雑誌の出版不況といわれる時代に出版前重版の記録を打ち立てた雑誌がある。
「百合特集」を組んだ早川書房『SFマガジン』2019年2月号だ。本記事ではその予兆から重版にいたるまでの軌跡を、ざっとおさらいしてみたい。
予兆
その兆しは2016年から芽生えていた。
第4回ハヤカワSFコンテスト特別賞並びに第48回星雲賞などのSF文学賞を獲得したSF作家・草野原々氏によるデビュー短編集『最後にして最初のアイドル』である。
早川書房の公式ウェブマガジンの収録記事”『 最後にして最初のアイドル』草野原々、大いに語る”で草野氏は「百合SFを普及させたい」と語っている。
「百合(女性同士の関係性を描いたフィクション)SFも普及させたい。『ハーモニー』以降、狭義のSFにおいては目立った百合作品は少ない。しかし、百合を求めるSFファンは数多くいる。」
「百合が俺を人間にしてくれた」。それは2018年5月4日、全電通労働会館で開催された「SFセミナー2018」でSF作家宮澤伊織氏により発信された力強い言葉だ。SFセミナーはSF及びその周辺に関する講演・パネルディスカッションを4~5本行う公開イベントである。その催しの一環として行われた「百合との遭遇 宮澤伊織インタビュー」における発言だ。百合に関する講話が百合好きにとって意義深いパワーワードとして伝達された。
当該記事では用いられやすい百合の概念や用語を現代の百合文化に照らし合わせて解説を加えつつも、定説を検分している。2018年の百合の状況を理解する上で有意義であるだけでなく、旧来の解釈をアップデートする革新的なインタビューであったとも言える。必ずしも女性同士の恋愛関係のみを示す言葉ではないというのが、現代の百合ジャンルの間口の広さだ。
当該記事は、公開3日にして早川書房note全記事の歴代アクセス数1位を更新したという。
特集の決定。
2018年8月24日に書泉ブックタワーで開催された”『そいねドリーマー』発売記念 宮澤伊織先生トーク&サイン会”では、担当編集者から『SFマガジン』百合特集の告知が為された。
ここ最近の流れとして、『裏世界ピクニック』は大好評でシリーズ化・漫画化され、草野さんの「最後にして最初のアイドル」も42年ぶりに新人のデビュー作で星雲賞を受賞。「百合が俺を人間にしてくれた」の記事も爆発し、今日もこれだけ多くの方々にお集まりいただけて……こちらとしても、さすがに百合SFの勢いを無視できなくなってきました。というわけで――SFマガジンで、百合特集をやりたいと思います。
『SFマガジン』に新たな歴史が刻まれる
そして、12月25日の発売を前にした『SFマガジン』2019年2月号に対し、予約が殺到する。オンライン書店では発売前完売に至る未曾有の事態である。
特集担当者から読者へ無事に行き渡ることへの「祈り」が生じるほどの売れ行きだ。
あまりの予約の勢いに、「たくさん売れて嬉しい!」から「欲しい人はマジで今のうちに予約しておいて……頼む……」という祈りの気持ちへとシフトしてきました(雑誌は“普通は”重版できないため)
あまりの予約の勢いに、「たくさん売れて嬉しい!」から「欲しい人はマジで今のうちに予約しておいて……頼む……」という祈りの気持ちへとシフトしてきました(雑誌は“普通は”重版できないため)
—溝口力丸(@marumizog) 2018年12月15日
ついには異例の発売前重版が決定した。
【速報】SFマガジン次号、予約在庫全滅という異例中の異例に対応するため、緊急の発売前重版を行います。創刊から59年のSFマガジンに、百合による新たな歴史が刻まれました。
【速報】SFマガジン次号、予約在庫全滅という異例中の異例に対応するため、緊急の発売前重版を行います。創刊から59年のSFマガジンに、百合による新たな歴史が刻まれました。—早川書房公式(@Hayakawashobo) 2018年12月18日
モノが売れるには理由がある。今回の『SFマガジン』2019年2月号では百合が人気だから、流行だから、と便乗的に唐突に特集を組まれたわけではない。ここには確実にSFと百合を渇望するファンの土壌があった。そこへ訴求する作品や対談記事が、上記のようにコンスタントに発信されていたことに着目したい。
ちなみに、記者激推しの百合SF漫画「Vespa」も百合作品39作ガイドのうちのひとつとして紹介されているとのことだ。
発売が今から楽しみだ。
『SFマガジン』2019年2月号詳細は以下の通りだ。
●百合特集
「百合」――女性同士の関係性を扱う、創作ジャンル。
2018年、百合とSFがさまざまな形で接近したことを契機とした百合特集。《Short Stories》
あなたは探している。誰もいなくなったこの世界で、逢ったこともない誰かを
・「キミノスケープ」 宮澤伊織恋人に伝えられる言葉は、毎日一文字ずつ減っていく――彼女と彼女との四十九日
・「四十九日恋文」 森田季節この孤独な宇宙には、どこまでも「理由」が満ちている。哲学的ハード百合SF
・「幽世(かくりよ)知能」 草野原々私とお姉様の体に流れる血は、どうして同じではなかったのでしょう――
・「彼岸花」 伴名 練これは私と先輩の、かけがえのない存在をめぐる旅・特集読切コミック
・「ピロウトーク」 今井哲也《Articles 》
「 10th Anniversary」シライシユウコ
「〈コミック百合姫〉編集長インタビュウ」聞き手&構成:柴田勝家
「月村了衛インタビュウ」聞き手&構成:青柳美帆子
「百合と異界は児童小説の……」令丈ヒロ子
「花に埋もれて死ね または今、ミニシアターで何が起こっているのか?」将来の終わり
「このSFが百合としてすごかった ~2018」いとう階
「百合SFガイド2018」青柳美帆子/いとう階/乾 智志/鯨井久志/佐野泰之/将来の終わり/鈴木 力/谷林 守/俳乱土/林 哲矢/隼瀬茅渟/伏見 完/冬木糸一/古脇瓊児【連載】
「小角の城 第51回」 夢枕 獏
「《椎名誠のニュートラル・コーナー》第64回」
「インデギルカ号」 椎名 誠
「先をゆくもの達〈最終回〉」神林長平
「マルドゥック・アノニマス」〈第24回〉 冲方 丁
「マン・カインド〈第7回〉」藤井太洋
「幻視百景〈第16回〉」酉島伝法【連載コミック】
「と、ある日のまっくらけっけ」宮崎夏次系【読切】
〈ヒューゴー賞/ネビュラ賞受賞〉映画に出てくるような理想のインディアン体験を提供する男。彼のまえに、ある日現れたのは……
・「本物のインディアン体験TMへようこそ」 レベッカ・ローンホース/佐田千織訳・〈ヒューゴー賞受賞〉忠勤せよ! 艦内最古の多機能ボット、ボット9は害獣駆除を命じられたが……
「知られざるボットの世界」 スザンヌ・パーマー/中原尚哉訳娘を亡くして博物館惑星に移住した画家の連作、「不見の月」に込められた想いとは?
・「博物館惑星2・ルーキー 第六話 不見の月」 菅 浩江「2018年度主要SF賞受賞作リスト」編集部=編
表紙イラスト:シライシユウコ
表紙デザイン・色ページレイアウト:岩郷重力+WONDER WORKZ。
【関連記事】
●2018年に花束を。SFマガジン「百合特集」内容紹介
https://www.hayakawabooks.com/n/n92ff741b5e97 【リンク】
●『 最後にして最初のアイドル』草野原々、大いに語る
https://cakes.mu/posts/14583 【リンク】
●百合が俺を人間にしてくれた――宮澤伊織インタビュー
https://www.hayakawabooks.com/n/n0b70a085dfe0 【リンク】
●2018年は「百合の多様性の時代」 『裏世界ピクニック』宮澤伊織×「最悪にも程がある」いとうに聞く、激動する百合の現在地
http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1812/04/news040.html#utm_term=share_sp 【リンク】
●公式通販情報
Hayakawa Online S-Fマガジン2019年2月号
http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014103/ 【リンク】
●Vespa (百合姫コミックス/大北紘子/一迅社)
http://data.ichijinsha.co.jp/book/booksearch/booksearch_detail.php?i=75807319&TITLE=&WRITER=&ISBN=&CATEGORY=3&SALEY=2014&SALEM=06&WORD=&TYPE=like 【リンク】