自称「特技は殺陣・技斗」俳優の事故を無くし世界を見据えたアクションを 高瀬将嗣氏&崔洋一監督インタビュー

  by 藤本 洋輔  Tags :  

▲日本俳優連合常務理事・高瀬将嗣氏

『るろうに剣心』『HiGH&LOW』『ファブル』などなど、アクションをメインとした邦画がヒットを飛ばし、『刀剣乱舞』といった殺陣をふんだんに取り入れた舞台も次々と話題になっている昨今。スタントマンやアクション監督の活躍の場は広がり、殺陣や技斗(現代アクション)に真剣に取り組む俳優も増えてきた。一方で、ときおりアクション関係者から聞こえてくるのが、「特技はアクション」としながら、実際にはそれほどでもない俳優もいるということ。たしかに、作り手も観客も何を基準にして、「アクションが出来る」とするべきか悩むところだろう。「武道・格闘技経験がある」「身体能力が高い」からといって、必ずしも演技としてのアクションに秀でているとは限らないのである。

そんな“基準”の認定を行っているのが、日本俳優連合・アクション部会が主催する『アクションライセンス認定会』である。毎年秋冬2回行われているこの認定会では、殺陣と技斗(現代劇におけるアクション)の審査を行い、合格者に公認のライセンスを発行している。前回の記事では、『第31回アクションライセンス認定会』の模様と参加者へのインタビューを紹介した。今回は、同認定会発足に尽力し、現在も進行役を務める日俳連常務理事・高瀬将嗣氏(『あぶない刑事』『ビーバップ・ハイスクール』『WASABI』などのアクション監督)と、長年にわたって審査委員長を務め続けている崔洋一監督に、発足のきっかけや今後の展望などについて語ってもらった。

高瀬将嗣氏「自称で『特技=殺陣・技斗』を標榜する俳優さんは多いのですが……」

――アクションライセンス認定会を主催する“日本俳優連合”(以下、日俳連)とは、どんな団体なのでしょうか?

日俳連は協同組合として発足した団体です。個人事業主である俳優が連帯し、映画製作会社やテレビ局に対して団体交渉権を持って、個人では結べない協約を成立させていくことを目的として1963年に設立されました。なぜ協同組合かというと、基本的に俳優などの実演家は個人事業主にくくられるので、労働組合を結成しにくいという背景があったからです。また、悪しき慣例として俳優は現場でのケガを自前で処理しなければなりませんでした。したがって国民健康保険=健保を使いますが、実は仕事上の事故や病気に、健保利用が違法なのは意外に知られていません。そこで日俳連は実演家にも労働者として労災保険が適用されるよう厚生労働省に働きかけた結果、2016年11月に「就労実態に労働者性が認められれば、契約形態にかかわらず労災保険から補償給付される」との見解が示されるに至りました。

――なるほど。日俳連の中で、アクション部会はどういった立ち位置にあるのでしょうか?

さかのぼること31年前、1989年に映画『座頭市』の撮影中に起きた死亡事故が結成のきっかけです。この事故を受け、殺陣師などアクション関係者の情報を共有しなければならない、保険の問題も含めて理解が足りなかったという反省を踏まえ、アクションの団体・組織を立ち上げようということになりました。しかし単なる任意団体ではなく、公の資格を持った組織を作るには尋常でない労力が必要です。そこで、当時の日俳連の専務理事であった俳優の二谷英明さんにご相談申し上げたところ、「殺陣師も含め、アクション関係者は実演家だ。俳優に対しても、色んな動きを自分たちで演じ、手本を示していかなければならない。ダンサーや振付師と同じ、仲間なんだよ」とおっしゃってくださり日俳連に迎え入れていただきました。アクション部会の初代委員長は、NHKの大河ドラマで長年殺陣指導を手掛けられた林邦史郎先生(故人)。現在は、谷垣健治さん(『るろうに剣心』アクション監督など)が委員長を務められています。

――アクションライセンス認定会は、どのような経緯で立ち上げられたのでしょう?

発足したのは、かれこれ14、15年前です。単なるアクションプレイヤーやスタントマンの技術認定の範疇にとどまらず、一般の俳優さんがアクションや立ち回りで自ら演じるにあたっての“判定基準”を設けることが、私たち殺陣師にとっても、現場を統括する監督にとっても、大きな目安になるのではないかと考えました。自称で「特技=殺陣・技斗」を標榜する俳優さんは多いのですが、中には全く実力の伴っていない方も多く、危険なアクションを不用意に演じて事故につながったケースも少なくありません。アクション部会結成のきっかけとなった事故を教訓として、正しいアクションを演じることが出来る俳優を見極めようというのが、認定会の原点です。

――ここ最近は、殺陣のワークショップなどが各地で行われることも多くなってきました。十分な知識や練度の無いまま、殺陣を指導しているケースもありそうですね。

その通りだと思います。シビアな言い方になるかもしれませんが、私も含め殺陣師は正式な資格のいらない仕事です。決して各々のスタイルを否定するわけではないのですが、芸事は良し悪しを別として誰でも一流一派を起こせますので。アクション部会は、情報を共有した上で安全対策についてひとつのアジェンダを持ちましょう、と各団体に働きかけています。門戸は開いており、スタイルの差異が入会資格となることはありませんので、ワークショップを開いて独自の活動をしている方々にも是非加わって頂きたい。ただ、「自分たちのペースを乱されたくない」「ベテランに指導をされる仰ぐことに忸怩たる思いがある」といった声もあるようで、独立系の団体の皆さんになかなか応じていただけないのが頭の痛いところです。そういう事は一切ないフランクで自由な部会なんですが(笑)。

――殺陣師やアクション監督が審査員にいらっしゃらないのは、何か意味があるのでしょうか?

殺陣師やアクション監督をあえて審査員から省いているのは、それぞれが個別のスタイルを持っているため、受験者の表現をある人は是とし、ある人は否とする傾向があったからです。ともすれば偏った視点での判定になり、「うちのスタイルと違うから」と言われれば、それはもうどうしようもないんですよね。この認定会では、それぞれのスタイルが正しいか否かを問うのではなく演技として成り立っているかを審査します。その上で最終的に立ち回りやアクションの面白さを判断するのはお客様だといえるでしょう。そこで、「プロのお客様」という言い方はおかしいかもしれませんが、お客様以上にお客様の視点に立って判定できる方を選ぼうということで、活劇に造詣の深い映画監督、シナリオ作家、プロデューサー、そういったジャンルの小説家やシネマライターの方にお声がけして、審査員になっていただきました。殺陣師やアクション監督は10点満点の人がいれば、1点や2点を付ける人もいるというバラツキが多々ありましたが、崔洋一監督をはじめとする有識者にお願いした結果、採点が安定し公平性を保てるようになりました。

――審査では、何をご覧になって点をつけるのでしょう?「安全性」「カメラを意識できているか」など4つの項目にくわえ、「演技としての成立」と記載されていますが。

最終的には、鑑賞に堪えうる“演技としてのアクション”であるかどうかが、最も重要なポイントになります。仮に4項目をクリアしていても、観ていてつまらない立ち回り・アクションは、やっぱりダメなんですね。俳優として闘争という肉体言語をどう演じるか。その優劣を測るのが、アクションライセンス認定会です。

――俳優さんが「殺陣・アクションが出来る」ことを判断する材料になりそうですね。

俳優をキャスティングする際の目安になればいいですね。例えば、3人の候補がいる中で、ライセンスを持っている俳優が優先されてしかるべき、と認知されることを目指していきたいです。

――ライセンスを持っていない方でアクションが得意な方もいらっしゃるでしょうけど、あればより確実、と。

稚拙な例えかも知れませんが、F1のレーサーであっても、日本の自動車免許を持っていなければ、公道で運転することはできませんよね。これは運転が上手、下手ということではありません。ですから、我々はアクションライセンスが「国内の免許」となることを目指します。ちなみにこのライセンスを持っていない方でも、優れたアクションの演者はたくさんいらっしゃいます。千葉真一さんや、お弟子さんにあたる真田広之さんもそうですし、国内で活躍されている方であれば、松山ケンイチさん、小栗旬さん、佐藤健さんも、ハッキリ言えばスタントマンを必要としない見事な身体能力を有したアクターです。ですから、こういった方々にも是非アクションライセンスを取っていただけると、「普通免許をもったF1レーサー」ということで、説得力ある指標になると思うんですけどね。

崔洋一監督「日本という枠組みを超えて、アジアや世界を見据えた形に」

▲崔洋一監督

――5年以上にわたって審査委員長を務められていらっしゃいます。なぜ、お引き受けになられたのでしょうか?

日俳連のアクション部会とは、我々の仕事の中で日常的にやりとりをすることもありますし、同時に高瀬将嗣さんは、私が若い頃から仕事をご一緒している仲です。ほかのメンバーも仕事上で見知っている関係だったから、引き受けたということもあります。アクション認定会は単なる技術認定の場ではなく、安全を含めた現場の技術向上のためのものでもあるんです。時代劇そのものは減ってきてはいるんですけども、例えば劇場用映画の時代劇も今風の引っ越しだったり、参勤交代のスピードだったり、勘定方であったり、料理だったりと、テーマが現代の世相にあわせたものが多くなってきました。かつての正統派の時代劇は、いわゆる、股旅・任侠ものも含め、オーソドックスな忠臣蔵のようなものが多かったですよね。テレビの歴史上で言えば、『三匹の侍』であったり、『必殺』シリーズであったりが、立ち回りの世界を大きく変えてきました。そういったインパクトや希望を常に持てるような、未来の形を考えた認定作業なんです。

――審査は、単純な認定以上に、ワークショップ的な側面も持っているのではないかと思いました。審査員のみなさんは、アドバイスもされていましたし。

そうかもしれませんね。そういう時代なんだと思います。認定会では、いわゆる所作や立ち回りも含めた、お芝居の要素を重要視しながら、技術的な向上を目指すために、初級・中級・上級の殺陣・技斗でランクをつけていきます。それと、現場の技術向上のためであることはもちろんなのですが、それ以上のレベルになるように、私たち(審査員)も努力していく。そういう視点を持っています。もうひとつ、日俳連のアクション部会は、いずれはこの認定会を日本という枠組みを超えて、アジアや世界を見据えた形に持っていきたいのではないかと思っています。

――と言うと?

現在、中国を中心にいわゆる武侠映画や、三国志のような歴史ものの作品は沢山作られています。中国の古代史をモチーフにしたゲームにも人気のあるものが多く、そういった作品ではモーションキャプチャーというかたちで、殺陣や技斗の動きを分析し、CG化しています。こういった大きな範囲で、表舞台だけではない活躍の場がもっと増えていくと思います。受講者は海を越えていくことを前提にして、日本独特の立ち回りや、安全性を基準とした技斗を身に着けて欲しいですね。求められるアクションは、様式美を重視するものもあれば、リアリズムのあるものまで、実はかなり幅が広い。そういった意味で、この認定試験は技能のベースになりうるだろうと思っています。もう少し時間が経てば、認定会の受験者として外国の方が参加することもあるのではないでしょうか。あるいは、中国武侠界の重鎮が認定会の審査委員席に座るような可能性もあると思います。

――崔監督の『カムイ外伝』は、日本のアクション映画の中で重要な役割を果たした作品だと思います。この映画を契機に、崔監督ご自身のアクションに対する意識も変わってきたのでは?

それはありますね。時代劇固有の、いわゆる基礎的な所作や立ち回りに、忍者のような身体を使ったアクションを加えたらどうなるのか。それで、『カムイ外伝』では高瀬さんや谷垣健治くんの力を借りました。このお二人が柱になって、アクションを作り上げてくれたおかげで、中国でも人気を得ることが出来ました。こういう視点でどんどん海外に広がってくれればな、と思います。一方で、現代劇では三池崇史監督のような、ある種の様式的なバイオレンス作品も日本にはあります。昔からヤンキー映画というものは、娯楽映画のひとつの伝統として存在しているわけですが、そこが諸外国とちょっと違うところだと思います。

崔洋一監督『カムイ外伝』予告(YouTube)https://youtu.be/qpxw5nkKCCc

――確かに。

例えば、韓国映画だとテコンドーや空手の様式美の中にアクションがあって、ハードなんですね。ハードなんだけど、ちょっと人工的な技斗・立ち回りかな、と。最近は少しづつその傾向も変わってきましたように思います。韓国や中国の若い男性は基本的に徴兵を経験して、武闘訓練を受けることになるので、日本とは俳優の下地が少し違うんだと思います。ぼくも韓国映画を1本(2007年の『ス SOO』)監督しましたが、俳優に「絶対に(蹴りや突きを)本気で入れないでね」と何度も注意するんですけど、彼らは入れちゃうんですよね。力はあるんですけど、けが人が続出しちゃうんで、「ダメですよ」と。今はそういう段階は卒業していると思いますが。

――崔監督が、これからの認定会に求められるものはなんでしょうか?

一番は、様々なジャンル・属性の方に参加して欲しいということですね。そういった意味でも、女性が増えているのは喜ばしいことです。また、初級については現在もそうだと思いますが、少年少女・青年を中心に、若者を養成していくことが出来れば。先ほどお話が出ましたが、参加者は各々がワークショップのようなことを積み重ねてきている人たちなんですよね。いきなり、「好きだから」と来たわけではなくて、仕事の延長線上で参加している方が多い。ですから、プロフェッショナルのための認定会であればいいな、と。別にアマチュアを排除するというわけではなくて、俳優のためのアクション、技斗・立ち回りですから、性差を超えて必要なことだと思います。流行ったり、流行らなかったりといった、トレンドのようなものはありますが、映画・映像の表現としてのアクションは永遠に無くならないということだけは言えます。ゲームの中で形を変えて必要とされるように。ぼくの予測では、もうアクロバティックな振付や、ワイヤー、CGといった技術的なものは、ハリウッド作品も含めて、いいところまで来てしまっていると思うんです。それを、どうやってより現実感のある方向にもっていくのかが、今後の課題ではないでしょうか。

2019年12月7日(土)に開催された『第32回アクションライセンス認定会』では、日俳連の組合員以外もライセンスの取得が可能になり、のべ31人が参加している。2020年以降の開催予定は、随時アップされる日俳連アクション部会公式サイトを確認しよう。

インタビュー・文=藤本洋輔  撮影=オサダ コウジ

WEB編集・ライター・記者。アクション映画が専門分野。趣味はボルダリングとパルクール(休止中)。執筆・などのご依頼は [email protected]

ウェブサイト: https://goo.gl/Apqatq https://goo.gl/dmUvAA

Twitter: @fujimonpro