日本に住んでいた時は使うスパイスの数は限られていましたし、スパイスの瓶はアメリカに比べ小ぶりで、いくつかの違う食品会社の製品を使っていたので、瓶の形でコショウ、七味、カレー粉、シナモン等など間違えて使うことはなかったのですが、アメリカの家庭ではスパイスをよく使いますし、同じ食品会社のものを使う傾向にあると思うのですね。
理由はスパイスラックに置いておく時に、見た目がスッキリしているし、統一感もあるし、同じ食品会社で揃えるガンバリみたいな健気な感情もあったりするのです。アメリカのスパイスの数は多く、我が家でも10数本は同じ食品会社のもので統一されています。
ただ、見た目が揃ってキレイ!と嬉しがっているのもいいのですが、日本時代のあの不揃いのスパイスが懐かしいのは、アメリカではたまぁ~にスパイス瓶の取り間違えをしてしまうことがあるんですね。
コーヒーは朝から毎日飲みます。エスプレッソマシーンで作ります。たま~にですが、カプチーノも作ります。エスプレッソをイタリア製のカプチーノカップに入れて、温めた牛乳でフォームを作りアワアワを仕上げて、エスプレッソの上に盛り上げます。自宅でカフェのカプチーノが仕上がります。仕上げはシナモンパウダー!
最後にシナモンパウダーのひと振りでカプチーノは完成です。基本、ブラックで飲んでいるので手間暇かけるカプチーノには思い入れもあります。超早朝は少し暗めのライティングで行動しているので、スパイスラックに手が伸び、それなりの色をみつけてフタを開けてパパっとひと振り。
あらあら、カレー粉じゃん。ショック~
あわあわフォームにかかってしまったカレー粉を部分を削ると、折角のあわあわが削られて実に情けないシロモノ!慌ててシナモンパウダーを振ってみても、なんだかしっくりこなくて、ああ残念!
朝食はしっかり作ります。レンズ豆と人参をミキサーにかけたスープ。スープ皿に入れて乾燥パセリをパラパラと振るつもりが、軽さで取ったスパイスラックからの瓶は、終わりかけのガーリックパウダー。折角のスープに、ガーリックパウダーが残らずドバっと入ってしまいました。
こうして失敗してみると目の不自由な人たちのご苦労がよくわかります。私には目が不自由になってしまったアメリカ人の友人がいます。もともと見えていたのですが相当の弱視で、後に光を失ってしまったのです。その友人に日本のシャンプーとコンディショナーには点字があることや、紙幣の大きさが違うので目の見えない人には便利だと話すと、とてもとても感心していました。
友人宅で食事をしている時、食卓塩を取って欲しいというので渡すと、そのものではなく手のひらに塩を振ってくれと言われました。それで初めて『ああ、そういうことか…』と目が見えないことの不自由さを更に理解できました。
目の見える人にとり、瓶の塩のひと振りは自由自在。軽く振る時、結構振る時、その加減は自由自在です。しかし、目の不自由な人にはその微量の調節は手のひらですることを知りませんでした。健常者から障害者になった友人は、まだ、目が見えないことに慣れていないこともありますが、食卓塩の瓶ってなぜかそれから思い入れの深いものになりました。
スパイスラックの取り違え、確かに笑えるのですが、健常者にはよく見れば間違えることはありません。少しだけ、自分の失敗から友人との食事で食卓塩を渡したことも思い出し、不自由な方々へのちょっとした配慮も改めて思い出させてくれました。
画像: from flickr
https://www.flickr.com/photos/147714864@N03/37602630742/sizes/z/