ヒカシューの妄想クリスマス、ライヴレポートの試み

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開場

 雨が降っていた。「筆を振れ、彼方くん」の歌詞を歌うと、連れからストップがかかった。野外フェスでの故事が思い出されて、口を噤んだ。そこに私はいなかったけれど。
 開場を待っている間に雨はやんできた。だいぶ時間が押してようやく入場が始まり、整理番号はあまり若くなかったけれど、なんとか最前列に空きを見つけることができた。DJの選曲を聴きながら気分を盛り上げていると、純ちゃんの曲がかかった。「バージンブルース」野坂昭如のカバーだった。それがこの曲のかかった理由だと思った。

開演

 ステージにはたくさんの楽器やマイクが並んでいた。舞台の最も外側にもマイクがあった。全体の音を拾うものだろうか。まだだいぶかかるだろうと思っていたら、ジーンズ姿の二人の男が現れて、楽器の前の少し幅のある空間に立った。このために、今夜は楽器が少し後ろ目にセットされていたのだった。一人は茶髪のかつらをかぶっていた。携帯電話で会話をする設定のコントが始まった。かもめんたるのコントが終わって、巻上さんが現れた。二人は、あんまり受けなかったみたいな発言をしたけれど、そうでもないと思った。控えめだけれど、ちゃんと笑いが継続的に起こっていたからだ。
 巻上さんはやがて朗読を始めた。あまり聞きなれない固有名詞や外国地名が並んだ。「知らない人が多いと思う」と、巻上さんは言ったけれど、私は毎週のようにラジオを聴いていたので、そのほとんどを理解することができた。巻上さんの紹介で、テニスコーツの二人が現れた。マンガみたいな髪型をした男のほうは、クラシックギターを抱えて座った。女性のほうは、シンセサイザーのような楽器の前に立った。手にはハープを小さくしたような弦楽器を持っていた。ときおり鍵盤ハーモニカも演奏した。ギターはリズムをキープし続けた。それに乗せて女声ヴォーカルが歌う。ときおり男声もコーラスをした。よく見ると、彼の前には二台のマイクが結わえ付けられたいた。下を向いたまま歌うので最初は録音かと思ったくらいだ。歌ははじめ繊細なフォークのようにも聞こえたけれど、音程を保ったままかすれたり飛び跳ねたりする、アヴァンギャルドな感じの歌い方だった。コーラスもハモるというよりもユニゾンだった。心地よい時間が続いた。二人がはけると休憩時間となった。

後半

 しばらくするとまだDJの選んだ曲が流れる中、メンバーが一人ずつ現れた。「たっぷりやります」と巻上さんが言った。そのとおりこのあと二時間近くの演奏が続いたのだった。
短めのインプロの後、一曲目は「マグマの隣」だった。そこから「静かなシャボテン」「テングリ返る」「イロハ模様」と最新アルバムの曲が続いた。「今年のベストアルバム」と、巻上さんが言った。
「次の曲何?」と、巻上さんが三田さんに聞いた。
「きょうはめずらしく譜面台があるね」
「曲順とか」
「いつもは決めないんだけれど」
「それでは、次はロックナンバー、『入念』」と三田さんがいい、佐藤さんがドラムをたたき出した。私たちは踊らずにはいられなかった。
 久しぶりに聴くイントロが始まり「うたえないうた」が始まった。これは筒井康隆の小説『残像に口紅を』を原作とした曲だと、個人的に思っている。ことばがどんどん失われていく物語だ。そのあとインプロが始まったかと思うと、かもめんたるのふたりが再登場した。「魂のクリーニング」のコントだった。さっきよりも笑いが起こっていた。ヒカシューのインプロをバックにコントをするなんて、なんて贅沢な!
 そしてテニスコーツが再登場して、二曲歌った。ふたりの演奏に、巻上さんがコーラスで加わり、メンバーがだんだん音を加えていく。どんな曲でもできるヒカシューというバンドの凄みを感じさせる時間だった。三田さんのギターだけちょっと浮いていたけれど、それもまた心地よい。
「気持ちよくなってしまった」と巻上さんが言う。「こんなにじっくりとやることはあまりないから。ヒカシューは忙しいし」
 さやさんが、いくつかの楽器を持って去った。一緒に持ってきたパンダのぬいぐるみが転がったままだ。ヒカシューだけになって『万感』のテーマ曲「なのかどうか」のあと、巻上さんが「あ、いま魂が入ってきた」と、さっきのコントを引っ張り、野坂昭如のモノマネを始めた。奇しくも追悼になった。「マリリン・モンロー・ノーリターン」だ。ここで仙葉さんが和装で現れて踊った。このひとはいくつなんだろうか。ものすごく若いし、スタイルもいい。でも「はなうたはじめ」のころ二十代だったはずだ。あれから数十年経っている。
「もうひとりのゲストをお呼びしましょう」と巻上さんが言うので、坂田さんか、あるいは三田さんコーナーかと思いきや、さっきの茶髪の若者が現れて、最初のコントで「自作の歌」と称して歌った曲を歌ったのだ。ヒカシューの演奏、巻上さんのコーラスで、そして相方がいつもの女装で現れる。ものすごく憎い演出である。巻上さんのプロデュース能力は際限がない。
「断片的なフレーズから、こんな曲を作ってもらって。最後にはメロディが違うって言われたし。俺の歌なのに」
 そしていよいよ三田さんコーナーだ。「荷が重い。私の歌なんですが、インストから始まるんです」
 しばらくインプロが続き、三田さんがギターでストロークを始める。「黄ばんだバンダナ」だ。この曲は、そもそも三田さんが勝手に弾き語りをし、みんながそれぞれインプロで併走するという自由度の高い曲なんだけれど、いつも以上に三田さんがむちゃくちゃだった。タイミングがいつも以上にずれているし、歌は下手だし、マイクに声が拾われないし。これぞものすげーだよな。なんでこんなに愉しいんだろう。唯一無二のヴォーカリストだ。見るに見かねたのか佐藤さんがちょっと合わせに入った。いつもはしないことだ。
 曲が終わって三田さんがしゃべっていると。巻上さんが「次の曲いけよ」
「え、ここは喋るコーナーじゃないの」
「ちがうよ。ここは、三田さんと佐藤さんが目を合わせてカウントするところだよ」
「あ、そうか」
 三田さんと佐藤さんが目を合わせてカウントし「うらごえ」が始まった。きょうはめずらしくセトリがあるのだ。
 そして坂田明がサックスとクラリネットを手に登場する。
「なんだっけ」と、坂田さんが訊く。
「ここはなにをやってもいいところです」アイパッドを見て「曲名が『坂田明』になってる」
 巻上さんはいつもアイパッドで歌詞を見ている。そこに今日はセトリも載っているらしい。坂田さんのサックスの演奏が始まり、メンバー全員でフリージャズだ。いつもは「インプロ」と言ってるけど、ここはぜひとも「フリージャズ」と言いたい。巻上さんはコルネットを吹き、清水さんはバスクラを吹く。つづいて「もしもしが」が巻上さんの「もしもし」と言うセリフで始まる。間髪置かずに坂田さんが「もしもし」と答える。ふだんは録音通りの構成で演奏するのだけれど、このあとも坂田さんがむちゃくちゃな合いの手を入れ続け、巻上さんが笑顔で応じる。
「地獄の沙汰も」(巻上さん)「金次第」(坂田さん)元の歌詞は「次第だと知る」
「はげーはげー」で緊張感が走る。そういえば、さっき三田さんが「安心してください。生えてます」とやっていた。「励ます所存」と落ちる。
「さっききたところで、リハもやってないのに、こんな演奏ができるのだからすごい」と巻上さんが言う。
 ハードなリズムをベースが叩き出し、やはりダンスナンバーの「ナルホド」が始まると、今度は仙葉さんがセクシーな衣装で現れて、椅子の上でアクロバティックなダンスを披露した。すごい。
「クリスマスライヴも今年で八回目になりました。これができたのもこの曲があったからです。サンタクロースが死ぬ歌です。一般的な風潮と相容れない人々の集まりがこれなんですよね」
 今年十三回忌だった野本さんの名前は発せられなかった。話さないことに重みがあるかのように。テニスコーツのさやさんが、コーラスで加わった。ヴォーカルよりも盛り上げ役のすごいノリのダンスを見せてくれた。純粋であることと前衛的であることは同義である。私たちも声を出した。
「ど・ど・どんな風に吊るせばいいのか」「て・て・天国を覗きに行きたい」
「もうあんまり時間がないけれど、長い曲が残っている。なるべく短くやろう」と巻上さんが言う。
「そうはいかない」と三田さんが応じる。
「それでは『ニョキニョキ生えてきた』」
 私は思わず呟いた。「長いよ」
 曲を短く終わらせるためだったかどうかわからないけれど、佐藤さんがいつもと違うアプローチのインプロを始めた。そこへ、三田さんのギターが絡みつく。清水さんのキーボードのソロも。
 ラストナンバーはいつものように「びろびろ」だ。仙葉さんがサンタ姿で現れる。
 みんなで「ピース」サインを突き出す。
 これを先途と盛り上がるのだ。仙葉さんがクリスマスプレゼントを配る。「チーズ」のところで写真を撮影する。ヒカシューのライヴはいつも撮影フリーだけれど、私はあまり撮影しない。でも、ここは撮影しなければいけないところだ。だって、巻上さんが促している。仙葉さんがポーズを取っている。

アンコール

 アンコールは「パイク」だった。巻上さんが「みんな出てきて、演奏したり踊ったりしてください」と、ゲストたちを呼んだ。坂田さんはクラリネットを持って現れた。さやさんは、さっき転がしたまま忘れていたパンダのぬいぐるみを拾い上げた。かもめんたるの二人も現れた。植野さんは客席にいたらしい。私の横を通って舞台によじ登った。楽器を持っていない。
 間奏でいつものように、巻上さんが中国拳法の操体を見せた。それを見た植野さんが回転しようとしてこけた。もしかしたら柔道の受身だったのかもしれない。「ごめんなさい」とさやさんが言った。こんなむちゃくちゃなセッションは初めてだ。坂田さんの前を通って、かもめんたるの二人も前に出る。ダンスがうまくいかないのを、見るに見かねた仙葉さんがセンターに現れて、振り付けをする。みんなが下手くそに真似をする。愉しい!
 終わりたくない至福の時間。巻上さんがふたたび操体を見せ、最後は三田さんがギターを振り回す。

 ヒカシュー:
巻上公一(ヴォーカル・テルミン・コルネット・口琴・篳篥・尺八)
三田超人(ギター・ヴォーカル)
坂出雅海(ベース・トーイ)
清水一登(キーボード・バスクラリネット)
佐藤正治(ドラムズ)
 ゲスト:
坂田明
テニスコーツ
仙葉由季
かもめんたる
 DJ:ななを
Decembre 23th 2015 @代官山UNIT

 写真は著者撮影による。

好きな小説・映画・音楽などについて、まとまった形で表現できればと思います。

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