「これ今日のぶん。」
自分より年下の男の子にどさっとCD-ROMを置かれる。
「はい。」
そのいい加減な置き方にイラっとしつつも、私は何も言い返せずに返事をしてしまう。
本当は嫌な顔のひとつだってしたい。
だけど私は出来ない。反論することはもっと無理だ。
年上の人にはもちろんのこと、年下にもそういったことができないのだ。
人たちはいつも、どこへ行っても、私を世間の異物のように扱う。
私もそれを受け入れてしまっている。
中学校に上がってからすぐに行った部活見学で陸上部の先輩に恋をした。
部活には結局、入らなかった。
いけない気持ちを抱いているのかもしれないと、初めて思ったからだ。
私は人を好きになってはいけないような気がした。
勿論、私は成長すればするほど、自分の異常性を繰り返し、痛いほど、思い知らされる。
世間にひとり、置いてけぼりにされたような、そんな感覚を味わい続けている。
その時に感じた拭えない違和感と、自分の居場所ではない感覚が未だに拭えない。
今振り返れば、この時の感覚に今もまだ私は呪われていると思う。
あの日から今まで、誰かを好きになることを自分で自分に禁じてきた。
私が好きになるのは、いつも決まって男の人だからである。
男として生を受けて、男の体を授かった。
なのに、私の心だけは、女だった。
この歪みのせいで、誰とも親しくはなれず、親しくなりかけてもその先はない。
孤独だった。
結局グレーな私はグレーな場所でしか金も稼げない。
違法動画の編集と販売をしているこの会社でのアルバイトも、そうだ。
金は稼げても、そこで誰かと仲間になったり、友達になったりもしない。
グレーな環境の中でさえ、違和感を感じさせられる。
最近は自宅にいても、安心できなくなってきている。
誰かにずっと見られている感覚が拭えない。
ベランダで煙草を吸っている時も、洗濯物を干しているときも誰かに監視されているような気がする。
まさかこんな私がストーカーされるはずもない。
ついに被害妄想と強迫観念が実生活にまで及んできたのかとも思った。
だけどある朝、自分のゴミだけが漁られていることに気が付いてからは確信に変わった。
野良猫やカラスの仕業かもしれないとも思ったが、毎回自分のゴミだけが漁られているというのはおかしい。
古くなった下着を捨てていたら、その下着がゴミ袋の中から取り出され、玄関にガムテープで貼り付けられていたこともある。
嫌がらせをされている。家の中に居る時だけが安全で安息の時間だったというのに、それすらも脅かされている。
対価のために常連客と交わっている時でさえ、ふと思い出す。
“こいつが嫌がらせの犯人なのではないか”
罪もない裸の女たちの動画を更新している最中も、もしやこのうちの誰かに復讐されているのかもしれないなどと考え始めるようになった。
だが、冷静に考えると所詮アルバイトの私の住所を特定してわざわざ嫌がらせをするような人間がいるとは考えにくい。
アルバイト中、職場の人間と話をすることはない。
ただ淡々とパソコンに向かい、夥しい量の見ず知らずの女たちの裸体を眺めている。
やりがいも、達成感も、発見も楽しみもない。
一枚のCD-ROMを終えて、次のCD-ROMを入れる。
突然立ち上がるオーディオソフトにギョッとしつつも、好奇心が勝ってそのままにしている。
作業中つけっぱなしにしていたイヤホンから、喘ぎ声ではない新鮮な音が流れ込んでくる。
どうして紛れ込んだのか、どこかの誰かが歌っているCDだった。
私はそのCDをパソコンから取り出し、こっそりと鞄に忍ばせる。
どこにも行き場のない私を“それでもいいんだ”と言ってくれているような気がしたからだ。
自分から好きな人を作らなくなったと同時に、一切合切の嗜好を捨ててしまった私には好きな音楽も、映画も本もなかった。
まじめに音楽を聴くなどということが今までになかった私にとって、その音楽は不思議と一条の光のように思えたのだった。
自宅に帰ると、ポストに切手も表書きもない封筒が放り込まれている。
きっとまた嫌がらせに違いない。
もう最初の嫌がらせから2か月もの時が経っていた。
注意しながら封を開ける。
意外にも入っているのが一枚の便せんだけで拍子抜けしながらも便せんを広げる。
『ゴミ漁ったりしてごめん。でもお前が好きなんだ。頭からお前が離れない、わかってくれ。』
「卓也?」
簡素な文面の最後を締めくくる男の名前に覚えはない。
しかし頭が熱くなり、ショートしそうなほどの感激が私を殴った。
情けないほどにふらつきながら、便せんを片手に部屋に戻る。
自宅のパソコンに職場からこっそり持ち出してきたCDを入れる。
音楽が部屋に少しずつ広がる。
もう一度手紙を読み返す。
誰かが私を好きになっている。
誰かの頭を私が占有しているようだ。
情熱なのか劣情なのか、どちらかは分からない。
初めて知る、他人から伝わってくる湿り気を帯びた感情だった。
手紙の送り主に覚えはないとはいえ、私はただ単純にうれしかった。
嫌がらせだと怯えていた行為が、すべて私への好意の現れだったのだと思うと、途端に嫌悪感もなくなっていく。
私は手紙を胸に抱き、眠った。
ハッテン場に行き体を売るのはもうやめよう。
そして近いうちに違法動画の編集のアルバイトも辞めよう。
私をいいと言ってくれている人がいる、好きだと言って私のゴミまで漁る男がいる。
男の体で生まれてきて、そのせいで居場所を探し続けてきたけれど、私にはそういう男がいる。
アパートのゴミ集積所の最も目立つところにゴミを出す。
女物のランジェリーと、一枚のCDが半透明のゴミ袋から透けて見えるように、置いた。
私は生まれて初めて、ラブレターを出したのだった。