【徒然短編】「一枚のピザ」

  by tomokihidachi  Tags :  

※初めに:この短編は筆者が大学3年生の時に家庭崩壊して週6で7時から早朝5時までイタリアンレストランで働いていた時の作品です。週6でシフトに入りながら、早朝帰宅して弟の朝食と昼食と作り、掃除機と洗濯をして仮眠をとってまた弟の夕食を作ってから出勤するという生活でした。家にもお金を入れて、一番辛い時に「絶対にペンだけは捨てない!」との思いから有志の雑誌の「美味しいご飯」というテーマの原稿にアプライして休憩時間中に必死に書いて書き上げた労作です。これは「フィクション」に過ぎない駄作ですが、父から受けたPTSDでロスアンジェルスに一時避難した母のいない家庭から、母が帰国してから私を引き取ってくれなければ、大学4年の「ジャーナリストと報道二次被害」のテーマに取り組むこともなかったし、敬愛する17年間愛し抜いてきた師匠にも出会うことはなかったでしょう。
では、前置きはこれくらいにして本編をご一読いただければ幸いです。

【ピザマルゲリータ©️トラットリアリアーナ】

銀座中央通りの雑踏が頭から足の先まで駆け抜けて体の中に落ち込んでいく。
目の前に立て掛けた段ボール板一つ、男は身を丸めてビルの窪みに身を横たえ、風を凌いでいた。
背中まで伸びっぱなしの白髪、口から顎までつながった髭、目やにだらけの瞳でコンクリートを見つめる。
ゴミ置き場から拾った新聞紙を体にまいて、もう鳴ることすらなくなった腹を地べたに擦り付け、それでも時折体を痙攣させた。
車のクラクションが長い尾を引いて耳の奥に消えていく。風で舞き上げられた一枚のビラが、男の段ボール板に引っかかって下に落ちた。
男は不意に枕代わりの雑誌に手を伸ばした。風で勝手にページがめくられ、飛びそうになった挟まれた紙を必死に押さえた。それは写真であった。
黒々とした震える両手で写真を掴み、痙攣しながら目やににまみれた瞳で写真を凝視した。
煤けた紙の中で四、五歳くらいだろうか、少女が、紅潮させた頬を際立たせて頬笑んでいる。男は、少女の前髪を人さし指でなぞった。口をすぼめ、次いで半開きし、低く唸った。
 髭の中で口を緩めた。縁に固まってしまった脂をつけたままの目尻に細かい皺が幾筋も刻まれた。
正面のビルの照明が落ちた。男は暗闇の中でゆっくりと写真を雑誌の中に挟み込んだ。再び視線を写真に集中したまま、開かれたページをゆっくりと閉じた。
雑誌を頭の下へあてようとした折、不意に落ちていたビラに気付いて手をとめた。
震える指でつまみあげてみる。
「ガスパッキオ」
ビラの中央、赤と緑で強調された太文字。その下に小さくイタリアンピザとワインの店と付け加えられていた。
「本日のサービスタイム!ピザ全品50%オフ!!」
中文字が目に飛び込んできたところで、不意に当てられた光に男は目をすぼめた。
「おい!」
警備帽をかぶった男が懐中電灯で男を照らしている。
「じいさん、困るんだよ。こんなところに陣取られちゃ。」
顔は見えないが、怒声が鈍った頭に響いて男は震えながら頭に手をやった。
「寝場所なら他をあたってくれないか。」
男はひどく緩慢に、しかしなんとか立ち上がると、雑誌とビラだけ右手に持って、雑巾状の服だっただろう生地を、地面まで引きずりながらたどたどしく裏通りへと追い出されていった。
新聞紙が丸められ、段ボールがおられる音を後ろに聞きながら、男は一歩一歩をなんとか進めていった。
人通りの少ないながら、時折すれ違う人間みながあからさまに避けて行くのを、刺さる視線すらもはや気にせずコンクリートの上を歩いて行く。
不意に吹き付けたビル風に、もつれた足がとらわれた。道路湧きに止められた自転車群の中に音立てて埋もれる。
痛みさえ時間をかけて這い上がってくる体を地べたに落とし込んだまま、フケで固まった長い白髪に埋もれた顔で、男は目を二度、三度としばたいた。
茫洋とする視界の中に、地下へ降りる階段が浮かび上がった。その脇に灯るネオンの中で「ガスパッキオ」の文字が揺れていた。 

【銀座イタリアンレストラン9選©️aumo[アウモ]】

先を右に左にと揺らす炎。赤レンガ造りの地下レストランの店先は、ランプが戸口でゲストの顔に赤みを射す。
開かれたガラス戸から覗く髭面の男に、女性ソムリエが迎えて頭を垂れる。ボルドーのワイシャツ、靴元まで伸びた黒エプロンをまいた体が正面に向き直ると、その上で紅潮した頬にぱっちりした両の目が笑った。
「お久しぶりですね。いつものお席でいいですか?」
三種類のメニューを小わきに抱えて奥の席を腕で示す。
 食べる前から腹の突き出た小男と、髪を腰まで垂らした長身の女性客とがソムリエの後に続き、左手にナプキンをかけた背広の男の横をすり抜けていく。
「こちら七十二年ものです。」
アイロンのかかった襟が、くたびれた上着の中でやけに目立つ。
 シャトーマルボーのラベルを傾けて栓が抜かれる。
支配人の白泉が、スーツに身を固めた男四人で囲む席を注意深く回ってワイングラスにボルドーの液体を注いでいく。
「例の契約の話ですが、常務の見通し通りになりそうです。」
目を光らせた若手社員が、対面の円形脱毛症気味の男に顔を近付ける。
 「先日の株主総会での報告はあがってきてるのか?」
 常務と呼ばれた男は顎に右手をやりながら、片側のあいた指で注がれたワイングラスのヘリを撫ぜた。
「これです。」
小わきにおいた鞄を調べ始めた若手社員を手で制し、「まぁ、乾杯しようか」の声に同席した四人がみな一様に姿勢を正してグラスをかち合わせた。
奥の席で時折割れたように大笑が起こる。
カウンター脇に隠れたソファー席から、
「おい、ちょっと店長呼んできてくれないか?」
口ひげの小男に手招きされて、料理皿をさげていたウェイターが早足で厨房にとって返していった。
「ケイコちゃん、今日のオススメなに?」
窓際の六人掛け席、常連の家族が女性ソムリエを呼ぶと、垂直に姿勢を正したケイコが笑顔を振りまきながら三十度のお辞儀を一つ、間に談笑を挟みながら料理の説明を始めた。

 オーダー通しのディシャップ口で、切れ間なく伝送されてくるオーダーシートをバインダーに挟みながら、
「五番、そろそろメインのお肉、お願いします。」
髪をピンでまとめあげたウェイトレスの小夜が、厨房のコックに言葉を投げやる。
「メイン入りましたぁ。」の声と共に、「はいよー」とコンロに向かったコック五人がそれぞれ鍋を揺すり、フライパンを返し、火柱をあげ、またオーブンの温度を見ながら一斉に応える。
「二番、スペシャルピザカプリお願いします。いつものです。できますか?」
 ホールから髪の毛を短く切りそろえたウェイターが駆けてきて、ディシャップ口に最も近いところに立つコックに、オーダーを通した。
「誰?碇さん?」
 薄く丸状に延ばしたピザ生地を右手で回しながら、浅黒い肌のコックが逆に聞き返す。
 首を傾げて、なんか口髭の、と口籠るアルバイトを後目に、
「そうだよ碇会長。」背広を着込んだ支配人がやってきて代わりに答えた。「またあの人とっかえひっかえ女変えて。と、それはいいんだ。できる?」
 コックが右手の親指を立てるのに頷くと、料理の具合を見に厨房に入っていった。
 ガスコンロに並べられた鍋の上で、赤いスパゲティソースが波打っている。その上でスパイスを振る腕が四周弧を描いた。
厨房の脇に置かれた流し台に板を渡しただけのテーブルで、コックが三人休憩を取っていた。タバコを指に挟み、煙を吐く、髪の立った男を捕まえて白泉が「チーフ」と呼ぶ。
「さっき団体客の予約が入ったんだよ。ヤスさん、今日鱸どのくらい入ってる?もちそうかな?」
「どこの団体?今日は、そうね」とヤスは白泉を斜に見返した。 
テーブルの隅で、ビール箱を椅子代わりに並んでかけて肩幅のある逆三角体系のコックと、贅肉の削ぎ落ちたといった体の長身の男が賄い料理のスープを啜る。
「シゲさん、今日なんだっけ、これ?」
逆三角形体系の方がスープに浮かんだ魚の骨を、箸でつまみあげて細身の方に見せる。
「今日は豪華ですよ。なんと鰆の使い残し。」
シゲさんと呼ばれた男が講談師調にやたらメリハリ付けた口調で返す。
「今日のオススメじゃない。」
逆三角形が首を右に左に傾けながら箸でつまみあげた人さし指大の骨をたっぷり一分間眺めた。
コンロの前で鍋を揺するニ十代の若手がため息まじりに「そんなに見たって」とこぼす。  
「どうせ、おれたちはその食べ残しみたいな骨についた身と、客が残した残飯しか食べれないですけどね。」  
精一杯の皮肉に、傍らで味見をしていた支配人に頭を拳骨で叩かれた。
「はいよ、スペシャルピザカプリあがり!」
ディシャップ口にピザの皿を出すと、髪を後ろで一つにまとめたアルバイトのウェイトレスが何の気なしに皿のはじを掴んで少しピザ生地をずらした。
「おい!」
頭の上から怒声が飛んできてポニーテールは反射的に肩を竦めた。
ぶ然として皿を睨み、次いでディッシャー口を顎で示す。
料理に触れかけている指を認めてゆっくりと外すと、ウェイトレスは三白眼でこちらを睨んでいるチーフの目を上目遣いに見た。恐る恐る皿をディッシャー口に置く。
ピザ生地の上にトッピングされた二匹の海老が、天井で尻尾を交差させている。
海老を中心に円を描くようにして飾り付けられていたハーブが一枚、皿から落ち掛かっていた。
ヤスは注意深くハーブの葉を円周上に戻した。トッピングされた薬味の向きをもう一度整えてピザの上で海老の向きを計るように両の手をかざした。
「よし。」
アルバイトは伏し目がちに歩み寄ると、今度は注意深く皿を手のひらの上に載せた。
「作品だからね。」脇で伝票整理の手を休めていた小夜がポニーテールに微笑みかける。
ウェイトレスは小さく声をあげると、改めて手に載せた皿を見つめた。
「チーフ、あんまりいじめないでよ。この子、まだ入ったばかりなんだから。」
白泉が厨房の中でフォローを入れた。
「ユカちゃん、冷めない内にお願いね。」
ユカと呼ばれたウェイトレスは大きく頷くと、小走りにホールへと駆けていった。
「おい、崩すなよ!」
軽く叱責を飛ばすヤスの肩を白泉がたたいた。
「今日も通しだろ。後でビールな。おごるよ。」 
首に巻き付けたタオルで上気した顔の汗を拭うと、ヤスは小さく頭を下げた。
鍋の上に火柱があがる。
魚の大きな骨ばかりが目立つスープを飲み終えて、タバコに移っていた逆三角形がつぶやいた。
「チーフんとこ、奥さん大変なんじゃなかったっけ?」
隣でレシピをめくっていたひょろ長が頷く。
「お母さんが付きっきりらしい。子供も小学校あがったばかりだって言うしな。」
 逆三角形がヤスに一瞥くれてから声を落とした。
「あんなんじゃチーフ、死んじまうよ。いくらなんでもなぁ、一週間ずっと朝から晩までで、ほとんど休み無しだぞ?」
シゲというひょろ長は無言で立ち上がると、座っていたビール箱を片付け、帽子を頭に乗せた。
 「今日も団体客だってよ。さ、やるぞ。」
肩を回して早々とコンロの前を陣取るシゲを目で見送りながら、逆三角形もたっぷり一分間虚空を睨んでから立ち上がった。
 

天井で古びた巨大プロペラ状の換気扇が回っている。
陰りのある照明の下、逆L字型に並ぶ卓の上をテーブルランプの炎列が店内に色をつけていた。
店内左奥のカウンターの中で振られるシェイカーが鈍色の光を放つ。
頭の右横で上下上下と規則正しく揺れ動く腕の動きが止まり、二度ほど氷の音立て、赤い液体がグラスの中に弧を描くように注がれていく。
「マルガリータです。」
カウンター三番に腰掛けたスーツの女性客に、バーテンダーの和也はグラスを押し出した。
差し出されたグラスの下に手をあてて「ありがとう」とつぶやき、伏し目がちの瞳をわずかにもちあげる。カールした髪を右手で押さえて、テーブルランプの光を頬に受けながら、女性客は口付けた。
「今日も残業だったんですか?」
「そうなのよ。クライアントがごねてね。」
バーテンダーのかける言葉に目を細めて微笑する。
「予定外の仕事をこれも今日中だ、なんて。上に押し付けられたの。」
押し付けられたの、の部分を囁くように返した。
「美鈴さん、優秀だからですよ。そうだ、今日美鈴さんの好きなの、入ってますよ。」
グラスを拭き上げる全身黒づくめの男が耳打ちする。美鈴と呼ばれた女は「なに?」と眉を持ち上げてからかうように言った。
「カズヤ君、また私のお財布、淋しくさせる気?」
「またまたぁ。スカンピのピザ、でもですか?」
 セイラムライトを箱から取り出しながら、美鈴は「えっ」と顔を輝かせて目を細めた。
「いただくわ。」
バーテンがしたり顔でお辞儀すると、厨房へとオーダーを通しに行った。

「大変お待たせしました。スペシャルピザカプリでございます。」
ポニーテールのユカが海老の形に気を遣いながらカウンター奥のソファー席中央に皿を置いた。
「これだよ、これ。」
口ひげの男が胸の前で手を摺り合わせる。
「おい、ヤスってコックによろしくな。碇が言ってたって。」
見上げられてユカは戸惑いながらも小さく頷いて厨房に引き返していった。
ポニーテールの後ろ姿を見送ると、碇は傍らに腰掛けた女性の手を取った。
「なぁ、こないだの話、考えてくれたか?」
切れ長の瞳で口ひげの男にちらりと一瞥くれてから、痩せた長身の女はそっぽを向いて拗ねたように言った。
「碇さん、ブルガリは?買ってくれるって言ってたじゃない。」
碇は握った手の方に自分の体をすり寄せた。
「来月な、来月新作が出るだろう?あれを待ってるんじゃないか。」
猫撫で声で握った手を撫でてから一度離し、取り分け用の小皿を女の前に置いた。
「このピザな、俺の特注で作ってあるんだよ。この店のスペシャルなんだ。最高だぞ。」
女はポーチからタバコを取り出して火を付けた。碇の顔から体そのものを斜に背けたまま、細く長く煙を吐き出した。
「私がほしいのはピザなんかじゃないの。」
碇はピザを取り分ける手を女の前に持っていきかけて、数秒皿の前でまごつき、そのまま自分の口の中に頬張った。

階段脇に灯された灯りが風に揺れている。
店内右手に張られた窓際の席。中央に置かれたピザ・マルゲリータが手のつけられないままチーズの色が変色している。
「菱井商事の花園さんが乗ってきてる。このプロジェクトの焦点は?」
三杯目の赤ワインを飲み干して少し目の辺りを赤らめた頭の薄い男が、対面の若い男に話を振った。
「我が社のコンサルティング部門の負債処理スキルを売りにしています。コンサルティングチームにおけるマニュアル作成の指揮は私が取ります。」
力のこもった目をした若手がグラスにたっぷり残ったワイングラスの上で書類を示し、事務的な口調で並べ立てる。
「コンテンツ説明は中川が、顧客管理は過去営業で連月トリプルAを出した乾が担当します。」
傍らに座っている肩幅の広い男と、頭の薄い男の隣で赤ワインに口付けていた面長の男を目で示した。
「まぁ、鈴木がやるんだ。信頼しとるよ。」
四杯目のワインを面長の男に注がれながら、顔を赤らめた男は数えるほどの前髪を撫で付けた。
「常務の期待は裏切らないと思います。」  
鈴木と呼ばれた男は目を光らせて常務に視線を返した。
「常務、なにか摘まれますか?」
面長の男がピザに注意を向けながら常務の顔色を伺った。
「ああ、ピザはちょっとな。ワインさえあればいいんだ。」
肩幅の広い男がテーブルの下から出しかけた手を下に潜らせた。
「ワイン、もう一本頼むか。私は摘みはいいよ。腹が減ってるなら、おまえさんたちで食べたらいい。」
おい頼む、と手を挙げてウェイターを呼ぶ常務を一瞥して、「はぁ」と面長の男はピザを目の前にして視線を落とした。
鈴木は一人、出した資料を傍らに置いた鞄の中にしまい、ワインを半分ほど飲み干すと、
「常務、そういえば同時進行中のBプロジェクトの話ですが・・・」
ワインリストを開いている上役に向かって体を前のめらせた。

「兄貴、また大勝ちしたんだって?」
「まぁな。ゾロ目だよ。」
たっぷり二人分の席を陣取る体格のいい男と、中年太りで腹の突き出た眼鏡の男とが並んでスパゲティーをがっつく、窓際奥の席で再び大笑が起こった。
子供用の椅子に腰掛けたお下げの少女が中央に置かれたピザに何度も何度も届かない手を伸ばした。
傍らに控えた母親らしき女が微笑してピザを女の子の前に取り分けてやる。端正な顔立ちだが、どこか影の薄い細い女だ。
少女は首からかけたナプキンに赤いシミをつけて、手で掴んだピザ生地を必死に口に入れながら、ソースのついた頬で母親に「ピザ、ピザ」と口を動かしながら言った。
少女に微笑みかけながら母親は指を口の前にあてた。
「唯ちゃん、お口に物が入ってる時はしゃべらないのよ」
「唯ちゃん、おいしい?そう、よかったねぇ。」
少女の右隣で天然パーマがかったおばちゃんが微笑み掛ける。 
「お待たせしました。本日のオススメ、真鯛のポワレでございます。」
ボルドーのワイシャツを来た女性ソムリエが料理をもって現れ、小首を横に倒した。
「ケイコちゃん、待ってたよ。いつもありがとね。」
天然パーマの女性に話し掛けられて、
「長谷部様にはいつもお世話になっていますから。」
ケイコは会釈で返すと料理を取り分け始めた。
 

一口も手を付けていないピザ皿を下げて小夜がディシャップ口に戻った。
「なんだよそれ。」
厨房から認めてコックが声を投げた。
「十一番のビジネススーツのお客サマ。」
感情のない声で返す小夜は、下げ台上の皿を重ねながら、ピザ皿の置き場を作っている。
「おいちょっと、それ捨てちゃうの?」
ディシャップ口から乗り出したヤスの声に、「まさか!」と小夜はあからさまに驚いてみせた。
「賄いに回しましょ。ただでピザ一枚得しちゃったんだから。」
厨房脇で仕込みをしていた若いコックが思わずぼやく。
「食べないなら最初から食うなよなぁ。」
その横で洗浄器を回していたコックも「なんのための金だよ。もったいねぇ。」言い捨てた。
舌打ち一つ、ヤスはピザ生地にトッピングを終え、ディシャップ口に皿を出すと呼び鈴を押した。
 ポニーテールのウェイトレスが飛んできて、手に乗せた二切れ食べただけのピザ皿をディシャップ口に戻した。
「なんだよこれもか?」
コックが低い男声でピザ皿に声を落とすと、
「あの、テイクアウトでお願いします。」
おずおずと声を絞り出すユカに再びヤスが舌打ちした。「碇さんか。」
不意にディシャップ口とホールとを結ぶ通路にかけられたカーテンが開いた。
「あ」
 思わずユカが小さく声をあげる。
 口ひげの腹が突き出た小男が目の前に立っている。
「これはこれは、碇さん」
必要以上の営業スマイルでヤスが頭を何度も下げた。
「ヤス、これね、今日連れの女があんまり食べないんだよ。ごめんな。おれ、持って帰って食べるから。せっかく作ってもらったのに悪いな。」
碇は厨房に視線をやり、「支配人は?」と奥へ声を投げる。「今日、店長休みなんだってな。マルに、よろしく言っといて。またピザ食いにくるからって。」
ヤスに声をかけると、碇は「じゃ、勘定のところに行ってるから」とカーテンの向こうへ出て行った。
「おい、早く包んで。」
アルバイトのユカに指示して、ヤスは頭をかきながら再び厨房の奥へと引っ込んでいった。
「碇さんの会計は?」
小夜がユカに確かめると、
銀紙と格闘しながら「ケイコさんが行ってます。」必死の形相で頷き返した。

「ケイコちゃん、いつもありがとね。じゃ、マルによろしくな。」
ホールから走り出てきたユカから包みを受け取って碇はガラス戸を押した。
膨れたままの長身の女が後に続く。
ケイコが閉まるガラス戸の前で深々と頭を垂れていると、
碇にごね続ける女の言葉の羅列が、突如「きゃっ」という短い悲鳴へと変わった。
ガラス戸と向き直ったところで、出くわした光景にケイコは心臓が凍り付いた。
地上へ続く階段の途中で、碇と女が縦に並び、身を引いて登りかけた足を止めていた。
その横を、白髪を背まで垂らした男が、足元まで引きずるぼろきれをまとって、こちらに降りてくるのである。
定まらない瞳、口から顎まで続く髭、ともすると階段を踏み外しかねない足取りで、しかし一歩、一歩とこちらへ降りてくる。
「支配人」
ガラス戸の前で微動だにできぬまま、ケイコはなんとかその名を呼んだ。
トレーを持ち、案内に控えていたユカも、トレーで口を覆ったままその場に凍り付いていたが、まろびながら走り、ディッシャー口へ駆けた。
その男がガラス戸を押し、一歩足を踏み入れた瞬間、店内に異臭が漂った。
脂だらけ、フケだらけの顔を前にしてケイコはその場から動けず、ただただ男から目を逸らせずにいた。
ホールから白泉が飛んできて、ケイコを奥へ返した。
異臭が店内を覆い、談笑が止んだ。ホールに流れるポップスだけがやけに際立って響いた。
「いらっしゃいませ、お客様。」
白泉が男の前で毅然と向き直る。「失礼ですが、所持金の方はおいくらですか?」男の眼を両の目で射抜いた。
公衆便所とゴミ置き場と駅前に吐かれた汚物の臭いとが入り交じったような空気に、店内がざわめき始めた。
少女が泣き出し、恰幅のいい父親がホールのウェイターを頭から怒鳴り付けた。
白髪の男は、手にしていたビラを震える腕で白泉の顔の前までもっていった。
「ガスパッキオ 本日サービスタイム!」
印刷物は確かにこの店のものである。アルバイトに街頭でまかせているものだった。
白泉の目がビラを捉えたのを確認したように、男は再び震えながら腕を降ろすと、次いでボロ布に等しい服の中を小銭の音立てて緩慢にまさぐり、これもまた震える手でレジ脇のカウンター上に掴み出してぶちまけた。
一円から、五百円までが小山を作り、数枚の小銭が弧を描きながら床下に転がり落ちていった。
更に反対側のどこについているとも知れぬポケットをもまさぐり、同じような小山をカウンターの上に三つほど作ったあげく、最後にしわくちゃに丸められた二千円札を震える指で広げて山の間に渡した。
無言で男を凝視する白泉に、男は、白く固まっただ液まみれの口で、声と言えぬ音を絞り出した。
怪訝に見つめる白泉の目を、脂のこびりついたままの、ほとんど閉じた目を薄く開いて見ると、今度は「あ、う」とうなりにも似た音声をあげた。
三度目の発語で、「か、ね」としわがれた声をひねり出すと、唾を呑み込んだ後に「か、ねは、ある」とようやく聞き取れる言葉を発した。
カウンター席の女性客は、思わず手を付けていたピザを放り出し、鼻と口とを覆った。
ビジネススーツの若いサラリーマンが「責任者を呼びたまえ」と小夜に食ってかかった。
泣き止まない少女を抱えてあやす母親を横目に、恰幅のいい父親がついに立ち上がり、厨房に向かった。
男は危うげな足取りで、しかし白泉に迫って「ピ、ザを」と喉の奥から絞り出した。
目鼻の先で放たれる悪臭に視覚と鼻孔をやられて頭が痛み出すのをなんとか耐えながら、白泉はこの男から目を逸らせずに、またはねつけることもままならず立ち尽くしていた。
「ピ、ザを」次第に声が出てくるようになった男は、震える手で白泉の上着に手を伸ばした。
白泉は、なにもできぬままフケだらけの頭が間近に迫るのを腹から力が抜けないまま、ただ、ただ見ていた。
「頼、む。ピザを、一枚」
黒ずんだ両の手が白泉の上着を掴んだ。
震えながら全体重を乗せてきた男に、白泉の膝が折れる。
「頼む。ピザを、ピ、ザ。」
眼前数センチのところで胸ぐらを掴み、取りすがる男に脂だらけの目で見据えられ、白泉は言葉を失っていた。
「おい!」
恰幅のいい男性客が男と支配人を視界に捉えて声を荒げた。
「なんだ、そいつは!乞食じゃないか!」
乞食という発語が店内に響き渡った。ざわめきが一層深まった。
十一番卓のサラリーマン客が一斉に立ち上がる。
「ちょっと、なに?どうなってるの?」
カウンターの女性客がバーテンダーを捕まえてヒステリックに叫んだ。
「冗談じゃない!なんて店だ!」
 おい、と肩を揺らしながら女の子の父親は窓際の奥席へ首をやった。
少々泣きやみかけてエッエッと引き付けている少女を揺すっていた母親は、夫の呼び声に顔をあげた。
鼻をおさえて顔中に皺を寄せる中年太りの男もまた、腰を浮かせて首を伸ばした。
「出るぞ。静香、すぐ唯連れて来い。早くしろ。」 
顎を玄関口へしゃくる男の前を、鈴木という若いビジネススーツの男が赤ら顔の常務を連れて通り過ぎていった。
白髪の長髪の男にまとわりつかれた白泉をあからさまに蔑視し、遠巻きにしてガラス戸に辿り着くと、押し開けて道を譲ったまま円形脱毛症の頭が外に出るまで深々と頭を垂れた。
続く二人の男のうち面長の方がレジカウンター前で乱雑に財布から福沢諭吉の印刷された紙幣を三枚掴み出すと、
「釣は結構」と言い放って白髪の男を一瞥し、鼻に皺を寄せて目をしかめて足早に店内から出ていった。
ディシャップ口とホールとをつなぐ通路、カーテンを片手でもちあげ、コックの一人が店内の様子を伺いでてきた。
カウンター席の女性が立ち上がってハンドバッグをまさぐっている。
白泉は感覚の麻痺した鼻で脂だらけの顔と顔を突き合わせていた。
ほとんど閉じながらもわずかに開き、一点の光を灯してこちらを見つめてくる二つの目から目を逸らせずにいた。
「お客さま」
喉の奥から押し出した白泉の声に、男はわずかに「あ」と声を出して目に灯した光を上向かせる。白泉は自分の胸を掴んでいる黒ずんだ男の腕に二度、三度と視線を落とした。再び男の目に向き直ると、奥歯に力を込め、男の腕を取り外した。そのまま立ち上がるとホールを腕で示し、「どうぞ」と頭を下げた。
少女を抱えた細身の連れ合いがホール奥から歩いてくるのを認めて、肩を上下させながらガラス戸に大股で歩き出していた男性客は、白泉の脇を通りざま、
「勘定はもちろん店がもってくれるんだろうな」頭から怒声を落としていった。
「冗談じゃない!」野太い捨て台詞だけ残してガラス戸を出ると、後ろも振り返らず地上へ続く階段を上っていった。
細身の女を通り越して中年太りの男が「おい、兄貴!」と後を追った。
半開きのガラス戸を前に、踏み越えかけた足をとめ、片手で戸を押さえて白泉を振り返る。目を丸くして首を右に傾け、目をしばたいて何事か口走る。しかめた視線だけを店内に残すと中年の男はガラス戸から出ていった。
白髪の男は、震えながらぼろ雑巾状の服の中から立ち上がる。
すえた黴臭い臭いが立ち篭める中、再び少女の泣き声が店内を揺るがした。
あやす母親の後ろから叔母も早足で付き添いながらホールから歩み出ると、男の姿を認めて悲鳴に似た声をあげた。
ぼろを揺らしながらホールへとにじり進む男から、女たちは思わず身を仰け反らせた。
泣き続ける少女を抱え、壁に背をつけ立ち尽くしてしまった細身の女の脇を、ぼろを引きずりながら男が通る。
白い顔をさらに青ざめて微動だにしない母の腕で、少女は、泣き続ける。
目を向いたまま鼻と口を両の手でおさえた叔母も、身構えて壁に音立てて背をつけた。
男は、小刻みに体を震わせながら歩を進め、親子を背にしたところで動きを止めた。
店内に流れていた曲はいつの間にか止んでおり、止まぬ少女の泣き声だけがBGMとなって響き渡っていた。
カウンター席は今や人影がなく、男の前にあるのは食べかけで残されたままの料理と、セットされたテーブルに椅子だけであった。
赤のたまった男の耳が少女の泣き声を聞いていた。
フケに固まった頭がゆっくりと親子を振り返る。壁際に立ち尽くしていた細身の女は顔を引きつらせて背を壁に押し付けた。
黴の臭いを強めて一歩、また一歩と親子ににじり寄り、男は黒ずんだ両の腕を、震えながらゆっくりと持ち上げた。
脂のこびりついた目で、手と手の先の視界に捉えている少女を見つめる。
「お、おお」
獣じみたうなりをあげて近付く男を前に、顔をひきつらせながらも歯をくいしばっていた母親は、わが子の頭を手で抱え込むと、男に睨みをきかせて脇のおばと共にレジカウンターまで駆けた。腕を壁に突き出したままの男を置き去りに、そのままガラス戸から走り出ると、泣きじゃくる娘を抱く力にもより一層力を込めて階段を駆け上がっていった。
店内に再びポップスが鳴り響く。
右手のガラス窓から見える階段の方に頭を向けて立ち尽くしていた男は、支配人の「どうぞ」の声に、また小刻みな震えとともに示された席へと服を引きずって進んだ。
逆L字型に並ぶ卓の上でテーブルランプの炎が揺れている。
無人のカウンターには三十センチ大ほどの飾り瓶が置かれていた。
男は、白いテーブルクロスの上に煤をつけて、クッションを感じる椅子に腰を落ち着けた。
支配人に差し出されたメニューを震える手で開き、顔の前に立て、すぐにテーブルの上に倒した。
目を中空に彷徨わせたまま、
「ピザ、を」
目の前の虚空に向かってつぶやいた。
「マルゲリータだよ。」
ほとんど閉じたままの瞳が光を帯びた。
支配人がメニューを提げ、一礼してそのままカーテンの向こうへ姿を消すと、男はただ一人、穴だらけの服の中に手を入れた。
茶褐色の冊子を取り出して折目のついたページを開く。中央に挟まって縦になった写真を取り出し、視線を落として口をすぼめた。
脇に置かれた冷タンを引き寄せ、写真に目を置いたまま軽くグラスを上へ持ち上げると、両手で抱えて音立てて飲みほした。
黄ばんだ印画紙の中で女の子の笑顔が時をとめている。
男は写真を対面の席に置き直した。
髭の中で口をすぼめ、次いで少し半開きにし、歯をみせて低く呻いた。

洗浄器からあがってきた食器と食器が触れ合う。
生ハムを重ね合わせてラップにまくコックが一人、ディシャップ口に立ち、残り七人はみなテーブルについてタバコをふかしていた。
 「支配人、店つぶす気ですかね」
若いコックがぼやいた言葉に、逆三角形体型のコックが、煙を意図的に若手の顔に向かって吐き出した。
大袈裟に咳き込むのを耳にしながら、白泉はヤスからピザを受け取っていた。
「サンキュ。」
注視する小夜と、その脇でトレーを抱えたまま上目遣いに見て物言わぬユカとを横目に、「なに?」と白泉は笑みを浮かべた。
「お金を払ってくださる方は、レストランのお客さまだよ。」
「おい」
ディシャップ口でヤスがぶっきらぼうに言葉を投げる。
「えらそうなこと言ってないで早くもってけ。冷めちまうだろが。」
「はいはい、チーフ」と背中越しに言葉を残して白泉はカーテンを開けた。

運ばれたピザ・マルゲリータが男の前で湯気を上げている。
男は瞳の中に光を灯して、唇を震わせながら口を開けたり閉じたりした。
黒ずんだ両の手をピザの上にかざす。その腕はやはり、震えていた。
融けたチーズとバジルの香が鼻孔から体の奥まで染み渡る。
「あ、あ」
かすれた声をあげて男は小刻みに震える両手で湯気の立ったピザを掴んだ。伝わってくる熱が手を温める。
白く固まっただ液のこびりついた口をわななかせながら、押し込んだピザを歯と舌で必死にまさぐった。口から立ち上る湯気すら構わず、音立ててひたすら口を動かし続ける。
脂だらけの目から涙があふれていた。伸び放題の鼻毛に鼻水が光った。
二切れ目のピザを手にし、男は対面に置いた写真を手前に引き寄せた。
「ゆ、かり」
ソースのついた顎髭の中で声をあげる。
「見てご覧。マルゲリータだよ。おまえの大好きな、マルゲリータだ。」
ホール前に立つ白泉をカーテンの隙間から覗き見て、小夜とユカが顔を出し、次いで男の席へ視線を遣った。
男はピザをテーブル上、写真の前に置いて喉の奥から涙声を出した。
「おいしいかい、ゆかり」
自らは三切れ目のピザに手を伸ばし、わななく口へと一気に押し込んだ。
粘着質の音を立てて涙を流しながら、
「おいしいよ。父さん、おいしいよ。」
定かでない発語ながら、繰り返し、繰り返しつぶやいた。
「おまえと食べると、本当に楽しい。」
涙と鼻水で顔中を皺くちゃにしながら、男は両手で鷲掴みにしたピザを、切れ間なく口へと運んだ。
白泉は横に立った小夜に何事か耳打ちした。
小夜は小さく頷くと、レジカウンターの方へ駆けて行った。
男は、黒ずんだ指についたソースをひとつひとつ丁寧に舐めあげる。
皿の上に残ったピザ生地のかけらを、人さし指で一つ一つ寄せ集めては舐め、寄せ集めては口へと運んだ。
不意に男の顔に影がおちる。
「お冷やのお代わりはいかがですか?」
顔をあげた男の前に、支配人がナプキンをかけた左腕に銀のピッチャーを持って立っていた。右手で冷タンを示す。
男は目をしばたかせながら、脇に置いていた空のグラスを見遣った。黒ずんだ手でゆっくりと支配人にそれを差し出す。
注がれる水と支配人とを交互に見て、男は、再び手元に返されたグラスを受け取った。
カーテンをヤスが片手で上にはねあげてホールに視線を投げた。
白泉の姿を認めると「ヘっ」と斜に構えた笑いを残し、再びカーテンを手で振払って踵を返した。
ディシャップ口に戻って行く支配人の後ろ姿を目で追ってから、男は手許の写真を再び手に取ると凝視して
「ゆかり」とつぶやいた。
グラスの感触が感じられる手で冷タンを掴むと、喉を鳴らしてソースまみれの髭の中に水を流し込む。
再び写真を見つめることたっぷり二分間。男は席を立った。
ぼろきれを引きずりながらホールを出て、レジカウンターへと足を向ける。
レジカウンター前に立っていた支配人が、先をひもで結わえた小袋を男に差し出した。
「お先にご精算はお済みですね。こちら、お客さまの所持金の残りです。当店のマルゲリータには十分足り過ぎました。」
男は、差し出された小袋をほとんど閉じた目で見つめ、次いで支配人の顔を見上げた。
ポップスの響く店内で、天井の巨大プロペラが軋んだ音を立てた。
「う、う」
男は絞り出すようにうなり声をあげた。ぼろきれをまとった腕を伸ばし、支配人の両の手を取った。
涙を流しながら獣じみた声をあげた。
声にならない呻きに似た音をあげ続けた。
涙と鼻水で顔中を歪めながら、時折引きつけを起こし、男は支配人に何度も、何度も頭を垂れた。
そのまま床にくずおれてしまった男をしばし見つめ、支配人は黒ずんだ男の手を取って、立ち上がらせるとガラス戸まで手を引いた。
ガラス戸を開き、男が外に歩み出ると、
「またの御利用をお待ちしております。」
三十度の角度で頭を垂れた。
声にならぬ涙声のまま、男は小さく何度も、何度も頷き返し、支配人を振り返り振り返り、階段に歩を進めていった。
ガラス戸越しに階段上を見上げている白泉に、カーテンを跳ね上げて顔を出したヤスから声が飛んだ。
 「おい、団体客、どうすんの?こんなんで入れるのか?」
 口を開きかけた白泉の前でガラス戸が開いた。
 「アキヨシさん、買ってきたよ!」 
小夜がビニールの袋を持って現れる。
「お、ありがとありがと。」
白泉はビニールの中を覗き込むようにして受け取り、小夜に微笑みかけた。
ホール脇でひかえていたユカが走りよってきて白泉を見つめた。
 「ユカちゃん、手伝って。」
白泉は手を打って声を張り上げた。
「団体客、十名様予定通りいきます。至急、みんなで手分けして消臭作業!キッチンからも何人かお願いします。」
即座にカーテンの向こうから若いコックが二人押し出される。
「ほら、働け若者!」
何事かぼやきながらもホール中心に立つ白泉のもとへ駆け寄って行く。
「こんな時にどこの団体だよ。」
「どっかの雑誌社とかいってたけど?」
白泉は腕でガラス戸を示した。
「ユカちゃん、ちょっと入り口開けてきて。風入れる」
ポニーテールの黒エプロンがガラス戸に走る。
開かれた戸から階段上から風が吹き込んだ。
銀座の裏通りは相も変わらず行き交う人が数えるばかりである。 
  

 
 
   

  

tomokihidachi

2003年、日芸文芸学科卒業。マガジンハウス「ダ・カーポ」編集部フリー契約ライター。編プロで書籍の編集職にも関わり、Devex.Japan、「国際開発ジャーナル」で記事を発表。本に関するWEBニュースサイト「ビーカイブ」から本格的にジャーナリズムの実績を積む。この他、TBS報道局CGルーム提携企業や(株)共同テレビジョン映像取材部に勤務した。個人で新潟中越大震災取材や3.11の2週間後にボランティアとして福島に現地入り。現在は市民ライターとして執筆しながら16年目の闘病中。(株)「ログミー」編集部やクラウドソーシング系のフリー単発案件、NPO地域精神保健機構COMHBOで「コンボライター」の実績もある。(財)日本国際問題研究所「軍縮・科学技術センター」令和元年「軍縮・不拡散」合宿講座認定証取得。目下プログラミングの研修を控え体調調整しながら多くの案件にアプライ中。時代を鋭く抉る社会派作家志望!無数の不採用通知に負けず職業を選ばず様々な仕事をこなしながら書き続け、35年かけプロの作家になったノリーンエアズを敬愛。

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