[コラージュ筆者作成]©️CAMBIASO RISSO GROUP・読売新聞・朝日新聞・時事通信・CNN・Switch newsより筆者作成
中東派遣された海上自衛隊の護衛艦「たかなみ」が今年2月26日、アラビア海北部に到着し、活動を開始した。活動拠点とするアラブ首長国連邦(UAE)のフジャイラ港は米軍主導の「海洋安全保障イニシアチブ」の活動海域に近く、リスクが高いとの懸念がある。
そもそも閣議決定されたのは昨年の国会閉会後だった。それだけに今年1月16日の「野党連合ヒアリング」でも反発を買った。
自衛隊の「調査・研究」の任務から「海上警備行動」に切り替わった時、収集した情報を米軍と共有することになるのではないかーーー
小西洋之参議院議員が「自衛隊が米国に情報提供すると米国の軍事と一体化することになるが、その時の『海上警備行動』で果たして日本籍船以外の船舶は守れるのか?海上警備行動の法令根拠は何か?」と質した。事務方の官僚は皆、一様に押し黙った。
明記のない自衛隊法令根拠「ROE(部隊行動基準)」が不明確
「防衛省設置法」所掌事務第4条を根拠法とする自衛隊の「調査・研究」の実任務とは仮に北朝鮮の場合、切迫した短中距離弾道ミサイル破壊措置命令のための「偵察」すなわち「警戒監視」を意味する。
だが、今般の中東派遣ではどの自衛隊法令上に基づくか明記されていない点が最大の問題だ。そのため「ROE(部隊行動基準)」が不明確になっている。
自衛隊法第82条「海上における警備行動」及び第93条「海上における警備行動時の権限」4項は「自衛官の武器の使用」について警職法第7条及び海保庁20条2項規程に準じる。
しかし2019年、日本の会社が所有して日本国籍ではない船舶「国華産業」がノルウェー製のタンカーと共にイランの革命防衛隊(IRGC)からホルムズ海峡で襲撃されるという事件が起きたことを思い出して欲しい。事件後、国華産業が明らかにした情報と米海軍が発表した情報が食い違っていた。クルーによる「機械室まで貫通した弾薬が原因で火災が起きた」という談話もあった。ところが米国による主だった検証もなされていないという疑念が残る。
また19年7月には英国のタンカーが拿捕され、訴訟沙汰にまで発展している。さらにイラン国産のタンカーが紅海を航行中にサウジアラビアから3度に渡り攻撃を受けた。
かほどに危険極まりない緊迫した海域で自衛隊に果たして日本籍タンカーなど守れるのか?
「海上警備行動」ではタンカーは守れない「自衛権」を発動すると戦争になる
[筆者撮影]元内閣官房副長官補 柳澤協二氏
元内閣官房副長官補の柳澤協二氏は「警職法第7条ではタンカーは守れない」と断言する。
「今回の中東派遣は何が起こるか分からない状況での派遣だ。アフガニスタンのインド洋給油や復興フェーズのイラク派兵時には米軍が既に戦地に駐留しているのが前提条件でそれを後方支援するという形だった。だが、現在の中東派遣はその点が大きく異なる。『警職法で守れる』という想定が政府の決定にあるとしたら、過去に海賊対処法で海賊や無国籍の船舶を普遍的な犯罪行為として取り締まれるという根拠が働いたからではないか?」と柳澤氏はみる。
しかし実際には国内法である自衛隊法の「防衛出動」や「治安出動」規定にある「武力攻撃の行使」で対抗しなければ、IRGCから空爆を受けた際に「個別的自衛権」や国連憲章第51条「自衛権」という国際法の法令根拠の下での自衛などできないであろう。
「イランやIRGCはいずれも国際法上、海賊や無国籍の船舶と違って『私人』ではない。『国家』主体だ。またイランの武装勢力も『国準』である。IRGCという相手が国家なら『自衛権』を発動しなければならない。それは日本政府としてイランと『戦争する』ということなので取りえない選択肢なのである。すなわち海上自衛隊がペルシャ湾で(数千もの日本籍)タンカーを『守れない』ということだ」と柳澤氏は強調する。
ーリスクが高い中東派遣での「調査・研究」任務とは具体的にはいかなる事態が考えられるのか?
柳澤氏は「仮に自衛隊のP 3C哨戒機がイエメン内陸に向かって航空していた場合、あたかも内陸を上空侵犯したかのようにイラン側が錯覚すれば、武力攻撃で空爆される恐れもある。また、不審船だと思って低空飛行で近づいてみたら、イラン海軍の船舶だという時に驚いて撃ってくる可能性も捨て切れない。極力イラン側を刺激しないように任務に当たるのだろう」とした上で「一番欲しいのは民間船舶に対する脅威情報だ。安直に有志連合軍の司令部に連絡幹部を行かせて情報収集すればいいという話ではない。味方の作戦情報というのが最大の秘中の秘になってくる。有志連合軍に参入していない日本がどこまでその機密情報を得られるかが焦点になる。軍事的に米側につくのかイラン側につくのか政治的なメッセージを出し所謂アリバイ作りをするために自衛隊を中東派遣せざるを得なくなったのではないか」と指摘する。
米軍と一体化する自衛隊 歪められる「専守防衛」の解釈
ー抑止の能力×意思の能力。脅威についても同様のことだと思う。攻撃する能力と意思があれば、それは脅威になり得る。専ら日本がやられるという議論はよく聞かれるが、例えば北朝鮮が日米の軍事体制にとって能力も意思もあるということに対して脅威と感じている。あるいはイラク派兵についていくら一線を画しているからとはいえ、包囲されている側からすれば脅威なわけだと思う。日本政府や自衛隊はそのようには考えない精神構造になっているのか?
この質疑に対し柳澤氏は「これまで日本は攻めてきたものから防衛するのが『専守防衛』だと思ってきたが、近年では『専守防衛』とは先に手さえ出さなければよい。ミサイルが防げればそれでよしとする議論が出てきている。日本自身が『専守防衛』に『脅威』を与えることによって戦争の潤いを作らないという意味がある。しかし方や米国が平然と恐怖で相手を抑止している。それと折り合いをつけることは実は非常に難しい問題だ。他方、これまで米軍が日本の基地から出撃することは事前協議の対象になるとして結節点を入れてバンバン作ろうとしていた。今やむしろ米軍と一体化していくことが良いことであるかのようにトレンドになってきていることが一番の問題ではないか。抑止の能力×意思の能力としたが、むしろ『意思』をなんとかしていかなければならないのではないか。もう一つは米国が戦争したとしても、その後イラン及びペルシャ湾海域に殊、米国の思い通りになる秩序が展望できないから米国は戦争したくないのだ。米国の能力は誰も疑っていないが、米国の意思の出方によっては日本も巻き込まれるという読めない展望になっている」と答えた。
保守強硬派が大勝 イラン議会選挙不正操作の陰にハメネイ師有り
今年2月21日に年始の米イラン危機後、初のイラン議会選挙が行われた。投開票の結果、保守強硬派が大勝。しかしイランでは権力を持つ護憲評議会による潜在立候補者の事前ふるいわけがなされてきた。約16,000人の応募者から特に改革派や穏健派と呼ばれる西側諸国の支持層約9,000人近くが立候補者の資格を剥奪されたという。
イランのハサン・ロウハニ大統領は「議会運営を一派閥だけに委ねてはならない」と批判。シャヒンドフト・モラベルディ前副大統領(女性・家族環境担当)や改革派のマフムード・サデギ現職議員、さらに保守強硬派ながら核合意で穏健派結集を図る選挙運動を展開したアリ・モタハリ氏ら有力者らが軒並み失格処分とされた。
米国のマイク・ポンペオ国務長官は「(護憲評議会のアフマド・)ジャンナティー事務局長のような聖職者はイランの人々から過去41年間に及び投票箱で決める本当の選択肢を奪っている」と痛烈に批判する。その上で「イランの有権者たちは主流派から外されることも大敗を喫することもなく、選択権の自由意思を表明する機会を与えられるに相応しい人々だ」とイラン市民を擁護した。
この選挙不正操作の「闇」は米国からの思わぬボディーブローも招いた。1月末に米国務省は「イラン次期議会選挙 イランの候補者の多様な分野」と銘打った討論会に居並ぶ、候補者のCGを全員、イラン最高指導者アヤトラ・ハメネイ師の姿に揃えたTwitterの画像で皮肉るネガティブ・キャンペーンを嘲笑した。トランプ政権は暗にハメネイ師がバックにいる「選挙不正操作」を指摘して対イラン外交の「最大限の圧力」政策を正当化したのだ。米国の同政策はイラン国内経済を傷つけ、国家通貨リヤルの急落に寄与している。
米イラン両国はソレイマニ司令官暗殺事件により、かつてないほどの緊張を高めた。ほとんど軍事衝突に等しいと言っても過言ではない。イラン国内は大衆の怒りが高官らの汚職や経済の悪化、ウクライナ国際航空752便の誤射に向く渦中にある。最近のイラン国内の反政府抗議デモ参加者に、投獄中のイラン人人権活動家は「選挙ボイコット」を呼びかけていた。
強権的なハメネイ師の歯止め役ロウハニ大統領の次期議会運営の手腕が問われることになる。しかし不正選挙操作で自身の派閥が強制失格処分とされたロウハニ氏は、既に次期議会で集中的な非難を自らが受ける見込みを覚悟を持って受けとめているようだ。さらに表向きはハメネイ師の支持を得ているロウハニ氏だが、いざ支持率に悪影響が及べば平然とロウハニ氏をスケープゴートに仕立てて詰腹を切らせる腹の中の逸物までハメネイ師の正体を見抜いている感さえある。
国連安保理決議2231の武器禁輸が2020年10月に失効 米国は?欧州安全保障上級代表は?
今ある危機の発端はそもそも2018年5月トランプ氏の「包括的共同作業計画(JCPOA)」離脱だ。国連安保理決議2231(2015年採択)が禁止しているイランの通常戦力開発計画を担う武器の禁輸は5年後の今年10月に失効期限を迎える。これによりますます複雑化してきた国連制裁再開「スナップバック」問題。信頼醸成を優先させる具体的な約束事をいずれか一方が違反した場合、懲罰を確実に加えるメカニズムだ。これまでもイランは国連や米国を無視して通常戦力開発を進捗し続けてきた。
この上さらに国連安保理の中国とロシアが拒否権を発動しイランにかけた禁じ手を失効期限と共に解いてしまったら?米国がJCPOA離脱(2018年)と同時に復活させたイラン金融制裁「米国国防授権法」による一部の効力、武器禁輸制裁も無益となるだろう。イランが合法的に最先端の攻撃用通常戦力を売買できるようになってしまう。英仏独の連合国はイランの脅威を正しく理解している。ポンペオ氏は「既に国連の議論を中露も巻き込んで前向きに始めている」ことを明らかにした。
「スナップバック」問題と同様に米議会共和党強硬派は数ヶ月間トランプ政権に一連の制裁免除を出すなと圧力をかけてきた。そうなれば、イランに最も論争となっている核への従事に関与を許してしまうことになる。山深く入り込んで掘られた機密軍事地下壕、フォルド濃縮施設をも含むものだ。
イランは核合意履行一部停止の第二段階として2019年6月に意向を表明していた、核合意で決められたウラン濃縮上限300kg、3.67%の制限を7月8日に既にナタンズ濃縮施設で超過し原子力開発研究を再開させている。
共和党の同盟国は通常、ポンペオ氏と提携している。ドナルド・トランプ大統領は国務省のキャリア高官達を非難するが、国務省はポンペオ氏始めイラン核合意の生命線を維持するためにこれらの制裁免除を追求している。制裁免除が6カ月で更新される毎に、批評家らによって「ディープ・ステイト」の秘密工作員と呼ばれている、ポンペオ氏が率いるチームでホワイトハウスがそれだけの価値が未だにあるか否か再度調査する。現状ではいまだにイランの核活動を監視し続ける必要性があるとみる。
他方、欧州外務・安全保障政策上級代表ジョセップ・ボレル氏は「私の仕事は単独離脱した米国にJCPOAへの復帰を説得することではなくイランとドル以外の貿易を緩和し財政メカニズムを通じてJCPOAを保持することだ」とミュンヘン安全保障会議の場でプレスにコメントしていた。
[イラン核合意を巡る動向(2020年1月)©️ISCNニューズレターNo.0274]
資源自立国日本を模索し仲介外交への架け橋となれ
一方の中東に石油資源輸入依存から脱却できない日本。それが災いして外交にも影響が出ているのなら何か打開策は他にないのか?
政府は令和2年度海洋関連予算概算要求7,485億円(防衛省除く)を組んだ。うち、国内石油天然ガスに係る地質調査・メタンハイドレートの研究開発等事業に263億円も拠出している。
メタンハイドレートは日本列島黒潮圏、南海トラフの日本近海で最大の賦存量を誇る。全体で国内天然ガス使用量の約100年分の埋蔵量があると推定されている。
高知県と三重県が先鞭を付け、東京都が関与して国際戦略総合特区(仮称)提案をしてきた。
特に高知県では地元(株)みかづき代表取締役社長の杉本昭寿氏がメタンハイドレート回収・採掘技術の特許を取得済だ。それだけに自治体からの期待は高い。
永井企画の永井和範代表(元国際エネルギー機関IEA委員、元総合科学技術会議委員)は「エネルギー供給の極端な中東依存から、シェールオイル・ガス生産を拡大している米国からの石油・LNGの輸入拡大や、豊富な石油・天然ガスを有するロシア(日露協力プランにも「石油・ガス等のエネルギー開発協力、生産能力の拡充」が謳われている)からの石油・LNGの輸入拡大、それらによるエネルギー供給源の多角化分散が重要である」「一方、エネルギー供給の多角化を推進しつつも、石油の緊急時用の備蓄も重要である。アジアの国々でも備蓄の整備や検討がなされているが、アジア地域の、しいては国際的なエネルギー安全保障のためには、石油備蓄放出の国際協調が重要となってくるであろう」とみる。その上で「メタンハイドレードの商用化までには、後二、三十年かかる。石油・ガスの多角的な供給の確立を進めつつも、世界の最先端を走るメタンハイドレードの実用化に向けた技術開発の確実な推進を期待したい」と語った。資源自立国日本の道を示すにはまだまだ遠そうだ。だがそうであっても、米イラン間で毅然とした立場を今、日本には示して欲しい。
前出の柳澤氏は「日本は歴史的にイランと友好関係にあり、米国とも緊密している。日本こそ、両国の仲介をすべきだ。タンカーを守らなくてはならないような危機をいかに無くしていくか、という課題の方が優越すべきだろう。『イランとIRGCと日本の自衛隊が対峙するとなれば、集団的自衛権の決定と存立危機事態認定すれば法整備は既にある』という政府見解もある。しかし石油や電気のために戦争をするのか?利便性のために誰かを傷つけ、傷つけられる戦争をするのか?」と問いかける。その上で自身が復興フェーズとはいえイラク戦争の戦場に赴いた経験を踏まえ、次のように提言した。
「少なくとも自衛隊はこれまで中東で一発の弾も撃ってはいない。そして今も今後も、一発の弾も撃ってはならない。安直に海上自衛隊を中東派遣するのではなく、毅然とした仲介外交を日本は米国、イランの間に立ってしていくという姿勢を取るべきだ」。