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明日、2022年8月9日に「長崎原爆犠牲者 77周年戦没者慰霊平和祈念式典」が催される。
平和への祈りすら虚しく響く「ロシアによるウクライナ侵攻」と「核兵器使用の恫喝」が世界を激変させてしまった。
「核兵器禁止条約(TPNW)」の第6条、第7条「被害者援助及び環境修復」問題をめぐる軍縮条項を満たすよう、より一層の圧力を五大戦勝国含めかけ続ける努力を重ねていく必要性がある。
岸田文雄首相、意気込み「ユース非核リーダー基金」を創設
長崎を前に2022年8月6日、第77回目の「広島平和記念式典」が執り行われた。広島県の松井一実 市長や岸田文雄首相ほか、国連事務総長としては初の広島訪問となるアントニオ・グテーレス氏が列席して弔辞を述べた。
広島原爆投下から77年が経つ今も、日本政府は核保有国と非核国との「橋渡し役」を果たすとしておきながら、過去の歴代政権では核兵器禁止条約に関するロビーイングなどいずれの場にも参加表明をしてこなかった。
それに比べれば広島県出身の初の首相として、岸田文雄首相は外務大臣時代から、「ユース非核特使」を立ち上げている分、またカナダ在住の被爆者サーロー節子さんからも「岸田さんは聞く耳を持っている」と評価されているだけ少しは希望が持てるかもしれない。2022年8月2日に岸田氏が訪問したニューヨークでの「NPT運用検討会議2022」においても、この取り組みをグローバルに発展させるため「国連に一千万ドルを拠出して『ユース非核リーダー基金』を創設し、未来のリーダーを日本に招き、被爆の実相に触れてもらい、核廃絶に向けた若い世代のグローバルなネットワークを作っていく」と意気込みを語った。
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岸田氏自らが核兵器のない世界という「理想」と、厳しい安全保障環境という「現実」を結びつける道筋に以下の5項目で成る「ヒロシマ・アクション・プラン」を練り上げた。
1)核兵器不使用の継続の重要性を共有
2)核戦力の透明性の向上
3)核兵器数の減少傾向の維持
4)不拡散を確かなものとする。その上で原子力の平和的利用を促進
5)被爆の実相の認識を世界に広げる
広島の松井市長は「平和宣言」として「地獄絵図と化した広島の惨状を振り返っても、今現在、ロシアによるウクライナ侵攻によって罪のない市民の命や日常が奪われている中で、武力によらず平和を維持するという理想の追求を放棄するといったことは、人類の存続そのものを危うくすることである。一刻も早く全ての核のボタンを無用のものにしなくてはならない」と強く訴えた。またトルストイの言葉を引用し、「他者を威嚇して、その存在をも否定するという行動までして自分中心の考えを貫くことは許されない」と明言した。また核保有国の為政者に対しては、「核兵器のない世界を夢物語にするのではなく、その実現に向けて国家間に信頼の橋を架けて、まずは一歩を踏み出してほしい。そのためにも、被爆地を訪れ核兵器を使用した際の結末を直視するように求めている次第だ。とりわけ、来年のG7サミットに出席する為政者には、このことを強く期待する」とした上で、広島は坪井直氏の「ネバーギブアップ」の精神を受け継ぎ、核兵器廃絶の実現を目指し続けることを宣言するとともに、平和首長会議は加盟都市との連携を強化して、あらゆる暴力を否定する平和文化を振興することによって、対話を通じた外交政策を目指すことを後押しすることを宣言する」として「平和宣言」を締め括った。
認知度の低い「原爆小頭症被爆者」にも戦後補償の光を当てよ
「ヒロシマ平和祈念式典」に先駆け、2022年8月5日に国会議員による討論会「核兵器のない世界に向けた日本の役割」が行われたが、
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原爆小頭症被爆者と家族の会「きのこ会」長岡義夫 会長は「原爆小頭症とは、妊娠早期の胎児が母親のおなかの中で被爆したことで起こる原爆後障害の一つである。強力な放射線を浴びることで、知的障害や内臓疾患などの障害を持って生まれてきた一番若い被爆者である。私は被爆2世で、兄が体内被曝をした原爆小頭症である」と説明し「戦闘から最も遠い存在である胎児を傷つける兵器が、平和を守ることができるはずがないと思う。広島に原爆が投下されてから77年。広島の街は復興を遂げた。しかし、原爆が残した傷は、今も私たちを苦しめている。核兵器の廃絶こそが、私たち『きのこ会』の願いである」と議場で訴えた。
またその会場で原爆小頭症の被爆者・川下ヒロエさんが描いた一枚の絵が紹介された。
[©️核兵器廃絶日本NGO連絡会]
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「広島平和式典」に話を戻す。岸田氏は「我が国はいかに細く、険しく、難しかろうとも、『核兵器のない世界』への道のりを歩んで参ります。このため非核三原則を堅持しつつ『厳しい安全保障環境』という『現実』を『核兵器のない世界』という『理想』に結びつける努力を行って参ります」とした上で2023年を示す「来年はこの広島の地でG7サミットを開催する。核兵器の惨禍を人類が2度と起こさないとの誓いを世界に示し、G7首脳と共に、平和のモニュメントの前で、平和と国際秩序、そして自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的な価値観を守るために結束していくことを確認したいと考えている」と事実上の公約をした。
本年7月10日にはドイツのアナレーナ・ベーアボック外相が長崎を訪問した。東京での林芳正外相との会談に先立つ訪問となる。長崎原爆資料館の見学、国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館での献花、被爆者との懇談などが来日予定に組まれているという。ウクライナ危機によるロシアのウラジミール・プーチン氏がチラつかせる核兵器使用の恫喝が連日報道されるなか、核兵器の非人道性を糾弾する反戦国際世論のうねりを重要視したい。 ドイツは日本と共に「軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)」及び「ストックホルム・イニシアチブ」の中心となる国家として、8月1〜26日に開催されている「核不拡散条約(NPT)」再検討会議の動向を握る。
ドイツは「北大西洋条約機構(NATO)」加盟国の中でも6月にウィーンで開催された「核兵器禁止条約(TPNW)」第一回締約国会議にオブザーバー参加を果たした稀有な国家でもある。
翌23年の広島G7サミットは日本であるが、ドイツは今年の議長国でもある。そういう意味で今一歩、非核化に向けて踏み出す前向きな議論を日独両国には巻き起こしてほしい。
グテーレス氏は折に触れて「被爆者の方々の揺るぎない証言は核兵器の根本的な愚かさを私たちに気付かせてくれます」と切り出した。そして「新たな軍拡競争が加速している。深刻な核の脅威が中東から朝鮮半島へ。そしてロシアによるウクライナ侵攻へと世界各地で急速に拡大している。人類は実弾が込められた銃で遊んでいるのだ。」と警鐘を鳴らした。その上で「希望の光はある。6月には核兵器禁止条約の締約国が初めて集い、終末兵器のない世界に向けたロードマップを策定した。そしてまさに今、ニューヨークでは核兵器拡散防止条約(NPT)の第10回運用検討会議が開催されている」とグテーレス氏は述べ「この神聖な場所から、私たちの未来を脅かす兵器の備蓄の廃絶に向け、対話・外交及び交渉を強化し、これらの破壊兵器の廃絶によって私の軍縮アジェンダを支持するよう緊急に努力するよう呼びかける」として「(核保有国の)指導者たちに対する私のメッセージは非常にシンプルです。もう2度と広島の悲劇を引き起こさないでください。もう2度と長崎の惨禍を繰り返さないでください(No More Hiroshima, No More, Nagasaki)」と訴え「若い世代の方達、被爆者の方々が始められた任務を成し遂げてください」と結んだ。
8月5日の討論会「核兵器のない世界に向けた日本の役割」に時間を戻そう。
[出典:「核兵器廃絶日本NGO連絡会」「国会議員による討論会『核兵器のない世界に向けた日本の役割』(2022年8月5日)]
核兵器廃絶日本NGO連絡会の主催で討論会が催された。国会議員各8党代表者と有識者として東京大学の藤原帰一名誉教授、ユース代表の田中美穂カクワカ広島(核政策を知りたい広島若者有権者の会)共同代表が集った。
自民党の宮沢博行(衆議院議員)国防部会長は「核兵器禁止条約参加を求める声はわかる。多くの国民もそうだと思う。核兵器禁止条約に参加した場合は、逆に条約が有名無実化するのではないかと思う。条約の第一条は核抑止を否定している。その条約に加盟して核抑止に頼るとなると、条約の精神そのものがどうにかなってしまう。だから現実的にはNPTを進めていく方が核廃絶には近道だと考える」と開衿して述べた。
公明党の山口那津男(参議院議員)代表 は「ロシアによる核兵器使用の威嚇、核の小型化、運搬手段の進化など、核兵器の使用を前提とした「第3の核時代」に入ったと指摘する専門家もいることから、核兵器不使用の継続の重要性を国際社会で共有することが必要である。第一回締約国会議に浜田議員を派遣した。そこで確認したことは、核兵器禁止条約とNPTは相互補完的な関係にあること。被害者支援や環境修復は日本が特に貢献でき、他国からの期待も高い分野であることである。公明党は核兵器禁止条約の科学的諮問委員会への日本有識者の採用を目指す。第2回締約国会議に日本がオブザーバー参加できる環境の整備にも取り組む。NPT再検討会議での岸田首相の提案、特にCTBTフレンズ会合の首脳級での開催やユース非核基金創設の提唱を高く評価する」。
立憲民主党の泉健太(衆議院議員)代表は「ウィーンで第一回締約国会議があったが、我が党も代表を派遣した。勇気づけられたのは、核保有国のイギリスやフランスからも国会議員が参加していたことだ。議員のネットワークを活かすことが重要だと改めて認識した。ウクライナの戦争があるからと言って、我が国が核共有をするということは、とるべき道ではない。NPT再検討会議で、岸田首相が演説したことは評価に値する。しかし我が国には、被爆国として保有国と非保有国を繋ぐという我が国にしかできないことがある。演説の中では、核兵器禁止条約には言及すべきだった。G7の際には、単なる共同宣言ではなく、具体的なアプローチが始まるスタート地点に立たねばならない」と提言した。
日本維新の会 藤田文武(参議院議員)幹事長は「核保有国の意思決定を動かすのは難しいことである。われわれの安全保障および経済的な力をつけることが重要である。核兵器の地上配備というNATO型の核共有は時代遅れだ。そうではなく、作戦や意思決定、責任を共有する。それがアメリカの情報開示を求めることに繋がる。このようにして相手の意思決定に関わり、影響を及ぼしていくという戦略的な行動が求められる」と冷静な分析から提言を行った。
れいわ新撰組の櫛渕万里 衆議院議員は「れいわ新撰組は、核廃絶の先頭に立つことを公約に掲げている。唯一の戦争被爆国として直ちに核兵器禁止条約を批准し、核なき世界の先頭に立つことによって、地域の安定をリードすべきだ。その実現の第一歩として、私は6月の締約国会議に参加した。参加しての実感は、1)核兵器のない世界はもはや抽象論ではないということだ。核兵器禁止条約の成立によって、核兵器そのものが違法になった。法規範として動き出している。2)ウィーンは、ウクライナから地続きで1000キロほどのところにある。そこから出されたメッセージ、『核抑止は間違いである。』安全保障政策として正当化できないというものだ。しかし日本では、核共有や核抑止の強化という議論が出ている。ウィーンの国会議員の集まりでそのことを伝えると、驚きと非難を持って受け止められ、採択された国会議員による声明には、真剣に憂慮の意が表された。日本の一部の政治家に伝えたい。そうした考えは憂慮されている。オブザーバー参加を拒否した岸田総理にも伝えたい。橋渡しを口では言っているが、NPT再検討会議でも一言も核兵器禁止条約に触れない。どこまで本気なのか国際社会でも疑われている。国際社会とのネットワークで、国会で早期批准を求めたい。NATOの加盟国でありながらオブザーバー参加したオランダでは、議会で決議して参加するという民主的プロセスを踏んでいる。核兵器禁止条約を推進する議員連盟を立ち上げたい」と核廃絶への意欲を示したのだ。
その上で「れいわ新撰組は、超党派の核兵器禁止条約早期批准を求める議連の呼びかけをすることを決定した。9月末から10月にかけて、次の臨時国会で各党に呼びかける。締約国会議の報告会を提案したり、勉強会も進める。さきほど、核の傘の国のもとにいる国が民主的なプロセスでオブザーバー参加したことを紹介した。核兵器禁止条約の重要な特徴は、ヒバクシャや若者、市民社会が世界中にうねりが起こして具体的なプロセスが始まったことだ。ここで、立法府の役割が重要だ。日本でも市民社会や若者、被爆者と議連が繋がることで、立法府から行政府に対して声を上げるプロセスを作りたい。先ほど維新から、意思決定をするために核共有をという話があった。ウィーンで、核の傘のもとにある国の議員からあった発言を紹介したい。『核兵器が共有されることはあり得ない。核保有国の核が押しつけられて配備される国の側には、何の権限も与えられないのが核共有の原則だ』」と身につまされる教訓を示した。
国民民主党 玉木雄一郎(衆議院議員)代表は「党綱領には核廃絶を明記している。ロシアによる核使用の脅しなど、核の脅威が高まっている中で、どう現実的な核軍縮を進めるか。1つ目は、ステップ・バイ・ステップでどう核兵器に頼らない抑止を実現していくかを議論する必要がある。攻撃型ドローンやサイバー兵器など、より安価かつ効果的な手段を持つことで、核保有に経済的・戦略的な有効性がなくなれば、核保有国も核軍縮に合意していけるのではないかと考える。2つ目は、 唯一の戦争被爆国として、核の実相を伝えていく責務がある。核兵器禁止条約へのオブザーバー参加など、国際的な場で言い続けることが重要である。3つ目に次の世代を担う若いリーダーの育成と交流に積極的な役割を果たすべきである」ブレない持論を展開した。
日本共産党の志位和夫(衆議院議員)委員長は「NPT再検討会議の岸田演説には、日本政府の2つの問題点が現れている。1)首相は、核兵器禁止条約に一言も触れなかった。6月の第一回締約国会議は、ウィーン宣言を採択して大きな成果を収めた。その会議には、米国の同盟国であるドイツ、ノルウェー、ベルギー、オランダ、オーストラリアもオブザーバー参加した。それは、核兵器禁止条約が無視し得ない世界の現実であることを示している。その重要な会議に、唯一の戦争被爆国の政府が参加せず、NPTでもその核兵器禁止条約に一言も触れない。それで『橋渡し』ができるのか。私たちは、核抑止の呪縛を脱し、核兵器禁止条約を批准することを強く求める。2)核保有国に核軍縮の誠実交渉を義務付けるNPT第6条に一言も触れなかった。2000年の再検討会議では核兵器の完全廃絶の明確な約束、2010年の再検討会議では核兵器のない世界を達成し維持するための必要な枠組みについて、全会一致で確認した。日本は自らも賛成したNPTの合意を再確認すること、とりわけ核保有国にそれを強く求めるべきだ」と要請した。
社会民主党 福島瑞穂(参議院議員)党首「まずは、核兵器禁止条約の締約国会議にオブザーバーとして参加することが重要だと思っている。今回も核の傘のもとにある国が参加した。この意義は大きい。この動きがどんどん広がるようにしていくとともに日本も次はせめてオブザーバー参加するようにすべき。市民社会の声を高めて、核抑止論ではなく、核廃絶に踏み出すべきだという世論も拡大したい。核共有や核武装論では、沖縄に核が配備されるのではないかと危惧する声もある。核兵器禁止条約に批准し、広島・長崎を繰り返さないために若い世代と力を合わせて取り組んでいく」と党是の展望を述べた。
一方、2022年7月30日に行われた「平和のための国際シンポジウム:核兵器廃絶への道・世界の終末を防ぐために」に登壇した、長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)吉田文彦センター長は、「同盟親交国である米国の軍事当局のような国も含み、決して「核のボタン」の制御を他国に持たせることは許してはならない。と、通年2023「米国国防権限法(National Defense Authorization Act: H.R.7900)予算案」による米国の核兵器保有総数5,425弾頭を以ってして地上から一発も打ち上げてはならない」ことを強調した。また吉田氏は「ニュークリアシェアリングに向かっている世界の動向を鑑み、NPT不拡散体制をこの条約を支持するとみなされている諸国によってより小さな枠組みに押し入れる方がよほど唯一の(「核なき世界」を実現する)策である」と核廃絶への意欲を示した。
今、「若き世代の声を聞け」という機運が軍縮の分野でも高まっている。
広島から渡された長崎への非核のバトン…いかに活用されるのか?
長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)林田光弘 特任研究員は、自身が被爆第三世である。彼が手掛けたのは1945年8月9日に原爆が投下される前の長崎の日常をとらえた写真を募集し「被爆の実相の伝承」のオンライン化・デジタル事業化を図る取り組みだ。彼自身も含まれる若い世代に原爆で壊滅した長崎市の人々の生活を想像することを促す希望を抱いている。2022年7月末の時点で6000枚を超える写真を提供されたという。専ら「教育現場にスライド教材として活用していただきたい」と非営利の活動を続けている。現時点で林田氏が作成したスライド教材「被爆前の長崎の日常」は以下、2点ある。
1)「長崎中心部エリアの暮らし」2)「当時の学生の暮らし」
拙稿では2)を取り上げる。
[©️長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)/国立長崎原爆戦没者追悼平和祈念館]
城崎尚道さん(1928年生まれ)は17歳の時、爆心地から約12キロの茂里町の三菱兵器工場で被爆した。当時は鎮西学院中学校の付設科2年生。勤労動員として三菱兵器茂里町工場第三仕上げ工場で魚雷の組立作業やハンダ、メッキ、部品工作などの仕事をしていた。
城崎さんは昭和15(1940)年、旧制鎮西学院中学校に入学した。兄弟揃って鎮西に入れたのは、親類が配属将校をしていたからだという。当時の旧制中学校は5年生だったため、今の中学生から高校生の年齢に当たる。鎮西学院はキリスト教ミッションスクールとして明治14(1881)年に創立された。
[©️長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)/国立長崎原爆戦没者追悼平和祈念館]
[©️長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)/国立長崎原爆戦没者追悼平和祈念館]
鎮西学院の校史によると戦時中は軍部などからキリスト教育に圧力がかけられた。次第に激しくなり、昭和19(1944)年、礼拝は中止に追い込まれた。
[©️長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)/国立長崎原爆戦没者追悼平和祈念館]
[©️長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)/国立長崎原爆戦没者追悼平和祈念館]
[©️長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)/国立長崎原爆戦没者追悼平和祈念館]
[©️長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)/国立長崎原爆戦没者追悼平和祈念館/長崎原爆資料館(写真提供:被爆後 三菱長崎兵器製作所茂里町工場仕上工場内部)]
プロジェクト責任者の林氏の丁寧な聞き取り調査によれば、城崎さんは「原爆が炸裂したときは工場内にいました。明かり取りの窓から青白い光がパーっと入ってきて「高圧線がショートしたかな?」と思ったら、次の瞬間には建物がガーッと崩れました。コンクリートの塊が頭や背中に当たりましたが大きなけがはせずに済みました」と当時の体験を語っている。しかし原爆によって工場は全壊半焼し、多くの工員や動員学徒らが被爆死した。鎮西学院中学校では校内や工場などの動員先で職員・生徒ら約140人が亡くなったという。
林田氏は「たった一つの直接的なやり方で過去に関する情報をいかに過ごしていくか、だけに焦点を当てるよりも、むしろ共に問題を解決していく仕事をいかに考えるか、の方がより重要かもしれないと気付かされた」と述べた。
[出典:「The Asahi Shimbun」「Ukraine ,NPT review confab dominate peace symposium」(July 30, 2022)]
そんな林田氏にも「気付き」があった「若き世代の声」…
「『グローバル・ヒバクシャ』も軍縮の議論の俎上に挙げよ!」先陣を切った若き非核ユース
[©️「核兵器廃絶日本NGO連絡会」「国会議員による討論会『核兵器のない世界に向けた日本の役割』(2022年8月5日)]
カクワカ広島(核政策を知りたい広島若者有権者の会)田中美穂 共同代表は核政策について何を議論してきたのか?
「カクワカの活動の中で、核廃絶は理想だと言われてきた。ステップ・バイ・ステップの考えを理解した上で、核兵器禁止条約の批准を訴え、広島選出の国会議員に意見を聞いてきた。私たちが核兵器禁止条約を推す理由としては、日本に住むものとして広島、長崎は知っているが、『グローバルヒバクシャ』や『原爆小頭症』といった、世界的にフォーカスされて来なかった被害に対して、人権に対して向き合っている姿勢を見せたところだ。それが核兵器禁止条約の素晴らしいところではないかと思う。核実験の被害について、国会議員の中でも述べられることが少ないことを憂慮している」との危惧を討論会出席国会議員に示した。
[©️「核兵器廃絶日本NGO連絡会」「国会議員による討論会『核兵器のない世界に向けた日本の役割』(2022年8月5日)]
東京大学の藤原帰一 名誉教授は「核兵器の問題を考える際には、様々なアプローチが存在する。1つは、核兵器禁止条約に代表される核の非人道性に着目する「人道的アプローチ」だ。もう1つは、核兵器に依存する安全保障から核兵器を必要としないそれへと変えていくために緊張緩和を目指す「ステップ・バイ・ステップ」(step by step)アプローチだ。歴史上大きな成果があったのは、米ソ冷戦後の中距離核戦力全廃条約や戦略兵器削減条約などで、2つのアプローチは相反するものではないと念を押しておきたい。核に頼る平和の問題は、抑止は破綻しうることにある。核兵器は、通常兵器による戦争を抑止できない。核兵器で脅しあう安定は不確実である。つまり抑止は二重に破綻する。前者の典型がロシアによるウクライナ戦争である。核兵器を盾に使って通常戦争をするということである。米ソ冷戦後、核兵器の削減は進んだが、それは核兵器を作りすぎた国が減らしたにすぎず、他の国による核兵器の開発は続けられてきた。その中でも我々にとって大きな課題は、米ロの核軍縮が止まったことだ。さらに中国が核軍縮の協議の中に入っていないことである。そこにウクライナ侵攻が起こった」との歴史認識を示した。その上で「私は核兵器禁止条約の目標を共有している。ただし日本が批准すれば核兵器がなくなるという考えはまだとれない。なぜなら核保有国と核の傘に依存する国がまだ参加していないからである。核の傘のもとにある国や核保有国が、核兵器禁止条約の締約国と核兵器をなくす手順について協力していく共同作業を始めなければならない。そこにオブザーバー参加の意義があった。核兵器禁止条約は、NPTでは核の削減が進まないことにより生まれてきたと理解している。ならば、NPTが履行されることが重要である」と強調する。そして討論会の結語として藤原氏は「NPTと核兵器禁止条約の話も重要だが、基礎となっている危機感がまるで違う。今は、核兵器の役割が増えているだけでなく、実戦使用の可能性が現実の問題としてある。核兵器の実戦使用を阻止するのは大変難しい。現在は戦争の真っ只中であり、エスカレーションを阻止すること、侵略者が大きな利得を獲得すること、この両者を排除するがいかに難しいか。そこに目を向けてほしい」と強く訴えた。
[出典:「核兵器廃絶日本NGO連絡会」「国会議員による討論会『核兵器のない世界に向けた日本の役割』(2022年8月5日)]
[©️筆者コラージュ作成]
これまでの「核・原子力政策」と「被爆者」をめぐる議論や問題認識は日本の「広島」「長崎」を代表として「沖縄」「チェルノブイリ」「スリーマイル」「第五福竜丸 ブラボー・ビキニ核実験」「オシラック」「アルキバール」「マーシャル諸島」「福島第一原子力発電所事故」などが中心となっていた。
だが、筆者は今回の拙筆で斬新な視点と思しき「フェミニストから見た『先住民グローバル核政策』の再考」をここで、詳らかに解き明かしてみたい。
「植民地主義」から見る 「先住民」と「ネクロポリティクス」グローバル核政策の及ぼす悪影響
「核による世界の終末の日(Nuclear apocalypse)」は、「核燃料の鎖」の互いの段階ごとに結果を伴う生活をしている共同体によって毎日、経験してきたー鉱山を掘削し、その過程を超えて、蓄え、無駄な放射性物質の処理―そして核爆弾の実験の中で、むしろ同時代に存在するグローバルな秩序の現実の中で生きている。
ニュージーランドの先住民族マオリ(Maori)運動家のタイトワイ・ハラウィラ氏は太平洋地域を超えていった先住民族の人々の経験を記述していた時、1985年に起きたことを書き込んでいる。このことは、我々が40年間暮らしてきた「先住民の生活」に焦点を当ててきた「核戦争」のことだ。この戦争で放射性共同体だと標的にされてきた。バーバラ・ローズ・ジョンストン氏がこのことを記述していたー彼らの准大尉の地位故に選ばれたものであった。
このことは結果的に種族や社会経済的地位、文明と定義づけられたものだった周辺には彼らの所在地がある。その結果として、そんな共同体で健康問題の影響に悩み苦しんでいる若手世代までにも通じてきた。一部では、
放射能をイオン化することで引き起こされた損害を通じて、女性の再生産的制度とそれ故に彼らの子供達にも影響が及ぶ。
さらに言えば、放射能汚染共同体は、家もまた、核の破壊力もまた標的にされていた。ただの占領地のためだけではなく、しばしば物理的壊滅のために「巨大な大地の変形、」発掘、殺傷物、鉱山採掘、輸送、爆破、核兵器保有量、無駄な普及そして核エネルギーと兵器類を通じてなされていた。
我々はこのように解釈するかもしれない。近代「ネクロポリティクス(帝国の死の政治学)」の鍵となる道具として関連のある処理までも。そしてそれは人種化された他のそして地球自体に対する致死にも等しい継続されてきた暴力を通じてその統合は、明言されてきた。
一方で、フェミニストのアプローチは植民地主義者に深刻に平凡な想定の質問をぶつけるべきだ。核技術は独特の破壊力を有すると。
シャンパ・ビスワズ氏議論してきた。「正常」の範疇からそれが通常戦力機能、その前者の盲目的崇拝化に対する、彼らの社会的、文化的、経済的ネットワークと関係性における、それらの物質性や排除を偽装させていることを記憶の刻印とすべきだ。
我々はビスワズ氏によって思い起こされるだろう。その他のフェミニストやポスト植民地学者ら、彼らはジェンダー、種族、植民地主義者とを彼らの研究の焦点としている。そしてそれは核兵器が戦争が生み出した「ネクロポリティクス」、軍国主義と政策、人間以下の何者かとして、過剰に他の何かに対しても、烙印を押され得るような者たちに対する暴力の「正常化」をしてきた、幅広い過程で持続されている。
この手段では核兵器がありふれた日常にとっても、政治的なものにとっても、例外の領域から立ち戻ってくることになる。
さらに言えば、もし我々が核政策によって甚大な悪影響を受けた放射能汚染共同体から得た見識に注意を払って入れば。我々は核兵器や核燃料の鎖の破壊的な影響力が、ただの植民地主義者によって負わされる連続した崩壊の中で動かしている一部分だけで構成されているわけではない、ということを心に留めておかねばならない。この見込みから、それが困難で本当だという、望ましくないことだと分かるはずだ。核の問題と、幅広い挑戦に直面している人々の、特別な居住地や正義と自己決定権のための他の要求から反核運動の葛藤と分たれたことと一致して巻き込まれてきた人々のことを。
この問題で知っておかなければならない重要な要点は、放射能汚染共同体の範疇の中に誰も同じ性別の者がいない、ということだ。ないしは植民地化された原住民、そしてそれは彼らと、核の犠牲者とを類似するものとして比較した時、安易に認められる。
[©️筆者コラージュ作成]
例えば、人々は未だに自己決定権と自治のために葛藤し続けている。―ハワイやグアム、マーシャル諸島、そして最初の国民でオーストラリアの先住民アボリジニや新疆ウイグル自治区…そんな占領された先住民の共同体のような。経験値として今日の核の影響力とはポスト植民地国家や彼らのユダヤ人でパレスチナ以外の地に移住していた人々、それは20世紀の半ばに始まった脱植民地化を通じて政治的な独立を果たした人々。
本当に核の迫害者の講演は犠牲者であることの経験を土台に政治的構造の特有化を批判するという手段で、いかに「権力の植民地的組織図の行列(マトリックス)」とは異なる内容の役割を除外し、異なるグローバルで先住民族の歴史によって形作られている。
クリスチャン・ホング氏は太平洋の米帝国の軍事力によって安全保障が保たれていることに関連して広島、長崎に投下された原子力爆弾の犠牲者である日本の「被爆者」の場合を批判的に見てきた分析官であり、これを実証している。
ホング氏はいかに我々に見せてくれるのか?フェミニストの先住民が必要としている、つながりと関係性のなさに魅せられる結果として起因する「権力の植民地的組織図の行列(マトリックス)」の場所の間で。
ずっと例示されてきたものとして、我々は「核からの解放」と独立した太平洋を求めた運動の大洋横断の流動性に気づいた。そしてそれは、1975年のフィジーの首都スバで開かれた緊急会合で、核実験や核のごみ(廃棄物)、そして自己決定権、太平洋諸島の共同体を横断的に葛藤してきた核の傘の下に長年あった。
我々もまた、先住民マオリ・ヌイ運動と関係するようなつながりはない共同体で、そのネットワークやフランスの核実験、後続の地域主導にも気づいていた。
核技術の破壊的影響力を理解しているフェミニストは(その理解の)深さを得ることができた。その時我々はフェミニストの先住民族の議論が広範囲にわたる核政策や特にジェンダー化され人種化された植民地的比喩などの言動にできる核の破壊を下すだけのものを有していると感じた。
この要点では、フェミニストが「ニュークスピーク(nukespeak:ジョージ・オーウェルの小説「1984年」)で描かれた架空の言語」と呼ばれてきたものを批評する。
[©️筆者コラージュ作成]
要旨にも用いたが、専門用語や「エクラニム(acronym)」、造語、婉曲語、苦しみを負わせるという意味の兵器の名称と題名、そして広く使われる受動的な声、既によく知られているものばかりだ。コーンにより明白に述べられているが、コーンは開拓者で分析官である。「核の談話」の非合法化推論的なメカニズム「その感情、具体性、特殊性、人間の肉体とその脆弱さ、人間の生命とその主観性―――核兵器を議論する上で、支配的な枠組みの内のこのように言語化できないものと、ジェンダーの二分化された談話の中でフェミニンとして著しい全てのもの。
他のフェミニストたちは、いかにこれらのジェンダー化された推論的に二分化されたものが、東洋人の想像力とそのものの上に横たわる(Overlain)ものなのかを見せてくれるポスト植民地的洞察力を統合させるかを見せることだろうか?そしてそれは「グローバル・サウス(アフリカ、アジア、南米など南半球に偏在している発展途上国)」の諸国の代表者に可能にさせることだろう。特にこのような核のヒエラルキーにフェミニズム化された苛立つ未熟さとして、参加することを想定している競い合いの中にある。
あるいは「核抑止政策」で取り得るのは、戦争で使用されているのではなく、使用することで他国からの侵略を遅らせることができる能力に信じられる脅威をもたらす、という嘘をついてきたことだ。
抑止の講演というものは問題提起されてきた。核兵器を保有する国家安全保障だけではなく、世界平和のための保証として政策提言がなされてきた。この種のフェミニストの見込みの戦略面で有利なことから、我々はこの場で政策提言し、核抑止は国家の動機の解釈の中の狭義の意味での男権支持論の合理性に依拠するだけでなく、最も強力な国家によって武力行使された大量破壊兵器「タープシ・ターヴィー・ドクトリン(a topsy-turvy doctrine:混乱を極める軍事外交方針の指針)」は平和において重要な地位を占めている。そしてそれは民間人総数においてテロリズム国家の体を維持し、戦争と平和の間で総じてぼやけた境界線になるものだ。
最終的に「核主義」とは、核実験や研究、開発、製造、核兵器保有量、そして核兵器開発の廃棄と原子力発電所という全体的な複雑性を合法化することを示す。核技術の切望の中にある多数のまたとある誠意を通じて。
我々が「権力の植民地的組織図の行列(マトリックス)」や「帝国が為してきた政策」という、米国やフランスのような、「グローバル・サウスの諸国(アフリカ、アジア、南米などの南半球に偏在する発展途上国)」のために望んできた核技術は、反応しやすい近代化「追いつけ追い越せ」に通じていることや、植民地の辛酸を舐めさせられた、全ての様々な国粋主義者の計画とのつながりがある。
帝国の権力者が故に、この切望は、核と他の技術を通じていずれかが青ざめた帝国の輝き(フランスの場合)もしくは新たな帝国の権力(米国の場合)に直面し、威信や偉大さを安全保障することにつながっている。
「核主義」の広範にわたる議論は、植民地的及びポスト植民地的アイデンティティーの構築がまた、ジェンダー化された次元とつながりを持っていることにある。
アナイ・マウラー氏は例えば、フランスの太平洋における核の探査が先住民族の太平洋諸島の女性たちの性別や肉体の典型的な想像図に関して重い偏りが見られる。そのルーツとなったのは、象徴的な経済、過去の植民地探査と南海の楽園の神秘、そしてそこでも、めいめい白々に実際の女性たちの肉体に関して核実験の影響が見られるということだ。
マウアーの仕事はただ単純にそれ自体の講演を聞いて勉強するだけでは不十分と見て、フェミニストのアプローチから植民地主義者を深刻な問題化したことを学ばせるよう指示していた。
このことは我々にこの分野の最終的なテーマを見出させた。いかにフェミニストが国際的な関係性を持って核技術が依存し、植民地的、ポスト植民地的権力の管理の物理的な関係性を持続することを助けてきたか、その手段にも参加しなければならない。一つの方法は、そうすることで、「核の植民地主義」に関する文学に関与されるようになるだろう。
このコンセプトは先住民族の研究や、政府と法人が核の製造過程の維持のために、異常に先住民たちやその土地を標的化し、壊滅させる。
「核の植民地主義」の批評によれば、異常なほど核保有国内と同様に、国内で追及されている。それは領土の統治を継続させることに依拠している。そして人種差別主義者の想像図によって支持されている。
この准大尉の地位、白人ではない目に見えない、ないしは処分できる特別な先住民族。
この分析の深刻さというものを取ることは、フェミニストの学者たちに、法的に剥奪することのグローバルな過程では核の講演という彼らの報告を概念化することを強く推奨することにつながる。
そして、力の行使は政治的関係の原則に基づくルーツだと思われるものがそこにある。
この仕事で助けとなるべく、我々は批判的なフェミニストの研究の肉体に付け加えて描くことができることだろう。それは軍国主義と太平洋とその彼方で原子力の戦争という名の劇場で説明される時。地域を超えてその島自体ではない島国でと、砂漠や海洋、空、大地の変形だと思われる実験場とされた諸国に投影しているにも拘らず、原子力はポスト冷戦期のネオ植民地戦争の形として太平洋での核実験を効果的に追及してきた。そしてそこには植民地化された領土やポスト植民地の国家も双方の住民たちが強制的に参加するよう命じられた。
[©️「newsphere.jp」植民地主義者の像の撤去。アフリカの長きにわたる戦い]
フェミニストのこの現象への研究は明らかにされた。例えば、米国内の米軍基地やハワイやグアムといった領土、もしくはおそらく独立した領土(沖縄、韓国、フィリピン)先住民の女性に関して類似した効果を生む。
彼女たちは家にいるか、これらの基地が造られた回廊を通じた旅行に出掛けているかだ。その暴力とテロリズムはそこに住まう原住民の女性たちの生命に打撃を加える。彼女たちの不満は植民地主義者にある。
ネオ植民地的法的剥奪からの文脈の理解から、彼女らから自己決定権の主張も、重要なそんな言語を奪い、それが行き過ぎた人種化とジェンダー化の範疇に至らざるを得なくなった。
結局のところ「ジェンダー」や「種族」とは他者が脱植民地から引き離すことを受諾する必要性のある植民地的範疇にあるものである。
[©️筆者コラージュ作成]
映画監督であり理論家のトリンフ・T.ミン-ハ(Trinh T. Minh-Ha’s)は米国の戦争に関して理論上(仮想上)の介入を生んだ。「愛を殺す人:消え去ったものと共に歩いている(Lovecidal : walking with the disappeared )」は、我々にこの件の自らが築いてきた議論を具現化することを助ける術となる。
米国が主導してきた戦争―ベトナム、イラク、アフガニスタン。そして対テロ戦争を受けての講演をトリンフ氏の作品の一部と共に「未開の社会」の「器用仕事」とみなす。
“市民らが、ワシントンで集めた情報にアクセスする時、彼ら自身のスパイ活動の合法性については、安心感をもたらせることに比べ、米国の同盟国である彼らがドイツの自由「南ドイツ新聞」の考察で「最悪の想像できる事態として、合法かつ大西洋主義のせいで核の事故とは起きるものである”
いかに核兵器の悪い状態を永続する戦争や、軍国主義、逆もまた然り。このほとんどの核の事故的発生想像図や、対テロ戦のトリンフ氏の談話の解釈、未だ複合的かつ米国が主導で継続している戦争は、我々の文明の重大な危機の象徴―――核の悪夢自体がそれ以上に我々に示している。(そしてそれは)「人間が人間であることを忘れ去った(man forgets to be man…)」ある者が自分の影によって自分自身の生きる道を見つけ、隠れたり、ぼうっとしながら漂流したり、人間性の中の最も暗闇にある「人間以下のもの」の中に自分自身が目撃者として参画している、とトリンフ氏は指摘している。力による政策が背景にある「惨さ」は、力が引き起こす戦争ではなく、戦争をもたらす力の政策が浮かび上がる。彼女のような種の創造性と全体論かつ、この政治的意識の中の深い危機と融和させることに留まる上で、「政策、歴史、戦争はフェミニストとポスト植民地化の質疑」が求められるだろう。
換言すれば、写像化された帝国政府の活動や団結し、制度化された力の形や、植民地的論理がそれらの背景にあった。それが我々にはっきりとした視野を呼び起こさせた。トリンフ氏の実地探査が我々を奨励してくれている。
存在している話や公式の文書、目に留まらない、最も暗闇の中の人里離れた場所であり、意識された暗黒街の街角を曲がった方へ向けて、このようにフェミニズムの核政策への追及は動き出すのである。
[出典:”Rethinking global nuclear politics, rethinking feminism” Author: SHINE CHOI SND CATHERINE ESCHLE (抜粋)]
筆者は性同一性障害やゲイ、レズ、トランスジェンダーなどの「所謂」性的マイノリティーとは無関係な極めて「ノーマルな」人間である。しかしここでなぜ、フェミニズムが関与してくるのか?冒頭に挙げた「原爆小頭症」のように母親の体内にいる胎児期から被爆して罹患する、子供の出産に強く関係しているのは「女性」だからである。「再び産めなくなるのではないか?」日本から離れた中東でも、被爆ではなく戦争の惨禍による食糧の栄養不足事情や「白燐弾」などの悪魔の化学兵器による健康被害を受けた夫婦が「奇形児として生まれてくるのではないか?」そんな不安を抱えて二人の子供が欲しくても産むことを躊躇する難民を含む、戦争の犠牲者もいる。
それは「植民地主義」に辛酸を舐めてきた「グローバル・サウス」の「先住民」たちが「ネクロポリティクス」の断行した「核実験」の「捨て駒」にされてきた紛れもない真実の物語である。
確かに「核廃絶」には議論を闊達化させることは必須だ。だがそれ以上に先住民たちの生活に陰を落とし、ゴマンといる命を奪い、新たに生まれる子供までも生前から染色体異常に陥らせる。日本のヒバクシャのみに目を向けるだけでは足りない数多の被爆者から受け継がれるべき消えゆく魂の灯火を担えるのは前述したグテーレス氏の託した「若い世代の方達、被爆者の方々が始められた任務を成し遂げてください」との力強いメッセージに呼応して、次世代は既に平和貢献の一翼を担い動き出している。