死ぬのは空想だけの世界でいい ◆ 早逝の萩原慎一郎が今生きてさえいれば….

  by あおぞら  Tags :  

今の時代、海外に住んでいても日本のことはかなり知ることが出来ると思う。日本のニュースもテレビ番組も動画で見られるし、かなり知っているつもりでいたけど、全く知らなかった人物がいた。

萩原慎一郎である。

歌人まではアンテナを張っていなかったが、いじめと非正規雇用に焦点を当てた三十一文字は、心をえぐるような衝撃を覚えた。

叩け、叩け、吾がキーボード。放り出せ、悲しみ全部。放り出せ、歌

32歳で自らの命を閉じた本人の写真を見て哀しかった。その写真はスーツを着て椅子に座り、自信なさげな猫背の姿で写っている。但し、写真では見えにくいが胸元にリボンがつけられ、それは短歌で入賞した表彰式に出席した晴れの姿であることがわかる。そんな晴れがましい瞬間にも、その浮かない表情。

調べてみると早稲田大学卒業と知る。早大卒で非正規雇用?そこにこの方の不運さを知る。おそらく非正規で働いていた職場には、早稲田大学より見劣りする大学を卒業した人が正社員で働いていたかもしれない。そして、大きな顔して非正規社員に指示を出したり嫌味を言っていたかもしれない。そんな思いから↑先の短歌は生まれたのではないかと推察する。

幼い頃からいじめを受けていたとのことだが、故人に失礼だが恰好の餌食になるいじめられ顔をしていたと思う。いじめられてもどうにかそこから這い上がる人もいる、また、いじめを逆手にとり強くなれる人もいる。いじめは決して許されることではないが、いじめ自体はいくら対策を練っても人間が存在する限りなくならない現象だと思う。それは動物社会でも同じように、広域に人間も動物だから….

コピー用紙補充しながらこのままで終わるわけにはいかぬ人生

仕事は基本地味なものだ。コピー用紙の補充をきっとイヤイヤしていたのだと感じられるこの短歌。わかる気がするが、そういう気持ちを持った時点で、傍から見たらコピー用紙補充の仕事を『ああ、イヤイヤしているんだなぁ~』と思われるかもしれない。コピー用紙補充は基本、補充必要と気づいた人がその都度すればいいのだ。しかし、勘違いした頓珍漢な正社員は、コピー用紙補充を雑務と見る。だから、非正規社員に雑務と思われる仕事をほぼ強制的にあてがう。雑務と言われる仕事程、心を込めた方がいい。雑務を雑務として捉えると、本当の雑務になってしまう。

非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ

名声は苦悩と引き換えに得ることが多いと思う。例えば芸能人から国会議員に転じた三原じゅん子や今井絵理子は自身が病気になったり、また自身の子供がまた障害者であったことから国会議員になれたと思う。萩原慎一郎氏もいじめや非正規で辛かった胸の内を短歌で表現して世に知られた。『非正規を受け入れがたく』と詠む気持ちは辛かったと思う。ただ、冬が寒く、夜が暗いのと同じく、非正規は正規と比べて割に合わない不平等なものであるのを受け入れて欲しかった、非正規はそういうものなのだ。幼少のいじめの体験から心の傷は癒えることなく、物事を斜めに見るようになったかもしれない。

きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい

こういう短歌は広がりがあり、上向きで、光を感じる。萩原慎一郎という繊細な若き歌人は、あの世で今のこのブームをどう思うのだろう?今のこの人気を此の世で見届けて欲しかった。これだけの才能のある方だったので、それに注目も更にされると人との出会いもあったと思う。将棋界では美人の奥様がいらっしゃる棋士が多い。萩原慎一郎氏も誰かと出会い、その誰かは歌人の本質を理解し、恋愛が成就して結婚に繋がったかもしれない。

今の今でもいじめられている人や、非正規雇用の悲哀に満ちている人たちも多いと思う。車の運転をしている時、速度が遅いと目の前を見ているが、高速に乗ると視線は遥か先を見る。人生の視線は間近を見るより、遠方を見据えていた方がゆとりが出来る。

そして、不幸な境遇にいると思う人たちも、それは自分だけでなく、同じような気持ちを共有している人が五万といることを知って欲しい。萩原慎一郎氏の『歌集・滑走路』が歌集にかかわらず売れ行きが順調なのは、これらの悲しく孤独な胸の内を表した短歌を人々が共感できるからだと思う。

インスタに借金してまで買ったブランドバッグを載せる人、給料では到底買えない高級時計を買う男性、少しでも男の目を惹きつけようと美容整形までする女性、女性にモテたくてお金もないのに羽振りよく見せる上げ底な男たち…. こういう愚か者が日本に増えると、日本はいよいよダメになる。

人生に疲れた人は、少し気楽に考えよう。そして、それも人生として受け入れよう。人生はどこで何が起きるかわからない。死んだらおしまいだ。

上皇后美智子さまは、皇太子妃の時、こんなことを仰った。

「幸せな子」を育てるのではなく、
どんな境遇におかれても
「幸せになれる子」を育てたい。

辛くなったらこの言葉を思い出そう。どんな境遇に置かれても『幸せになる』自分になれるように。

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