フェルメールの3作品は門外不出で、それらはフリック・コレクションが所蔵する

  by あおぞら  Tags :  

 ピカソの作品はウィキペディアによると『生涯におよそ1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、3万4000点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作し、最も多作な美術家であると「ギネスブック」に記されている。』とある。どおりで数多くの美術館に所蔵できるわけだ。

 そのピカソと比べ圧倒的作品の少なさが知られるのがヨハネス・フェルメール(1632年-1675年)である。これまたウィキペディアによると『現存する作品点数は、研究者によって異同はあるものの、ふぇrふぇr。』とある。

 フェルメール展が開催されれば、世界中からフェルメール作品が集められ一気に見られる好運もあり、友人は昔、ワシントンDCの美術館で開催されているフェルメール展で、多くの作品を見たことがあったと言っていた。

 ただ、フリック・コレクションのフェルメールの3作品は門外不出とされており、それらはニューヨークの美術館、フリックコレクションが所蔵している。鉄鋼で財を成したピッツバーグ出身のヘンリー・クレイ・フリックは、ピッツバーグの自身の工場で度重なる労働者のストに嫌気が差して、新天地を求めてニューヨークに移り住み、その財力で70丁目と71丁目の一画、五番街の一等地に邸宅を構え、美術品集めを趣味とした。いかにも富豪らしい。

 1919年に死去するが、遺言には自分の購入した全芸術品は門外不出とすることで、フェルメールは3作品も所蔵しているが、それが世界の有名美術館に貸し出されることはない。但し、このフリック・コレクションでマウリッツハイス美術館から貸し出された有名過ぎる『真珠の耳飾の少女』が展示された時は、貸出期間中、何度も足を運んだ。

 今現在、フリック・コレクションは改装中で、マディソンアベニューの旧ホイットニー美術館に一時的に移動しているが、フリックの私邸が美術館となったものより、はじめから美術館建築と建てられた建物の方が見せ方はうまいと感じる。

 圧巻は一つの部屋にフェルメール作品が正面と両横の壁に飾れらており、運が良ければ一人で門外不出のフェルメール作品を独占できる。

 右の壁には↑一番の『兵士と笑う女(1657年 – 1659年頃)』、左の室内に入った窓ガラスの描写が素晴らしい!

 そして、下↓の『婦人と召使(1667年頃)』は上記作品の数倍はありそうな大きな絵で、部屋の正面に飾られているセンターだ。婦人の洋服の縁取りの水玉の毛皮風のタッチが鋭いのだ。この絵のタイトルは『婦人』ではなく『愛人』とされているのもあるが、実際の絵を目の前にすると『愛人』の方がしっくりくる。

 ↓『中断された音楽の稽古(1660年 – 1661年頃)』は左側の壁に掛けられている。美術館に掛けられている右側の絵(この記事では↑一番上の作品)とほぼ同サイズである。この絵も勿論素晴らしいのだが、メインと言える少女の顔がフェルメールにしてみれば魂がこもっていないように思えるのだ。

 フリック・コレクションにはモネもドガもグレコもゴヤもルノアールも、所謂、有名どころはいくらでもあるが、やはりフェルメール作品の少ない32から37点と言われるうちの3作品の門外不出の意味合いは大きい

 自ら足を運ばないと永遠に見られないフェルメールがこの美術館にはあるのだ、それは実業家ヘンリー・クレイ・フリックの遺言によるものである。

FRICK MADISON (一時的)
945 Madison Avenue at 75th Street
New York, NY 10021

 

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