将棋の世界

  by 九尾信貴  Tags :  

将棋のルーツはインドに起源をもち、中国で将棋の原形ができ、それが日本に伝わり、現行の将棋となったとされる。

大橋家(おおはしけ)は江戸時代の将棋指南として、家元は初代大橋宗桂である。徳川家康が囲碁・将棋を愛好したことから、幕府にお抱えとなった史実がある。

現代まで、宗桂から数えると、約400年の歴史がある。
囲碁は貴族、将棋は庶民の遊びと言われた。

昨年の暮れには、日本将棋連盟の米長邦雄永世棋聖が他界した。
寡黙で紳士が多いプロ棋士のなかで、賛否あれど押しの強い発言力のある人物がいなくなるのは寂しいものである。

米長永世棋聖は、昭和から平成に掛け、一時代を築いた大棋士である。
また、話術の達人でもあった。逸話も多い。

将棋とは、非情でストイックなゲームである。
運の要素もあるが、ほとんどが実力で勝負が決まる。

どんなものにも運は必要であるが、他のどのテーブルゲームよりも、実力がものをいう。
従って、強い者は圧倒的に勝つのである。

将棋を知らない人でも、羽生の名は聞いたことがあるだろう。
同時期に七大タイトル全て保持するという棋士は、羽生以外にいない。空前絶後のことであった。

プロ棋士は全て日本将棋連盟に所属し、男性プロでも200名もいないのである。
彼らは幼少のときから神童と称され、将棋道をひたすら邁進してきた。その道の職人である。

彼らの指す将棋は、棋譜として残り、後世にまで伝えられる。
一般人では及びも付かない深い読みに裏打ちされた指し手の応酬の記録には、時には煌きを放つ芸術作品となる。

プロ棋士は、職人であり、アーティストなのだ。
将棋ファンは、指し手の解説を聞き、驚嘆と納得を繰り返し、プロの世界で流行の戦法を真似る。

将棋は知的ゲームである。非常に深奥でロジカルなゲーム性を持っている。
将棋人口は定かではないが、その面白みは充分理解されている。

中国にも日本将棋と似た将棋がある。
同じルーツを持つゲームがあるのだ。

中国との関係悪化を辿る昨今、文化交流を深め、親交をあたためることで、政治情勢とは裏腹に個々の絆は深まるはずである。

異国の人との結びつきとは、お互いの文化風習を理解し、語り合い、相手が何を考え、何を望み、人生を歩み、何を夢みているかを知ることではないか。

その取っ掛かりは、囲碁でも将棋でも、麻雀でもいいだろう。
戦争体験世代が消え逝くなか、戦争の記憶は風化の一途を辿る。あの幾度も繰り返された悲惨な戦争を起こさないことを祈るばかりである。

遊神と危道の探求を信条に。ただ迷想も間々あり。 あらゆる分野のリーディングカンパニーでSEとして従事という特異な経歴を持つ。旅・歴史探訪・テーブルゲームをこよなく愛し、古き良き日本を探すことに生甲斐を覚える。

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