映画監督 松本准平氏
1984年長崎県生まれ。東京大学大学院工学系建築学専攻終了
2011年に辻岡正人、穂花、上山学、でんでん、根岸季衣を迎えた劇場デビュー作「まだ、人間」を制作。
劇場作品2作目となる本作「最後の命」が11月8日に劇場公開となる。
映画化が不可能ではないかといわれていた芥川賞作家「中村文則」氏の作品「最後の命」が、11月8日より劇場公開となる。
柳楽優弥、矢野聖人、比留川游をはじめとした豪華俳優陣が演じるだけでなく、主題歌「Snowing」はCoccoが担当。
また本作は、公開直前に、NYチェルシー映画祭にて、最優秀脚本賞を受賞した。映画ファンのみならず、劇場公開に先だって期待が集まっている。
メガホンを取った松本准平監督に、本作の見所を聞いた。
Q.本作「最後の命」は、映像化が難しいのではないかといわれていたとうかがっています。
映像化のオファーを原作者の中村文則氏に申し出たのは、原作のどういった点を魅力に感じたからなのでしょうか?
松本准平監督(以下 松本)
原作の中では、明瀬桂人(映画では柳楽優弥が演じている)と、冴木裕一(映画では矢野聖人が演じている)が、幼少期に目撃した婦女暴行事件のために、回復しようのない心の傷を負って、善悪に分かれていく様が描かれています。
ただ、この作品は、人間を単純に善悪に割切るのではなく、善の中にある悪に翻弄される人間や、悪に苦しみながら善を願う人間を掘り下げた描写が深いです。そういったシーンを映像で描いてみたいと思いました。
とはいっても、原作を読み返すたびに、映像で描きたいことが変わっていった気がするんですよ。
原作では、人間の中に潜んでいる原罪(注:キリスト教でいわれる、人間が産まれながら持ち合わせている罪)がわかりやすく、はっきりとエンターテインメントとして描かれていると思ったんですね。
前作「まだ、人間」でもそういったことを描いたのですが抽象度の高い映像になったので、そういった点をさらに具体的に、かつ、原作を踏まえた上で映像化したいと思ってオファーさせていただきました。
わかりやすい物語が求められる時代の中にある人間の葛藤を描きたい
Q.今の時代は、3.11の収束も見えないし、不況のこともあって、大多数の人がわかりやすい物語を求めるような気がします。
プレス試写で作品を鑑賞させていただいて、原作以上に、簡単な善悪を描かず、それでいて映像中の人物がとても魅力的に描かれていたと思います。
作品中では、冴木が、まさに悪の権化のように女性を襲うシーンがあって、目を覆いたくなったのですが、ラストのシーンを見て、彼が一番愛情深い人物に見えました。
(松本)おっしゃる通り、本作の中で、冴木裕一は社会的に「悪」という存在に隔てられます。とはいえ、裕一が考える「悪」には簡単に染まれないから、あれだけ苦しんでいるんだと思うんですよ。
映像の中で見せている裕一の葛藤は、彼の中の良心と悪の葛藤でしょうし、ラストシーンで桂人へ見せた人間らしい表情は、その葛藤が昇華した姿でしょうね。
Q.ラストシーンで桂人が見せる行動は、原作にはないシーンですよね。
本作は、原作にはないシーンがいくつかありますが、それらが原作を咀嚼した上で、映像ならではの世界観を作っているように思います。
(松本)ありがとうございます。おっしゃる通り、原作にはないシーンがいくつかあります。たとえば、町のホームレスの男性たちが、やっちり(内田慈)と呼ばれる女性のホームレスを暴行する場面があります。
幼かった桂人と裕一が心に深く傷を負うシーンですね。桂人の回想シーンでも出てきますが、心象風景を描くために工夫しています。
このシーンは、最初からイメージがあったんです。
イングマール・ベルイマンという北欧の監督がいて、モノクロのフィルムなんですけど、女の人が不気味に笑うんですよ。
「神の沈黙」と題した映像なんですね。言葉には説明できないんだけど、不気味な怖さがある。そういったイメージをモチーフにして撮りました。
Q.ここでは詳しく書けませんけど、そのシーンは、プレス試写で見ていてすごく怖かったです。
特に、ホームレス(中嶋しゅう)の笑い声と表情が、悪魔に魅入られた桂人を嘲笑するような錯覚を覚えました。
ところで、原作にはないシーンをいくつか映像化されているということで、俳優さんや女優さんを起用するのに悩まれたことは?
(松本)それはあまりないですね。原作自体の人物像がはっきりしてましたし。
主人公の明瀬桂人と冴木裕一を起用するのは特に悩みませんでした。柳楽優弥君は最初から起用することを決めていましたし、矢野聖人君もオーディションで一発で決めました。もう彼らだったら大丈夫だろうなって感じでしたね。
香里(比留川游)は、作品の中では桂人と裕一と同級生なんですけど、実際は違うので、そこは少し脚色しました。
ただ、キャラクター分けで苦労することは無かったですね。ただ、香里はお芝居の面でハードだったと思うので、大変だったとは思うんですが。
Q.香里が、桂人と裕一の間で、心が壊れていく様は見ていてリアルですね。気がつくと「何もそこまで自分を責めることはないのに」と感情移入しながら見ていました。
(松本)ありがとうございます。その上で、ラストシーンへ向けて描いていくうちに僕が描きたいものも、変わったような気がします。
お話したように、前作「まだ、人間」では、人間の持つ罪を描きました。
本作では抽象的ではない形で、人間を掘り下げた形で罪を描きたいと考えていたのですが、撮影を進めるうちに、希望を描きたいと思うようになりました。
「絶対に彼を助けるつもりでやってくれ」 柳楽優弥氏に伝えたラストシーン
(松本)本作のラストシーンでは、冴木が悲劇的な別れを桂人に告げます。このシーンも、原作とは違っています。
柳楽さんに、「ここのシーンはどうやったらいいですか」という質問を受けたんですけど、「絶対に彼を救うつもりでやってくれ」と伝えました。
撮影が進むにつれて、彼らを肯定し、希望を描くべきだと考えるようになっていきました。
ラストシーンは、時間的にも厳しかったのですが、撮影に時間をかけたのは、理不尽から罪に染まった二人を肯定し、わずかな時間の映像で希望を描くためだったと思います。
Q.いよいよ劇場公開ですが、鑑賞者の方へ本作の見所についてお伝えいただければ
(松本)子供を送り出すような気分で、言葉にならないんですが、原作をご覧になられた方も、そうでない方も、本作を通じて、少し先の未来について希望を感じていただければうれしいですね。
インタビュアーは、中村文則氏の原作を読了した後、プレス試写で本作を鑑賞した。
中村氏の原作は、人間の中にある悪を罰するのではなく、いかに深く掘り下げて理解を試み、肯定するについて描いているように思う。
本作は、原作を咀嚼して映画にしかできない映像表現を盛り込んで、世界観を広げることに成功しているように感じた。
特に、作品が複雑に織りなす人間像や、原作にはないシーンの描写は、原作ファンも息を飲む映像表現となっているように思う。もちろん、原作のファンだけでなく、初めて「最後の命」という作品に触れる方にも、心に響くのは間違いない。
『最後の命』
11月8日(土)新宿バルト9ほか全国公開
出演:柳楽優弥 矢野聖人 比留川游
内田慈 池端レイナ 土師野隆之介 板垣李光人
りりィ 滝藤賢一 中嶋しゅう
監督:松本准平
原作:中村文則「最後の命」(講談社文庫)
配給・宣伝:ティ・ジョイ
映画『最後の命』公式サイト
http://saigonoinochi.com/
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