昨年の脱原発デモを振り返る

  by 松沢直樹  Tags :  

一部の民放でも報道されていましたが、昨年の6月22日の夕刻に行われた首相官邸前のデモを取材してきました。

今振り返ると、純粋な民意だけで動いていた運動ではないのはよくわかりますが、振り返るに価する要素があったように思います。

首相官邸前から東京メトロ国会議事堂駅を望む交差点にて

言うまでもなく、首相官邸は警備の厳しい場所です。

不測の事態(この手の取材は、暴動に巻き込まれて逮捕されたり、カメラ機材を損傷することがありえます。)に備えて、一番近い国会議事堂前駅からではなく、東京メトロ南北線溜池山王駅の南側から地上に出て、首相官邸前に向かって北へ歩くルートを取りました。

 

東京メトロ南北線溜池山王駅の南側から地上に出て、首相官邸前に向かって北へ歩き、首相官邸前の交差点にたどり着くと、既に警視庁の警察官が相当数出ていて、厳戒態勢。

交差点の向こうでは、原発再稼働反対を唱えるデモ参加者と、在特会の方たちを、警視庁の警官隊が割る形になっていました。

交差点を渡って、在特会の方たちにインタビューを試みたものの、警視庁の警官隊に阻まれて近づくことが困難な状態。

現場に入っていた他のフリージャーナリストの方に電話で尋ねると、原発再稼働反対派の中から逮捕者が出たそうで、警官隊が間を割る膠着状態が続いていました。

結局、在特会の方へのインタビューは中断し、原発再稼働反対派の方を取材することに。(ちなみに、公務中の警察官の肖像権はありませんので、そのまま加工せずに載せます)

原発再稼働反対派の方たちは、いわゆる活動家や政治団体の方だけでなく、半数がお勤め帰りに参加された市民の方でした。

18時過ぎの時点で、首相官邸前の交差点はごった返していましたが、東へ300メートルほど移動した国会議事堂前駅は、まだ人がさほどいない状態。

18時過ぎ時点での国会議事堂前駅付近

18時を過ぎた頃から、首相官邸前は人がさらに増え、めいめいが手作りしたプラカードを掲げて、再稼働反対のシュプレヒコールを揚げていました。

18時30分ごろ。首相官邸前の交差点にて。福島ナンバーの車だったので、自家用車を改造して、デモに参加されたようです。

首相官邸前から内閣府のコースを回りながら、拡声器で、原発事故についての意見を主張していました。

19時近くなると、国会議事堂前駅も人がどんどん増え、歩道も往来が難しくなりました。

歩道の半分がデモ参加者のスペースに充てられていて、地下鉄への乗り降りも支障はありませんでしたが、デモ参加者が次々に増えて、簡単には歩道を往来できないような状態に。

テレビ朝日の報道ステーションが取材に入った後、デモ参加者はさらに増え、首相官邸前から国会議事堂をつなぐ東西の道路の片側車線に人があふれる状態になりました。

下の写真は国会議事堂前駅の様子。(上にアップした18時ごろの国会議事堂前駅の写真と比べると、人の多さが分かると思います。)

今回のデモ参加者を見ていると、いわゆる活動家や政治団体の方よりも、一般の市民が圧倒的に多い状態でした。年齢も、お子さんから年配の方まで様々。

 

写真は、ビラを配る中学生のお子さん。保護者の方とデモに参加されたそうですが、手製のビラを道行く人に熱心に配っていたのが印象的でした。

(保護者の方と本人の同意を得て写真を掲載しています)

 

いまだ終わらない原子力災害に不安を覚える市民の心情はよく理解できます。

とはいえ、日本が大きく分断されているような気がするのは、私だけでしょうか。

そういった意味でも、自発的に発生したとされる脱原発デモの意図を振り返る必要があるような気がしてなりません。

 

松沢直樹

福岡県北九州市出身。主な取材フィールドは、フード、医療、社会保障など。近著に「食費革命」「うちの職場は隠れブラックかも」(三五館)」近年は児童文学作品も上梓。連合ユニオン東京・委託労働者ユニオン執行副委員長