弱者切りの予算教書を「戦争を終える努力」と嘯くトランプの正体を暴く

  by tomokihidachi  Tags :  

[筆者コラージュ作成]©️ NYT・Atlantic Council・AFP・Aljazeera・sfchronicle.comより筆者作成

米国のドナルド・トランプ大統領は2月10日、2021年会計年度予算教書を示した。米国防予算案で核兵器の近代化に289億ドルを要求しつつ、歳出を前年度比0.8%増の4.8兆ドルに据え置き、連邦政府の財政赤字を同10.8%減の9660億ドルと見込む目算だ。
 「中国、ロシアとの(核軍縮に関する)合意ができるまで私ができることは世界最強の核戦力をつくることだ」と豪語したというトランプ氏。
 果たして米行政管理予算局(OMB)のボート局長代行が海外援助向け歳目21%減と説明した「(米国外での)いつ終わるともしれない戦争を終えようとするトランプ大統領の努力により、海外活動に要する資金は減る」という理屈や数字は的を得ていると言えるのか?

「包括的共同作業計画(JCPOA)」米離脱でイラン支配強める中国

 トランプ氏は軍縮政策でオバマ・ドクトリンの正反対をゆく実績を積んできた。北朝鮮の非核化とイランの「包括的共同作業計画(JCPOA)」米離脱である。6.12の功績は100歩譲って認めよう。2020年に入り、北朝鮮は再び核戦力を増強する動きを見せ始めた。しかし米朝トップ同士が三度にわたり会談を重ねているのは史上意義深いことだ。
 だがJCPOA離脱や中距離核戦力(INF)全廃条約からの離脱は、オバマ氏が「核なき世界」を目指して残したレガシーだというだけで、気に入らないからとトランプ氏がご破算にしてしまった。これは断じて頂けない。後者はロシアの離脱も招き、核の先制使用も辞さないトランプ氏自身が、中露との軍拡「大陸間競争」を呼び起こす契機を与えたではないか。
 そして極めつけは前者のJCPOA米離脱である。2018年5月に離脱して以降、SPV、INSTEXと欧州が知恵を絞って米単独制裁に苦しむ対イラン貿易の救済策と核合意の維持を支えるため、奮闘してきた。中でもフランスのエマニュエル・マクロン大統領が2019年のG7で打ち出した「経済補償メカニズム」という大胆な軍縮政策により一度は息を吹き返しかけたイラン市場経済。ところがその後、英仏独にさえイランは従じず、ついにJCPOA合意文書36条「紛争解決メカニズム」による調停に持ち込む事態となる。対米二国間関係においては、イランは経済利益侵害を起こした被告国として米国を国際司法裁判所(ICJ)に訴えた。だがこの訴訟は時効となり棄却されている。
 つまるところ、2020年になってもイランは米国を「重大な履行違反」として同合意文書36条でも付託できないでいる。その分、欧州がイランから享受できたはずの経済利益侵害で同条を根拠に訴えている。逆にイラン側はイランに企業進出を躊躇している欧州を合同委員会に訴え、「紛争解決メカニズム」委員会は板挟みの状況だ。米国が抜けた当初の「米英仏露中+独 議長EU(P5+1)」も空中分解しないよう、ロシアのウラジミール・プーチン大統領とドイツのアンゲラ・メルケル首相がJCPOAを支える同志となる。

 また長らく経済制裁をかけられて自国経済を確かなものとするため、去った米国に代わり触手を伸ばしてきた中国がイランと対貿易輸出相手国第一位の座につき、経済相互依存関係を深めてきた。中国の「一帯一路イニシアチブ(BRI)」は「中国ーパキスタン経済回廊(CPEC)」へと続きユーラシア大陸に回帰する全面外交を展開。JCPOAも上海協力機構に与する中国支配色を強めている。

中国の主要国・地域別輸出入<通関ベース>©️出所:「中国海関統計」2017年12月号・2018年12月号

イランの主要国別輸出入(非石油部門)<通関ベース>©️JETRO

 イラン側の忍耐強さも軍縮を維持している大きな一因だ。JCPOA即座の離脱やホルムズ海峡封鎖という2枚の外交レッドカードを切らず、冷静にJCPOA一部「履行停止」と兵器級20%濃縮を10年前倒しの今年行うとだけ牽制してきた。

ソレイマニ氏暗殺はイラクの主権侵害

 さらに今年1月3日にトランプ氏はイラン革命防衛隊のクッズ部隊ソレイマニ軍司令官暗殺を遂行した。国内で反イラン感情の高まっていたイランとイラクで反政府デモが起きていたが故に、イラン最高指導者のアヤトラ・ハメネイ師が反米感情を高めようとしてソレイマニ氏にけしかけさせたことが思わぬ事態を生んだとも見られている。しかしトランプ政権がソレイマニ氏をイラクの同意なく、暗殺したのはイラクの主権侵害であり、かつジュネーヴ条約違反だ。

 ヒューマンライツナウの伊藤和子事務局長は「米国は差し迫った脅威から国民を守るため、武力行為を正当化させた。攻撃を受けたら自衛権を行使するという『個別的自衛権』の日本の解釈は、米国では議論が曖昧になっている。攻撃を受けていなくても、差し迫った脅威があれば、先制攻撃を起こしていいとする考え方だ。そういう場合には議会の承認も必要ないということになる。非常に曖昧だが、国際法上は例えば核弾道が発射寸前位の急迫な状況でなければ、こうした判断をしてはならないのが原則。そのため今回のソレイマニ氏暗殺事件は明白な国際法違反だと国際世論から大きな批判を浴びる事態となった」と解説。
 米国下院議会がトランプ氏の交戦権を制限する法案を可決。ギャロップ社の世論調査によれば、78%の米国人がイラン開戦を望んでいない。
 事件直後、トランプ氏の「イランの52の施設を報復攻撃する」とツイートした「やられたらやり返す」という意思表示のツイートは武力による威嚇を意味する。国連憲章で禁止されている。
しかも文化施設を破壊するという威嚇の段階から実行に移されれば即「戦争犯罪」になる。
国際人道法における「区別原則」が適用される第一追加議定書第52条1「民用物の攻撃目標禁止」違反になる。
「戦争犯罪を米国のいち大統領が予告した。国際社会の世論と米国内世論に2020年米大統領選を意識したものとバッシングされたことでトランプ氏が戦争に踏み切らなかった」と伊藤氏はみる。

 つまり大方の国際世論はトランプ氏の自らの弾劾裁判訴追から免れるために米国外でのスコア稼ぎとして保身のための暗殺と戦争だと断罪したのである。だがトランプ氏にもはや断罪や批判は通じないのではないか?

マクロン仏大統領とサウジ王政の進言がトランプ氏の暴走を止めた?

 私見では対米外交面が有効に働いたと見ている。「ABC News」(2020年1月8日)に出演したクインシー研究所のトリタ・パーシ代表取締役副社長は「トランプ氏の友人であるフランスのマクロン大統領が外交的な取引を持ちかけ、イランも挑戦として受け取り小さな合意に至っている」と指摘した。マクロン氏は昨年「経済補償メカニズム」で「Arms Control Persons of the Year 2019」にノミネートされイランの軍縮面で貢献したことが世界的に認められた。
 また、トランプ氏はサウジアラビアのサルマン国王が二人の王子を使ってトランプ氏の側近に助言し、さらにカーリッド・ビン・サルマン副国防相と会談している。トランプ氏はマクロン氏やサウジ王政にイランとの緊迫関係を一刻も早く収束させた方が良いと進言された可能性がある。またイラクは米軍を撤退させるとし、トルコも自国の米軍基地からイランを空爆させないとした。こうした国際的封殺が米世論と相まってブレーキ相乗効果を上げたのではないか。
 どこが「戦争を終える努力」なのか?トランプ氏は自ら火を付けているではないか!
 イランはソレイマニ事件直後こそ、IAEA査察官による「IAEA保障措置協定・追加議定書(AP)」第5条C暫定適用のため大きな翻意はなかった。だが、その査察官から身分証が剥奪される事件が起きる。
 イランは牽制の沈黙を破り、欧米にNPT脱退の脅しをかけ揺さぶった。NPT第6条の「耐世的効力」は、国際的な軍縮の義務履行を約束するものだ。北朝鮮でさえ、未だロシア連邦共和国のみを寄託国としてNPTに登録している。イランが脱退すれば、核リスクは脅威となろう。誰もが危惧した中、イランの穏健派ハッサン・ロウハニ大統領が欧州側と駆け引きし「イランはJCPOAを履行する。米国の真似事はしない」と歩み寄りを見せ、脅しをかけたのは米国だけだと釘を刺した。穏健派のロウハニが、核への執着の強い強権的なハメネイ師のストッパーになっているうちはまだ希望が持てる。問題は二期任期を終えたポストロウハニが決まる2021年のイラン大統領選の方だろう。
 

シリア難民の悲痛な叫びがトランプの戦争と強欲なエゴを暴く

 トランプ氏が離脱を命じたのは何も核軍縮に限らない。国連人権理事会からの脱退で不法移民を国連から横槍入れられずに取り締まり、オバマ氏が救済してきた移民の子供たちを不合法の例外とするDACAプログラムも廃止する人権侵害国に米国は再び仲間入りを果たした。またウィーン外交関係条約を離脱したことで「外交官の訴訟免除権」が事実上無くなった直後、北朝鮮とイランの非核化政策で突き上げを喰らっていた国連米大使のニッキー・ヘイリー女史が辞任した。ヘイリー女史の判断は賢明だろう。外交官特権という盾なき国連大使は幾つ命があっても持ち堪えられまい。またパリ協定からも離脱。2020年を境に地球温暖化が加速化すると世界中の科学者たちが警告しているにも拘らず。さらに前出予算教書の環境保護局の予算も3割近い大幅削減でCO2天国を奨励。どうやらトランプ氏はマーシャル諸島の水没は無視して北極海航路とグリーンランドの不動産に海底資源を全て金でせしめるつもりのようだ。
 「いつ終わるともしれない戦争を終えようとするトランプ大統領の努力により…」前出のOMBボート局長代行の言いかけた屁理屈を「アメリカ軍は、欲しいものだけ手に入れると私たちを放置して撤退しました。ところがトルコが侵攻を始めるとアメリカ軍は油田を守りに戻ってきたのです。人々を守るために戻ってきたわけではありません。国と国の間の合意や契約、会議などは全て彼らの利益のためのものに思えます。そういった国々は欲しいものを手に入れて人々には酷い状況が残されるのです」。
難民キャンプで暮らすあるシリア国内避難民(IDPs)の証言がかき消す。
 米上下院の共和民主ねじれ議会に2019年1月、提出された「シーザーシリア民間人保護法」。厳冬を迎えているシリアに対し一旦は6月に下院を通過した後、なぜか全ての行政文書に罫線を引かれ上院で無かったことにされる。さらにその後下院で中東米国安全保障強化法が2月に通過。最終的には同年12月20日に米国のためだけの国防を第一に考えた「米国国防権限法」に前述強化法が吸収される形で立法化された。

クルド人自治区セイマニアーーー右足はちぎれ左足の骨は砕けた長女サラちゃん(8)と右目に重傷を負った次男アフメド君、次女ゼイナブちゃんと失語症になった夫を残し、ただ一人家の塀の外にいた長男のムハンマド君を爆死で亡くした。「私たちの日常はたった5分で壊されてしまいました。私たちと同じような悲劇が二度と起こらないことを望みます。何も間違ったことをしていないのになぜこんな目に合うのでしょうか。生きている心地がしません。何も食べられず、何も飲めないのです。アフメドが死ななかったのは幸運なことでした。ムハンマドのことは永遠に忘れません。今は娘を助けることに命を注ぎたいです。もう私には何も残されていません。ただ、娘が再び歩けるようになって欲しい。お願いです、戦争を止めてください。止めて…止めて…」と母親のナリマンさん(30)は悲痛な叫び声をあげる。
「私は何も悪いことをしてないのに…”大きい人”が好き勝手するのはもう止めて」
栗色に輝く双眸と波立つ髪をしてベッドに横たわる幼いサラちゃんはこう呟く。
 幼いサラちゃんは、シリア内戦で大国がひしめき合って戦争をしていることを理解できないと思い、「大きい人」と母は教えた。
 こうした見過ごせぬ脆弱な小さき声なき声こそがトランプ氏の偽善と戦争につけ込む強欲なエゴイストという真の姿を白日のもとに晒したではないか。ジャーナリスト達のレンズは弱き証言者の姿を捉えその声は力強く国際世論を動かす訴えに変えていた。
一体どこに「シリア民間人保護」のためから始まった法案の大義があるというのか。あたかも最初から存在していなかったかのように切り捨てられている。
 今年2月13日、シリア北西部イドリブ県でシリアアサド軍がロシア軍、イラン軍の支援を受けて砲撃を開始し、反政府武装組織を束ねる支援国であるトルコ軍が応戦していると「Aljazeera」が報じた。
 契機となったのは地対空ミサイルを新たに調達した反政府武装組織によるシリア空軍ヘリ2機撃墜。これによりイドリブ・アレッポ県付近のシリア軍とロシア軍による報復が始まる。テロ組織タハリール・アル=シャームとトルキスタンイスラム党が統制するジスル・アッシュグールを大規模空爆した。トルコは反政府武装組織を強く非難したが、同時にこれまで見られなかったロシア軍に対してもトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は真正面から批判している。米大統領補佐官ロバート・オブライエン(国家安全保障担当)は「米国は世界の警察官としてトルコ、露、イラン、シリアに停戦呼びかける」意向を示した。また、シリア特命全権米大使のジェイムズ・ジェフリーはトルコにアサド軍と後援のロシア軍と全面対決し「全てを賭けろ」と檄を飛ばす。
 だがシリア反体制派主流派「高等交渉委員会(HNC)」の一員イブラヒム・ジャバウィ准将は「トルコにはもはや十分な支配力がない」と指摘する。しかしながら米国も、もはやシリア情勢の場外にあり、トランプ氏の「米国第一主義」偏重政策がもたらした外交危機に陥っている。トルコはロシアと力の均衡を図り、両国は貿易と運動を活発化させる要所として、主要都市のアレッポ、ラタキアと首都ダマスカスを結ぶ戦略的なM4M5の幹線道路を開くとしている。

 つい昨年末までトルコ軍は「テロリスト」の汚名を着せたクルド人自治部隊の「SDF」や「YPG」などを掃討する「平和の泉」作戦を展開していた。劣勢のクルドがプーチン氏と取引しロシア軍に利用される形でシリアアサド軍の後援を取り付け踏み止まっていた。渦中のプーチン氏とトルコのエルドアン大統領がソチ会談で「アダナ合意」を踏襲した。
プーチン氏とエルドアン氏がイドリブ県停戦合意「非武装地帯」をロシアートルコ大統領間で確認したのは、それよりずっと以前のこと。確かにシリア内戦史に刻まれたそんな合意など初めからなかったかのように度々イドリブ危機は起きている。日本でも(特活)Stand With Syria Japanなどが反戦の声を上げ続けてきた。かほどに戦況とは変わりやすく米軍の撤退にも戦場で暮らすシリア難民を脅かす運命を左右するほどに軍事バランスを大きく崩す主因を作った米国のトランプ氏にも十分過失責任はある。
「大きい人が好き勝手するのを止めて」。
爆撃で両足を失った少女の声が脳裏にこだまし、胸に突き刺さるーーー

弱者切りの予算教書は次期米大統領選の番狂わせにも通ず

 弱者切りは国政の予算にも反映されている。前出予算教書のメディケイド(低所得者向け公的医療保険)もフードスタンプ(低所得者向け食費補助)もカット。
 2020年米国大統領選を闘う民主党ニューハンプシャー州予備選のジョー・バイデン候補大勝との大方の下馬評を覆し、貧困・弱者・若者の代弁者バーニー・サンダース候補が制する結果をもたらしたのは、奇しくもトランプ氏が切り捨ててきた全ての平時の弱き踏みつけられてきた声と、戦禍の喪失と痛みの脆弱な声の証言者たちに直結していると言えるのではないだろうか。ジャーナリストたちのレンズや自身の眼(まなこ)を通した時、これら弱き小さな声は、トランプ氏の「私ができるのは世界最強の核戦力をつくることだ」という御託を粉々に粉砕することになろう。最終的に副大統領が合衆国憲法修正第 25 条(1965 年 7 月 6 日連邦議会が発議し、67 年 2 月 10 日成立)4 項の定め「2名承認のルール」にしたがって、臨時大統領として職務をおこない、大統領の核使用命令権行使を封じ込めることができるというトランプ氏のアキレス腱。その共和党が囁き合う下馬評ポストトランプと呼ばれるマイク・ペンス氏なる可能性にも訴えかける何より大きな声として報じられ続けていくのかもしれない。

tomokihidachi

2003年、日芸文芸学科卒業。マガジンハウス「ダ・カーポ」編集部フリー契約ライター。編プロで書籍の編集職にも関わり、Devex.Japan、「国際開発ジャーナル」で記事を発表。本に関するWEBニュースサイト「ビーカイブ」から本格的にジャーナリズムの実績を積む。この他、TBS報道局CGルーム提携企業や(株)共同テレビジョン映像取材部に勤務した。個人で新潟中越大震災取材や3.11の2週間後にボランティアとして福島に現地入り。現在は市民ライターとして執筆しながら16年目の闘病中。(株)「ログミー」編集部やクラウドソーシング系のフリー単発案件、NPO地域精神保健機構COMHBOで「コンボライター」の実績もある。(財)日本国際問題研究所「軍縮・科学技術センター」令和元年「軍縮・不拡散」合宿講座認定証取得。目下プログラミングの研修を控え体調調整しながら多くの案件にアプライ中。時代を鋭く抉る社会派作家志望!無数の不採用通知に負けず職業を選ばず様々な仕事をこなしながら書き続け、35年かけプロの作家になったノリーンエアズを敬愛。

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