ずれ込む誕生祝い…事情を知らぬ父の心痛
季節は秋に入り、朱雀院50歳の記念イヤーも残り少なになってきました。源氏は紫の上の病気のために順延していたお祝いを改めてと思いますが、8月9月は都合が悪く、10月に入ると身重の宮の具合が悪くなり、どんどん後ろにずれ込んでいきます(月は旧暦)。
その間に、柏木と結婚した女二の宮(落葉の宮)が先にお祝いを行いました。柏木の父・頭の中将が全面的に後援しての大々的な祝賀会です。体調不良を理由に公的な場に姿を表さなかった柏木も、この時ばかりは頑張って出席。しかし、無事に終わると気が抜けて、また病みついてしまいます。
朱雀院は最愛の三の宮に早く会いたいと思いながらも、源氏との夫婦仲がしっくりしない点が気がかりです。紫の上が病気の間はしょうがないと思っていたが、彼女が快復したようなのに、どうして源氏は宮の方へ行かないのか。何か良くないことでもあったのではないか、と。その”何か”があったんですよ、お父さん!
出家の身として俗世のことは感知しないほうがよいとは知りつつも、朱雀院はどうしても娘が心配で、こんな手紙を書きました。
「どうしていますか。具合が良くないと聞いて気になっています。夫婦仲で不満に思うことがあっても、顔や態度に表すのはいけません。何事も穏やかに慎んでお過ごしなさい」。
ちょうど来ていた源氏も、この手紙を読みました。宮の過ちを知らない兄の心痛が気の毒でならず、また自分を不甲斐ない夫だと思われているのも心外です。
「このお返事はどう書くつもりですか。まったくお気の毒な限りだ。私こそいたたまれないよ。あなたのことで思いがけないこともありましたが、それでもこれまで以上に大切にしているつもりなのに。一体誰がご報告したのか」。
源氏の嫌味な言葉に、宮は恥ずかしくて顔を背けることしかできません。悩みやつれたその横顔は、ますます上品で美しく見えます。こんな事を言うつもりはなかったが、と前置きしつつ、源氏は言葉を継ぎます。
言葉の暴力フルコンボ!オーバーキルに崩れ落ちる妻
「思えば兄上(朱雀院)も、あなたのこういう点が特に心配で、私に託されたのだったなと、今となっては思い当たるフシも多くありますよ。ただ兄上が私を当てにならないダメ夫だと思っていらっしゃると思うと、それが残念でならない。
ろくに物を考えず、易きに流されやすいあなたのことだ。愛情のない冷たい夫だと思っているんでしょう。若いイケメンとは比べ物にならないクソジジイだと、見下げているんでしょう。
そんな風に思われているのは不快だが、せめて兄上がご存命の間は我慢して、この年寄りをないがしろにしないでいただきたいものだ。そもそもは保護者代わりとお世話を引き受けた私だからね。
私も出家したいのは山々だが、巣立った子どもたちやいい年の妻たちはともかく、あなたをお引き受けしたせいで実行できないのだ。そんなことをしたら、兄上がさぞガッカリされると思ってね。
兄上ももうお年だ。体も弱っていらっしゃる。そんな所へあなたの不祥事をお耳に入れるようなことがあってはいけませんよ。この世のことはともかく、来世の妨げになる罪こそが最も恐ろしいのだから」。
グサリグサリと宮の心を貫く源氏の言葉。柏木のことはハッキリ言わないものの、源氏の言い方は非常にきつく、面と向かってお前は能無しの大馬鹿モンだと言ってるようなもんです。
おまけに自分が出家できない理由まで宮におっかぶせ、朱雀院の来世の妨げになるようなことはするなと、魂レベルでの罪悪感を植え付け。言葉の暴力、もうフルコンボ。
生まれてこの方、人に罵倒されたことなどない宮はオーバーキルにボロボロになり、正体不明になってしまいます。もう宮のライフはゼロよ!!
源氏はいよいよ情けなくなり「他人事でも嫌だと思っていた老人のクドい説教を、こうして自分がするようになったとは。これではますますクソジジイと嫌われるばかりだね」と自虐。あんな華麗な貴公子が、今や妊娠中の若い妻をイビる自虐ジジイになるなんて……もう嫌だ、こんな話。
ともあれ早く返事をと、源氏は自ら墨をすり、紙を選んで渡しますが、宮は震えて筆も握れません。またどんな言葉で殴られるやらと、このジジイが怖くてたまらない。哀れな宮の様子を見ても、源氏は「柏木の熱烈な手紙にはもっとサラサラ返事を書いただろうに」と、意地悪く思うのみ。もう宮の一切を捨ててしまいと思いながらも、ここはさすがに大人の対応。手紙の文言を一言一句を丁寧に教え、なんとか返事を書かせました。
「11月はまた都合が悪い。どんどんあなたのお腹は大きくなるし、会いに行くのも大変だ。慌ただしいが12月に行おう。とにかく、それまでにやつれた顔をもとに戻して、元気でお父様にお目にかかりましょうね」。……こんなにげっそりしているのは、あんたのせいだよ!!
「なにかおかしい」息子が感じた違和感の原因
お祝いの日取りが再決定し、六条院には再び歌舞音曲が戻ります。本番の前に試楽(リハーサル)を行うことになり、二条院で療養中だったここで紫の上もついに復帰。本番が見れない女性陣は特に試楽を見学することが多いのですが、今回は玉鬘も来ることになっていて、リハーサルのほうが本番よりも華やかになりそうです。
こうした風流な催しに、源氏は柏木を必ず呼んで相談役にするのが常でした。思えば、柏木は何ヶ月も六条院に姿を見せていません。事情を知らない人は、源氏も紫の上の病気や宮の懐妊で大変だったし、柏木はずっと体調不良だからだろうと思っています。
でも夕霧だけは「なにかおかしい」と違和感を感じます。それでも、まさか事態がそこまで進展しているとは思いもよりません。
源氏自身もその事に気がつきつつも「周りも変に思うだろうが、柏木の顔を見たら自分を抑えられるかどうか……」。ポーカーフェイスを貫き通せるか、さすがの源氏も自信がない。
それでも呼ばないのは不自然と、源氏は柏木を招待します。しかし柏木は病気を理由に辞退。源氏も「やっぱり気にしてるのか」と、もう一度使者を立てて誘います。
これを見て柏木の父・頭の中将も「どうして断ったのかね。折角のお誘いを何度もお断りするのは失礼だろう。大した病気でもなさそうだし、行ってきなさい」。パパにまで言われちゃしょうがないと、柏木は重い体を引きずって、久々に六条院に参上します。
ついに対面!青ざめた青年VS平静を装う老人
源氏と柏木は以前のように間近で対面しました。病気というのは本当らしく、青年は青ざめてやつれています。
もともと落ち着いた性格の彼が、一層静かにしている様子は、源氏の目から見ても皇女の夫にふさわしい気高さです。一方で「こんな立派な男がどうしてあんな間違いを……」という気持ちも消せません。
源氏はいつもの優しい口調で「とても久しぶりだね。私も病人の看病で余裕がなくて。朱雀院のお祝いももう延ばせないところまできているので、うちの孫たちの歌舞などをプロデュースしてほしい」。自信がないとか思ってましたが、さすがです。
柏木は源氏の変わらぬ態度が逆に恐ろしく、返答するだけでも死にそうです。それでも持病のせいでこちらに来られなかったことを詫び、また、先に二の宮と行った夫婦での朱雀院のお祝いも自分が主催したとは言わず、派手好きの父・頭の中将を立てます。更に、今回の演出の方針については「僧侶としての静かなお暮らしぶりです。豪華なものよりはシンプルに、親子のご対面を叶えて差し上げるのが良いかと思います」。
源氏は柏木の思慮深さに本心から「君がそう言ってくれると心強いよ。夕霧はこういうことはまったく才能がなくてね。朱雀院は特に芸術に造詣の深い方なので、君のセンスに期待しているよ」。
柏木にとってはその言葉も苦行のよう、一刻も早く源氏の前を立ち去りたくてたまりません。こんなことになる前なら源氏の言葉も素直に嬉しいと思えただろうに、今は喜びよりも辛さで身の縮む思いです。
それでも来たからには仕事しないと……。彼は気を取り直し、あらかじめ夕霧が準備していた内容に細かなアドバイスをします。夕霧はイベントプロデューサー、柏木はディレクターという感じ。お陰でグッと良くなったのを見て、夕霧もさすが柏木、来てくれてよかったと思います。
暗黒面が目覚める…!源氏の容赦ない攻撃
いよいよリハーサルが始まりました。リハとは言え紫の上たちが見ているので、演者たちは本番とは違うものの見栄えのする衣装を着て登場。髭黒や夕霧の子どもたち、式部卿宮(紫の上の父)の孫などが続々と舞い踊りを披露します。
集まっているのは親族ばかり、おじいちゃんやらおじさんやら、いい年こいたおじさん連中が子どもたちをみては「可愛い!」「まだ小さいのにすごく上手!」「才能がある!!」と大騒ぎ。
中でも式部卿宮は、孫可愛さに鼻まで赤くしてボロ泣きしています。なんでこんなに可愛いのか、孫という名の宝物。このあたりは幼稚園や小学校の運動会に来ている父兄と変わりませんね。スマホでもハンディカムでも貸してあげたい。
盛り上がるおじさんたちの陰で、気分の悪い柏木は酒を断り、ひっそりと座っていました。その様子も奥ゆかしくて品が良い。源氏はそれを目ざとく見つけます。
「おお恥ずかしい。柏木がこちらを見て笑っている。酔っ払ってみっともないジジイだと……」
余裕のない柏木は座についているのがやっとで、もちろん笑ってなどいません。源氏はわざと、酔っぱらいの冗談風に紛らわせて攻撃してきたのです。そのえぐるような視線に若者は硬直します。
「若い頃はわからないだろうがね、時間は逆さまには流れない。いつか君も年をとってジジイになるんだよ」。更に柏木が呑むフリだけしているのを見抜き、今度はガンガン酒を注ぎます。
柏木は困りながらも断りきれず、気分の悪い中どんどん盃をあおらされます。正真正銘のアルハラだ!お酒を嫌がる人に無理やり飲ませてはいけません。その間も源氏の怨念のこもった冷たい目線は彼を串刺しにしたまま。こんな攻撃ができるなんて、何というダークサイドの力!
苦しさに耐えられなくなった柏木はほうほうの体で帰路につきます。(酔っ払うほどの量じゃない。あの方の怒りが酒とともに注がれたせいなのか。ああ、我ながらなんと気が弱い……!)。いや、急性アルコール中毒プラス、暗黒面に堕ちた源氏の攻撃がクリティカル過ぎたのでしょう。酒が抜けても柏木は回復せず、重篤な状態に陥ります。
宮に柏木、自分を裏切った二人に報復を加える源氏。そのやり方も攻撃力も凄まじいものです。さんざん生霊や怨霊が怖い怖いと言いつつ、一番怖いのは実体でこれほどのダメージを与えられる源氏だよね、とどうしても思ってしまいます。にらみ倒すだけで重態って……どんなフォースの持ち主だよ!
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/