「このゲームとは人生を通してのつきあいになるだろう」……筆者がそう考えているタイトルのひとつが「スプラトゥーン」。当然、最新作が発売されれば自腹購入する。なので、もちろん『スプラトゥーン3』も購入した。
そこで早速、「売上本数が345万本(※)」と特大ヒットが伝えられている本作のレビューをお届けしたい。
(※発売後3日間での日本国内の売上、数値はパッケージ版とDL版の合算)
360°全方位的に進化を遂げた『スプラトゥーン3』
『スプラトゥーン3』に触れる前に、あらためて「スプラトゥーン」シリーズの概要に触れておこう。「スプラトゥーン」は、イカ型にも人型にもなれる生命体「インクリング」を操り、インクの塗り合いで戦う対戦型TPS。銃を使って敵を狙うFPS/TPS型のゲームシステムをベースとしながらも、ゲームの目的を「インクの塗り合い」に置いている点が特徴だ。
インクリングの武器は、銃弾の代わりにインクを放つ水鉄砲型の銃。これを使ってインクを放ち、マップを自分たちのチームの色に塗っていく。
もちろん、敵プレイヤーを撃つこともできる。インクリングは敵チームのインクの色に染まると倒されてしまい、一定時間活動不能になってしまう。なので、効率よく色を塗るためには敵プレイヤーを倒すことも必要だが、倒した数が直接的に勝利へ結びつくわけではない。
また、インクには勝利条件以外の機能も備わっている。まず、プレイヤーは自チームの色のインクに潜ることでインクの補充が可能。水鉄砲と同様、撃っているとインク切れになってしまうのでその都度補充しなければならない。
次に、インクに潜ることで「インクリング」の姿はイカ型に変化し、高速移動が可能になる。なので、自チームのインクで塗られた場所はスピーディーに動き回ることが可能だ。
そして最後に、「敵の位置が推測できる」という機能。
一般的なFPS/TPSをプレイしたことがある人なら、移動中にいきなり撃たれて倒されてしまった……という経験があるのではないだろうか。なぜなら基本的に敵プレイヤーの位置がわからないためだ。もちろん敵プレイヤーが視界の中へ姿を現してくれれば話は別だが、通常のプレイヤーは敵に気づかれぬよう行動し、遮蔽物の陰から狙ってくる。
だが「スプラトゥーン」の場合、敵チームのインクで塗られていれば、そこに敵のいる可能性が高い。自チームのインク=安全、敵チームのインク=危険、塗られていない=中立……といった具合に、インクの状況によって概ね危険度が推測できるのだ。
その一方で、「あえてインクを塗らない」ことや「あえてインクを塗っておく」ことによって敵の注意をそらすこともできる。敵のいる場所が把握できるからといって底の浅いものにはなるのではなく、むしろプレイヤーが主体的に利用可能な奥深い要素に昇華させているのはさすが任天堂といったところだろう。
ここまでに書いた要素は、「スプラトゥーン」というシリーズ共通の要素。初代『スプラトゥーン』の時点で既に完成されていた部分だ。では、最新作『スプラトゥーン3』ではどんな進化を見せているのか?
答えを先に言うと、ボリューム、ストーリー、利便性、娯楽性、競技性、メンタルケア……というあらゆる面において全方位的に進化を遂げている。
まずボリュームについては、『スプラトゥーン2』+ダウンロードコンテンツ以上のボリュームが最初から存在している。色を塗り合う「ナワバリバトル」、一定エリアの占領など色の塗り合い以外の勝利条件で戦う「ガチマッチ」、協力プレイの「サーモンラン」、一人用の「ヒーローモード」といった要素は、一部名前が変わったものもあるものの基本的には踏襲している。
この中で「ヒーローモード」はステージ数が多いのみならず、マップを覆う「ケバインク」を解除しながらアイテムを探すという探索要素も追加されており、「ヒーローモード」だけでも満足できるボリュームだ。対戦に特化し、ソロモードはチュートリアル程度だった『スプラトゥーン』からは想像もできない。
また、これまでは「ギア」と呼ばれる自分のキャラクターの装備をカスタマイズすることができたが、今作ではさらに、自分のロッカーをカスタマイズすることができる。「ブキ」や「ギア」を置くのはもちろん、様々なインテリア類を配置したりステッカーで飾り付けたりといったことが可能。
ストリート系のグラフィックも「スプラトゥーン」の魅力であり、そもそも「インクリング」たちの目的は「イカしたヤツになること」。なので、ロッカーのカスタマイズは世界観を踏まえた嬉しい追加要素といえるだろう。
次にストーリー。
「インクリング」……イカに敵対する「オクタリアン」……タコによって街の電源たる「デンチナマズ」が盗まれてしまうというシリーズ共通の展開が、今回も用意されている。しかし今回のこのストーリーは、途中で大きく変化。サプライズ的な展開なので、ネタバレを避けるため具体的な言及は避けるが、「スプラトゥーン」世界における「人類」についてこれまで以上にしっかり描いていると感じた。
「スプラトゥーン」のストーリーについて詳しく知らないという人のために念のため触れておくと、「スプラトゥーン」世界は我々人類が滅亡した後の世界だ。我々人類が滅亡した後に、「インクリング」や「オクタリアン」といった海洋生物から進化した種が繁栄。人類と同じような文明を築いている……というのが「スプラトゥーン」世界の現状。
ポップでコミカルだが、実はSFでダークな部分もある……。『スプラトゥーン3』では、シリーズの持つそんなストーリー的魅力を堪能させてくれる。
そして、大きく改善されたのが利便性。まず、マップやルールの更新情報の告知が簡易的になった。
「スプラトゥーン」では、ルールやマップが一定時間ごとにローテーションしていく。そして切り替わると、作品ごとに設定されたMC役のキャラクターがTV番組風に紹介してくれる……というのがお約束だ。ただこの告知は専用演出な上に強制的に見せられることもあって、慣れてくるとうっとうしく感じることも少なくなかった。
それが今回、画面左上にメッセージが出るだけという簡易演出に変化。メッセージ中プレイヤーは自由に行動できるという形になった。
こうして文章にすると地味なのだが、快適性という意味でのインパクトは非常に大きい!
それと、マッチング中自由に射撃練習ができるようになったのも嬉しい。射撃練習というのは、的に対して銃を撃つ……という一般的な射撃練習のこと。FPS/TPS系のゲームでは、命中精度が高ければその分勝利に近づくので、非常に重要な練習だ。
この射撃練習、これまでも可能ではあった。しかし、射撃練習と同時にマッチングすることはできなかった。それが今回同時に行えるようになったので、時間を効率的に使うことができる。
この快適さを味わった今、『スプラトゥーン2』に戻るのは厳しいかもしれない……。
次の娯楽性と競技性についてはセットで触れた方がいいだろう。対のような部分になっているところがあるからだ。
というのもここでの娯楽性とは、「技術がなくても楽しめる、勝てる」ことを指している。そして、競技性とは、「技術がある人間が勝つ」こと。
たとえば、不特定多数の人間が集まるパーティーで何かゲームで楽しもうといった時に、「将棋」は向かないだろう。
プレイヤー数が2人に限定されるからそもそも不特定多数で楽しむのに向かないのだが、そこに目をつぶったとしても「将棋」を楽しむにはすべての駒の動きを知り、その上で定石を学んでいる必要がある。なので、知識と技術を持つ人は勝ち続け、そうでない人は負け続けてしまう。全員将棋好きという状況ならそれも踏まえて楽しめるだろうが、不特定多数の人間が集まるパーティーという前提でみんなが楽しむのは難しい。
一方、『人生ゲーム』はほとんど運によってゲームが展開する。このため技術や知識があっても勝ち続けられるわけじゃないし、初心者だからと言って必ず負けるわけではない。だからこそ、不特定多数で楽しむことが可能だ。
逆に、競技という前提にするとこの特性がひっくり返る。『人生ゲーム』のように勝敗がほとんど運で決まるゲームを、「競技」としてプレイするのは難しい。
これを踏まえた上でこれまでのシリーズを見ると、初代『スプラトゥーン』はやや「娯楽」よりのバランスだったように思う。
「スプラトゥーン」には一定以上インクを塗ることで繰り出せる「スペシャル」という必殺技的要素があるのだが、初代ではその中に「ダイオウイカ」というものがあった。「ダイオウイカ」は敵チームのインクを自チームの色に塗り替えつつガンガン泳ぐことができ、さらに強力な攻撃も可能……という強力な「スペシャル」。いわば、状況を逆転させるだけの効果をもった「スペシャル」だ。
逆転が可能ということは、着実な技術によって優勢な状況を作り上げたとしても、劣勢な側にひっくり返されるということ。言い換えるなら、「技術のない側にも勝つ可能性を与える」ということになる。なので、初代『スプラトゥーン』はいろんな技術のプレイヤーでワイワイ楽しむ「娯楽性」が高い反面、競技としてみるとやや大味な印象だ。
(初代『スプラトゥーン』)
一方、前作である『スプラトゥーン2』は比較的「競技」寄りのバランスだったと感じている。「ダイオウイカ」のような一発逆転に使える「スペシャル」はなくなった。とにかく出せば強いというタイプの「スペシャル」は少なく、使用タイミングを的確に踏まえて使わないとなかなか効果を発揮できない。
つまり、『スプラトゥーン2』は初代に比べて「娯楽性」が低く、「競技性」が高い。では、『スプラトゥーン3』ではどうだったか?
(『スプラトゥーン2』)
筆者の現時点の感想として、『スプラトゥーン3』は初代と2の中間だと感じている。『スプラトゥーン2』に比べて逆転しやすいが、初代ほど大味ではない。
これは、「スペシャル」の構成によるものが大きいように思う。『スプラトゥーン3』は2と比べて直接攻撃系の「スペシャル」が多く、敵を倒して人数的に有利な状況を作り出しやすい。このため、「スペシャル」で一発逆転……とはいかないものの、逆転までの道筋は作りやすくなった。
また、イカ状態での移動からアーマー付きのジャンプが行える「イカロール」や、壁を上っている状態から無敵時間付きのジャンプができる「イカノボリ」といった追加アクションによってよりアグレッシブな攻めが可能になったのも大きい。「スペシャル」と追加アクションによって攻撃がプッシュされているため、敵との戦が頻繁に発生し、それによって優勢・劣勢が大きく変化する印象だ。
ただ、これは筆者がプレイした現時点での印象であることは断っておく。『スプラトゥーン3』はチーム型の対戦ゲームなので、一緒にプレイするプレイヤーごとに動きが異なる。そして今後、より効果的な立ち回りが生み出されればそれによってプレイヤーの動きは変化していく。
そういう意味では、プレイヤーの動向を見て『スプラトゥーン3』運営チームが今後どんな方向へ調整していくか? によって、「娯楽性」や「競技性」のバランスは変わっていくだろう。
最後にメンタルケア。
「スプラトゥーン」シリーズに限った話ではなく対戦ゲーム全般にいえることだが、勝ったらおもしろいものの負けたらつまらない。
中には「負けは負けで自分が成長できるチャンス」ととらえるポジティブ思考な人もいるかもしれない。だが大多数の人の本音として、負け=不愉快なはず。実際、ゲームにせよスポーツにせよ仕事にせよ、挫折の敗北感は人が何かをやめるきっかけになるのだ。
けどそうはいっても対戦ゲームである以上、勝敗は切っても切り離せない。これが当たり前の考え方だと思うのだが、そこへ改善のアイデアを入れてきているのが『スプラトゥーン3』のすごいところだ。
(画像は『スプラトゥーン2』)
まず、「理不尽な敗北」を防ぐためにスタート方法が変更されている。『スプラトゥーン2』では敵に倒されると復活地点から出現していた。
『スプラトゥーン2』の復活地点は一か所しかない。このため、復活地点そのものはバリアで守られているものの、敵プレイヤーはバリアから出てくるところを待ち伏せすることができた。一般に「リスポーン・キル」といわれる手法だ。
「リスポーン・キル」には「負けている側がほぼ対処できずに負ける」という問題がある。競技としてみた場合、劣勢な側が負けやすくなるのは当然のこと。ただ対処法がないのであれば、それは「劣勢」なのではなく「負け」だ。
対処法があるならまだしも、「負け」が確定しているにも関わらずゲームを続けなければならないのは、どんな人間にとってもストレスだろう。
一応、『スプラトゥーン2』でもステージによっては敵が復活地点に接近できないよう考慮されていたが、ステージによっては構造上、どうしても「リスポーン・キル」されやすかった。
一方、『スプラトゥーン3』ではリスポーン地点そのものがステージから遠く離れた上空に設定されている。そしてプレイヤーは復活時に着地点を自由に決めることができるため、復活地点が特定しづらい。結果的に「リスポーン・キル」されにくく、「理不尽な敗北」によるストレスを受けづらくなっている。
さらに、筆者が一番感心したのが「敗北感」へのケアだ。「敗北」ではなく「敗北感」。
「敗北」の何が嫌かって、「自分が否定された」ように感じるところだ。かなりの面積のマップを塗ったし、敵プレイヤーも結構倒したはず……でも、負けた。「敗北」によって、自分のプレイや努力が否定されたように感じてしまう。
だからこそ、自分のプレイに自信を持っていたり、努力したという自負があればあるほど「敗北感」は強く感じる。なので、プレイを重ねて「勝つこともある程度あるし、負けることもある程度ある」という達観した心境に至れば、たとえ「敗北」しても「敗北感」は感じなくなっていく。これが「敗北」と「敗北感」との違いだ。
「敗北感」は人間の心の中で起きていることなので、ゲームシステムで対処するのは難しい。しかし驚くべきことに、『スプラトゥーン3』は「貢献」を可視化することで対処している。
『スプラトゥーン3』で勝っても負けても、自分がそのゲームで達成した貢献が「表彰」といったかたちで表示される。たとえば「インクの塗りNO1」や「アシストNO2」などといった風に。つまり「敗北」したとしても、「かなりの面積のマップを塗った」ことや「敵プレイヤーを結構倒した」、あるいは「他プレイヤーのプレイに貢献した」といったことがゼロにならないのだ。
そりゃ、もちろん負けたら悔しいし勝った方が楽しいから、できれば勝ちたい。でも、負けた時のストレスは可能な限り軽減されていると感じた。
娯楽として楽しみたい人にも! 人生として楽しみたい人にも! オススメのシリーズ最新作
ここまで書いてきたことを一言でまとめると、『スプラトゥーン3』は娯楽作品として超一級品といえる。ボリュームは満点、ストーリーも魅力的。ゲーム面では逆転の可能性が上がって劣勢でも勝つ可能性がアップしている上、負けてもメンタルケアまで考慮されている。
これを超えるゲームを作れというのは相当難しい。そういう意味で、興味がある人はプレイ経験の有無にかかわらず買って損のない作品だろう。
一方で、『スプラトゥーン3』を「人生」として楽しむという人もいるだろう。何を大げさな……と思う人もいるかもしれないが、たとえばeスポーツプレイヤーや実況動画配信者にとっては『スプラトゥーン3』は人生そのもの。また、筆者にとっても違う意味で『スプラトゥーン3』は人生だ。
筆者はゲームのレビュー記事を書いたり、ゲーム制作をしたりといった仕事をしているため、幅広いジャンルのゲームを比較的器用にこなすことができる。前作『スプラトゥーン2』は、そんな筆者が奥さんとともに発売日からプレイ開始したタイトルだ。
奥さんは『スプラトゥーン2』でシリーズに初めて触れる上、それまでもさほどFPS/TPSジャンルをプレイしたことがないタイプの人。なので、最初は他のプレイヤーと対戦するということすら怖がっていたし、『スプラトゥーン2』においてプレイヤーのランクを示す「ウデマエ」も“一生Cじゃないか……”と口にしていたくらいだ。実際、とんとん拍子にウデマエBとなった筆者に比べ、奥さんの「ウデマエ」が上がるのは遅かった。
しかし……最終的に奥さんが達した「ウデマエ」はX。それに対して筆者はA+が最高だった。
参考までに書いておくと、下からC、B、A、S、X。
C、B、Aはそれぞれ-、無印、+とさらに分かれており、Sに至ってはS+0~S+10まで10段階に細かく分かれている。
(画像は『スプラトゥーン2』)
なぜこんな差がついたのか……といえば、ひとつは筆者の性格にムラがあるからだろう。負けたら勝つまでやめないが、ある程度勝ったら「やったぜ!」と満足してプレイをやめてしまう。また、「ある程度器用にこなせる」という自覚があるからか、ちょっとしたミスによってイライラしがち。
これに対して奥さんの性格は、勝っても負けてもあまりイライラせず、淡々と一定時間プレイするタイプ。また事前の情報収集や、プレイ後にの「どう戦えばよりよい結果になっていたのか」という反省もしっかり行う。一言でいえば、まっとうな努力をコツコツ積み重ねていく、そんなプレイスタイルだ。
ここに書いたのはあくまで、『スプラトゥーン2』のプレイスタイルの差。だが筆者は分かっている。これはプレイスタイルに限った話ではなく、そもそも人間的な性質の差なのだ。
(画像は『スプラトゥーン2』)
そう気づいた筆者は反省し、あらためて『スプラトゥーン2』に臨んだ。すると、自分の性格的なムラが多くのミスに繋がっていることが深く理解できた。
イライラすると目の前の敵や目的地などに気をとられてしまうため、回り込もうとしている敵など、周囲の状況が見渡せなくなってしまう。また、自分の器用さに頼るあまり、味方がどこにいて何に困っているか無関心。当然ながら、敵も味方もチームという状況でこのプレイスタイルは致命的だ。
まずこうしたことに気づくことで、プレイを矯正しようという意識が生まれた。もちろん、意識したからといってすぐには直せない。しかし、その努力はできる。
意識して努力することで、結果的に敗北率が下がった。仕事の都合などもあってプレイ時間が取れなかったため、到達できたウデマエの最高点はA+だったが、個人的にはその結果でも満足している。
なぜ満足しているかといえば、本気でプレイすることで、ゲームを超えた自分の性格的な傾向に気づくことができたからだ。おかげで、仕事や人生にフィードバックすることもできた。
(画像は『スプラトゥーン2』)
これは『スプラトゥーン2』での話だが、『スプラトゥーン3』もまた、真剣にプレイすることで自分と向き合うことになるだろう。新しくなったルールの中で安定的に勝つためには、自分自身の特性と向き合い、欠けているものに気づいて克服しなければならない。
FPS/TPS型のゲームなので撃つのが上手ければ、またキャラクターを動かすのが上手ければ勝てそうに思えるが、そうではない。敵味方の動きを的確に把握して動ければ、その分いち早く有利な位置を取ることができる。
つまり、敵を撃つにせよ攻撃に備えるにせよ、一歩速く動けるということ。仮に相手のプレイヤーが自分と同じ実力なら、より速く動けた方が強い。
ここまで真剣に向き合っても受け止めてくれる奥の深さ、これも「スプラトゥーン」というゲームの魅力だろう。娯楽としてカジュアルにプレイするもよし、自分の人生をかけてガッツリとプレイするもよし。
筆者としては圧倒的にオススメできる一作だ。自腹で買ったと書いたが、筆者の分と奥さんの分、2本を自腹購入している。そして恐らく、死ぬまでこのシリーズを追い続けるだろう。
文/田中一広