没後8年と3ヶ月。早世したフリーライター奥山貴宏の作品を振り返る

  by 浅川 クラゲ  Tags :  

2005年の4月17日に一人の若きフリーライターがこの世を去った。ライターの名前は奥山貴宏、享年33歳。死因はガンであった。奥山は音楽や、映像、ガジェット関係の記事を多く手がける傍ら、アメリカ文学への造詣も深いライターとしてガンが発覚した後にも執筆を続け、亡くなるまでに3冊の闘病記と1冊の小説を残している。一部ではロックバンドACIDMANのボーカル&ギターを務める大木伸夫の義兄としても認知されている奥山だが、ここでは斬新なスタイルで闘病記をつづっていた稀有な才能をもつライターであった奥山の作品を紹介していきたい。

 

ポップなスタイルを追求し続けた闘病記

「闘病記」という言葉に皆さんはどのようなイメージを持つだろうか? 病気が宣告されてからの絶望感、絶望感から逃れるための心理的な試行錯誤などを克明に描いている作品を闘病記と思ってはいないだろうか? 心理的な絶望感や希望に至るまでの道すじを描写した闘病記には心を揺さぶる迫力が確かにある。しかし、奥山の書いた闘病記には従来の闘病記にあった「なんで俺が死ぬんだ」「助かりたい」といった記述がほとんどみられない。 闘病記なのにひたすらポップなのだ。なにせ、死ぬ3日目前に書いたブログでは「死にたくないな。書店で会いたい。本屋でセットで買ってくれ」と書いているくらいである。闘病記自体の中味も治療に関する記述はさらっと書くだけで、メインは病院で出会った変わった人たちの観察やインプットした音楽や小説の話、身の回りでおきた雑事を中心にしてあるので、闘病記というよりは日記風エッセイといった方がしっくりくる感じだ。通常であれば死に近づけば動揺も大きくなると思うが、「31歳ガン漂流」「32歳ガン漂流エヴォリューション」「33歳ガン漂流ラストイクジット」の3冊共に最後の最後までポップな奥山イズムが失われることはなかった。明るい未来は無いはずなのに、肩の力を抜いているような明るい文章でサクサク読めるのだ。にも関わらず、読んだ後に何らかの「気づき」とちょっとした感傷を植えつけてくるから不思議だ。

 

奥山が早世してから8年と3ヶ月、恥ずかしながら奥山の存在を知ったのは、彼がこの世を去ってからである。しかし、初めて彼の作品を読んだ時、作品にでてくる彼の読んできた本や聞いてきた音楽の好みが自分に近いので、死んでいるにも関わらずとても身近に感じたのを覚えている。死んだ人間は戻らないといわれているが、奥山の作品をよみかえす度に彼は31歳の音楽・アメリカ文学好きの闘病ライターとして戻ってくるのだ。

 

ポプラ社公式HPより引用

大学にて臨床心理学を専攻。心理学に関する記事や興味が湧いた事に関する記事を書いてます。 【所有資格】 産業カウンセラー・アンガーマネジメントファシリテーター・第一種衛生管理者