ゲームプログラマが語る ソフトやアプリと携帯ゲーム課金における経済行動学

  by Izumisawa  Tags :  

近年、二極化の進むゲームソフトとゲームアプリ市場。そうした厳密な区分や表現が定められているわけでは無いが、便宜上、前者”ゲームソフト”を『ニンテンドー3DS』や『Play Station 3』 等に代表される様なハードへ向けたソフト、所謂”家庭用ゲーム向けソフト”を指す表現とし、後者は『iOS』等を対象としたスマホ用アプリとする。

ゲームソフト売り上げ減少や低迷が聞こえるその反面、飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けるソーシャル系モバイルゲーム群があり、日々生まれは消えていく大量のスマホ用超低価格アプリ達が混沌に拍車をかけている。溢れるゲームコンテンツ群の中から”ある一本”を選ぶ際、人々の意識へ働きかけられる”経済行動学”とは一体どのようなものであろうか。

5000円のゲーム購入の為にクレジットカード番号を入力しようとする心理的労力と、100円アプリにおけるそれにおいては、後者の方が敷居の高い事が多い。インターネット上にてクレジットカードを用いるという行為に対し、潜在的なセキュリティ不安がつきまとうという一面は未だ根強く存在しており、それは5000円ゲームでも100円アプリでも同様であるが、この段階では、そのリスクに対し得られる価値が購入価格に単純比例するであろうという先入観により、100円アプリをクレジットカードで購入しようとする際には、より強い心理ブレーキがかかるからだ。
5000円ゲーム購入を決めたそのコンテンツの魅力や決心の大きさは、クレジットカード利用不安の払拭に大きく役立つが、100円アプリではその力が弱い。”面白そうだけれども、わざわざカードを使って買う程ではないか”、そうした想いが原因の一端となり得るからであろう。

反面、これが店頭現金決済における場合には事情が一転する。もしも100円アプリが店頭販売されているならば、100円玉一枚をジュースの自動販売機へ投入する様に支払う事は気軽かもしれないが、実際に財布から現実のお金である千円札を”一度に五枚”取り出し、ゲーム購入の為に支払う心理的原動力が要するコストは大きい。

これらの販売モデルに対し、『モバゲー』や『グリー』に代表される課金型簡易ゲームコンテンツにおいて、その集金の仕組みは実に効率的だ。この仕組みの要(かなめ)は、主とする対象プラットフォームが所謂ガラケーと呼ばれる一般携帯電話契約に紐づいており、アプリ購入金やゲーム内部の課金要素にかかる費用が携帯電話利用料金と一緒に請求されるという点であり、この事が非常に大きな意味を持つ。一ヶ月の間に購入した自動販売機ジュース料金合計を水道料金にセットで引き落としますと言われても魅力は薄いが、今や国民総携帯電話時代であり、その利用料金に組み込まれるという形が彩る”お手軽感”は実に圧倒的だ。

こうして三者三様に並べてみると、各コンテンツメーカー群の意識と戦略の違いが見て取れるであろう。昔ながらのゲームソフトにおける販売戦略に大きな変化は無く、パッケージとしてある程度まとまった金額が設定されるが、その分内容は充実させなければならない。対極に100円アプリ等が在り、安価である代わりにそのボリュームもある程度限定的だ。昨今流行の課金型モバイルゲーム等に関しては、最早”ゲーム”とは似て非なるジャンルであると言って良く、技術的な映像美や深いゲーム性等という物には重点が置かれていない事が多い。純然たる収集意欲や簡易対戦が演出する刺激要素等が、そのコンテンツの全てであるとも言える。

これらは、各パターンにおける”財布の紐のゆるめさせ方”の違いと言い換える事が出来る。
果実店の商品棚中央に威風堂々と大きなメロンを置く事で、値段は張るけれど味は保証しますよとアピールするその前面には、一粒100円のサクランボが大量に並ぶ。そして、表のワゴンには”当たりが出たら豪華ドリアン10キロプレゼント一回100円”というクジが山と積まれている。このクジ引き代金100円は、携帯電話料金と一緒に引き落とされる為、客は財布を取り出す必要が無い。
こうなるとワゴンは賑やかだ。やれミカンが当たっただとか、やれドリアンが出た等のように活気のある人々に興味を引かれ、人気アイドルグループのCMに背中を押された新客が”ちょっとやってみるか”と次から次へ足を止める。鞄から取り出してすらいない財布の紐は、本人も気がつかずに緩められているわけだ。こうした行動学は心理学と密接しており、市場動向へ大きな影響を与える事が通例だ。

”実はドリアンが当たっても嬉しくはなかった”。
何千円も使って初めてそう気がつく人々は、食傷気味に100円のサクランボを摘みながら去っていくか、最初からこれを買えば良かったとメロンに想いを馳せる事になる。
こうした心理的結果を予め予想している客や、そもそもドリアンやそれが当たる仕組み、ミカンが当たったと横の客へ自慢する事へ興味の無い人々等は、始めから店内に入りサクランボやメロンを品定めする。
サクランボを一粒だけ食べれば満足する人にとり、色や形の異なる様々な粒を目で見て選べるその棚は魅力的に映る事だろう。しかし、そのサクランボ一粒をクレジットカード決済する事に躊躇いがあるわけだ。サクランボに関しては、現状、現金決済する方法に乏しいか、あっても面倒だ。店頭パッケージ販売が主流となるゲームソフト、つまり奥にあるメロンは、現金でもカードでも支払いが可能だが、高額だ。

コンテンツそのものの内容は勿論最も重要な要素であるが、その眼前にはこうした販売形態事情等が立ちはだかり、”経済行動学”となってその購入意志決定に至る思考回路へ大きく干渉する。

現代のゲーム制作販売においては、その形態がゲームソフトであるか、安価アプリであるか、はたまたモバイルゲーム課金であるかといった事を含めた上で、どういった形でユーザーに届けるのかという点も深く考慮しなければならない。その上でどういったゲームを造り上げるのか、ユーザーの持つ経済行動学に沿った総合設計が求められる時代であると言える。

これからゲームを選ぶ方々は、そのゲームが面白そうであるかという点は勿論であるが、そのゲームが”買いやすい”形になっているかという点にも注目してみるのも一興かもしれない。手がけた作品をユーザーに届ける為、その導線を多く持っている形にもきちんと拘っているメーカーは、さてどこだろう。

画像:Apple Store (Japan)『iTunes Cards』サイトより
http://store.apple.com/jp/browse/home/shop_ipod/itunes_cards

本業はPS4やスマートフォン等の次世代機ゲームプログラマ。 平行し、趣味のゲームアプリを沢山制作しています。

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