も個々の人生があったのだ。

160人の人命を奪えることが信じられない。戦争であればそれが認められてしまうのだ。戦勝国では帰還すれば英雄として受け入れられたかもしれない。つくづく病んだ現象だ。

ふと、勝海舟のことを思い出した。日本も侍がいた頃はサムライが斬りあいになっただろうし、辻斬りとは武士が刀の切れ味や、己の力を試すために通行人をフイに斬りつける信じられない残虐なことが行われていた。武士は我が力を誇示するかの如く、容赦なく命を奪った者もいたものだろうが、その中で勝海舟は人を一度も殺めなかったとされている。”だからこそ”と言えるのかもしれないが勝海舟は畳の上で死ぬことが出来た。

勝海舟は情けがあった。人の命を大切にした。アメリカン・スナイパーは任務と言えども、敵であるということで160人もの命を奪った。結果的にアメリカン・スナイパーは、同じくイラクからの退役軍人から2013年2月2日に射殺された。アメリカン・スナイパーを射殺した犯人は射撃訓練を行っていた時に、いきなり銃口を向け殺してしまった。

射撃訓練で人を殺すことはありえないけれど、魔の力が働いたのかもしれない。殺した退役軍人が確かに悪いのだが、アメリカン・スナイパーがもしこのまま生きていたとしても、心の病がきっと襲ってくることは考えられる。

戦争はいけない。ただ、どうしようもならないこともあるし、戦争を避けられないこともある。

従軍記者の本を読んでいて恐ろしい言葉を知った。Friendly Fire と言う言葉はそれまで知らなかったが、これは間違いにより味方を撃ってしまい、負傷させたり、また殺してしまったりすることだ。フレンドリーファイアー、響きはキャンプファイアーみたいな親しみやすい火のようにも聞こえるが、こんな形で味方から殺される兵士もいる。

もう一度命について考えてみる。

ニューヨークから発信しています

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