プロカメラマン受難の時代である。
その昔、カメラ自体が高価だった頃、一般の人々はカメラに触ったことすらなかった。
なので、写真を取れるというだけで「ほーっ!」っと羨望のまなざしが飛んできた。
日本では昭和30年代からカメラは普通の人でも触れるようになり、40年代には一家に複数台揃うようになった。
しかし、それでも操作はマニュアルなので、プロとアマチュアの差は歴然としていた。
平成に入ってフィルムカメラはオートフォーカスが主流に。しかしフィルムは24枚撮れば現像費も合わせて2000円以上が飛んでゆく。
シャッターは慎重に押すもので、当時テレビカメラマンとして超安月給で修行中の私は、フィルムカメラを覚えるのに素振りのようにフィルムの入ってないカメラで構図や露出を決めてシミュレーションを繰り返した。
ビデオの世界でも旅行に手軽にもって行ける『パスポートハンディカム』がデビューしていたが、その画質はテレビカメラと比較すれば一目瞭然。カメラマンの腕以前に機材が勝負を決めた。
ところが、今はどうだろう。プロが使う80万円の『EOS1D Mark3』と、バーゲンセールで売っている5万円以下の『EOS KISS』の画質の差はほぼ区別がつかない。
その差は、“100枚写真を撮って、ある特別な条件にあたる一枚だけは、『EOS1』の性能を持ってないと撮れなかっただろう”という程度だ。普通に使う限りほとんど差はない。おまけにデジタルだ。何枚でも基本的にコストは変わらない。
プロカメラマンが新しい機材を買うたびに街には手頃な中古が出まわり、それを買ってプロよりもたくさん練習を重ねる素人がインターネットで写真を公開し切磋琢磨してゆく。元プロカメラマン(テレビだけどね)としては、今でも現役で頑張っていらっしゃるカメラマンに対して謹んで同情申し上げる次第である。
正直、多くのカメラマンは普及機の進歩に、内実うれしい気持ちと不安が交錯しているのではないかと想像する。
カメラマンはセンスである。もちろんそれは否定しない。
しかし世の中全てのカメラマンが、神の導くままに天性のセンスを持って天職についたわけではない。間違ったからといって、好きな仕事をあっさりと転職できるものでもない。では、どうするか。
その昔は、機材を触る技術を覚えればプロになれた。機材の優位性がなくなってからは、プロならではのTIPSを数多く覚えて差別化をはかった。
構図の基礎、照明の基礎はもちろん、人物写真の撮り方、失敗写真の修正、女性のシワを取る方法、かっこいいフィルターワークなどなど。そうした職業カメラマンの努力をあざ笑うかのように、最近のデジタルカメラは、それもコンパクトデジカメになればなるほど、飯の種であったTIPSを惜しげもなく自動化して新機種に追加してゆく。
手ぶれ補正や逆光補正、顔認識程度なら笑っていられた。が、最近は夜景モードに花火モード、果ては美顔モードやら美白モードやら、撮影ノウハウやレタッチを必要とした技術がどんどんワンタッチ機能で搭載されてゆく。TIPSで勝負してきたカメラマンは、まさしく受難の時だ。
そんな中でも、大きなサイズのセンサーを積んだ高い機材ではないと実現できなかった領域がある。
後ろボケ(前ボケ)写真と高感度写真だ。
高感度は、画素あたりのセンサーの大きさが基本的にはモノをいう。画素数が増えてもセンサーサイズは小さいコンパクトデジカメは画素あたりの面積はますます小さくなるので、基本的には感度競争で負ける。
そして女の子写真の定番である美しい後ろボケは、センサーの大きさとレンズの大きさ(開放値)がないと光学的に不可能だった。
が、コンパクトデジカメの技術革新は、とうとうこの聖域にまで手を伸ばしてきた。そんなカメラの一つがソニーの『サイバーショット』だ。こいつは、iPhoneより小さいサイズのくせに、三脚なしでもノイズのない美しい夜景写真が撮れて、しかも女の子の背景をぼかすこともできるという。おまけにフルハイビジョンで動画も撮れる。
まったく、なんて時代になっちまったんだ。
ということで、実際に入手してどこまで最新一眼レフに迫れるか、おそるおそる試してみた。
セコハンガジェットライフを楽しむ私としては、入手経路はもちろんヤフオク。コンパクトデジカメなんだから予算は1万円以内である。最新機種の一つ前の機種『CyberShot DSC-WX5』だが、発売は2010年8月でまだ一年しか経っていない。
こんな最新機種が1万円以内で入手できた。それはそれでやっぱりうれしい。やっぱりいい時代だ(笑)。
コスト削減を目指すべく、ケースは高級感あふれる本革風のメイドインダイソー! もちろんワンコインである。
1万円以下には到底見えないこの高級感。ハッタリかますには充分すぎる。
とんでもない機能を実現した『WX5』のからくりは、おおまかには裏面照射型CMOS(センサー)と多重撮影合成技術の組み合わせ。簡単にいえば、配線のないセンサーの裏側を表にして光の入る面積を増やした新開発のCMOSセンサーを搭載し、1秒間に何枚も撮れる連写で画像を自動合成して、暗いところや後ろボケを作り出すというとんでもない技術だ。
カタログスペックや機能はいろんなレビューが出ているのでそっちを見てもらうことにして、実際に使ってみた実力はどうなのか試してみた。
2009年に登場した裏面照射型CMOSの第一世代『WX1』は、暗いところには確かに一眼レフ並みの性能を見せたが、肝心の昼間の画質が荒れ荒れだった。ちょうどISO1600にしたまんま、間違って昼も撮っちゃいました的な感じ。
しかし、裏面照射型CMOS第2世代にあたる本機は、相当に低感度画質が改善されていて、他のコンパクトデジカメと遜色ないレベルに来ている。
ボンネットに映り込む青空といった透明感が必要なシーンも軽々とこなす。
そして、気になるぼかし機能はこんな感じ。
上が使用前、下が使用後である。見事にぼけている。
小さいレンズに小さいセンサーでどうしてこうなるのかといえば、秒間10枚という連写性能を使って、ピントのあっている写真とわざとぼかした写真を自動で連射し、距離情報やボケ具合などでそれを合成して一枚の画像につくり上げているのだ。その間たった3秒程度。
ディテールを等倍で見ても、ぼかすところはちゃんとぼかし、ピントのあっているところは塗装のクラックまでしっかりと解像している。なんてこった!
この機能を使うことで、プロカメラマンが「ちょっと暇だったので持っていた一眼レフでなんとなく撮ってみました」的なスナップが量産できる(本当は気軽に見せているだけで、割と真剣に撮っているのである。一生懸命さは見せないのがプロ!)。
こんな電話ボックスも後ろがぼけているとなんとなくオシャレ。
こういう構図も奥がぼけているからこそ奥行きのある写真になる。
では、実際に最新デジタル一眼レフとガチで比べてみよう。比較した対象は私のメイン機材でPENTAXの現行フラッグシップである『K-5』だ。国内外で数々の受賞をして実力派折り紙つき。
上が『K-5』。暗い条件なのでISO1600まで上げている。にもかかわらずノイズレスなのはさすがだ。