第70回ベルリン国際映画祭でエキュメニカル審査員賞とナント三大陸映画祭のグランプリを受賞したドキュメンタリー映画が、今週末、渋谷イメージフォーラムで上映され、1月下旬には映画の舞台、岡山で3日連続で上映される。23日と24日には想田和弘監督と、妻でプロデューサーの柏木規与子さんが舞台挨拶予定である。
海外映画祭で賞を受賞するドキュメンタリー映画と聞くと、予算も人も時間もかけて撮り続けたイメージがあるが、想田監督は1週間ほどで撮り終えたそうだ。
82歳の精神医療に捧げた医師が引退し、認知症になった妻を支えるというまるで家族目線で見るような、こじんまりした老夫婦の映像で、今回、妻でプロデューサーの柏木規与子さんはニューヨークでご自身の仕事があり、遅れて日本に飛び撮影に参加されたとのこと。
通常、二人三脚でドキュメンタリー映画を撮影し、撮影場所は日本や、アメリカ、フランスもあり、常に二人だったがこの映画のみ、想田監督が一人で撮り続け、後の柏木規与子さんの合流となる変則的な撮影だったそうだ。
想田監督のドキュメンタリーの手法は、BGMなし、ナレーションなし、ただ、淡々とカメラを回していく。
『精神0』は既にニューヨーク近代美術館で上映済みである。想田監督の過去の作品はほぼ全てに近いほどニューヨーク近代美術館で上映され、想田監督自身が上映後観客からの質問に答え、その物腰の柔らかさと謙虚な態度から観客から更に支持を得ているように見受けられた。日本語も丁寧だが、英語も丁寧で細かいアメリカ人の質問にも的確に応える語学の堪能振りに舌を巻く。
上映時間2時間超えの映画がその長さを感じさせない。地方都市の岡山がキレイに写されている。室内の撮影の光がフェルメールのように優しい。医療現場では威厳ある山本医師が、自宅で認知症になった妻芳子とさんの家事を代わってするあたりが心もとない。流しに溜まった茶碗を見て少しの嘆きを見せたり、茶碗をしまうあたりの動作がじつに緩慢で、医院と自宅で同じ人間でありながら、大きく違いを見せるのも興味深い。
ドキュメンタリー映画は脚色なしなので、高齢の山本医師の息遣いの荒さがなぜか耳に残り、更に感傷的になる。
人は誰しも老いる。老いた夫婦をカメラで追う観察映画が泣けてくる。山本医師も素晴らしいが、認知症になった妻の芳子さんが実に上品で可愛らしいのだ。
墓参りに行く際の洋服も可愛らしいし、山本医師よりかなり遅れて歩く姿も年老いているのだが女子学生のように愛らしいのだ。
緩やかな坂に到達すると芳子さんの足取りが止まる。そして山本医師が振り返り芳子さんの元に逆戻りをする。たった、これだけのシーンで泣けるのだ….
観察映画である。だからこれは事実をそのままカメラに映しているのだ。劇場映画の作りものではない。
コロナ禍だからこそ更に胸に迫るものがあると思う。
この2時間強のドキュメンタリー映画、想田監督の言う観察映画はまるで違う世界へ連れて行ってくれるようだ。生きること、老いること、そして共に生きることがわかる。
やさしい、とにかくやさしい映画である。そして、想田監督の観察映画にかかせないノラ猫の姿も色を添える。
【映画『精神0』上映スケジュール】
東京・渋谷 イメージフォーラム 1月9日(土)
岡山 シネマ・クレール 1月22日(金)23日(土)24(日)
画像:映画『精神0』公式サイト
https://www.seishin0.com/