20年前、バイト先の50がらみの男性店長がこう言った。
「社宅に二層式の洗濯機があったんだけどさ、蓋がないんだよね。もったいないけど捨てるしかなかったよ」
40代主婦パートのおばちゃんと、当時まだ10代だった私は、動きが止まった。
「店長…どうしてですか?」
店長はポカンである。
全自動洗濯機でしか洗濯をしたことがなかった店長は、二層式洗濯機が蓋なんかなくても洗濯出来ることを知らなかった。
お金に困っていない人が増え便利な世の中がどんどんと進むとこんなことが起きるのだな、と痛感した。
蓋がなくても大丈夫
便器にだって、蓋なんかなくても大丈夫なのである。
その代わりに背もたれっぽいモノが付いている。
蓋を上げても背もたれにはならない。
しかし、この背もたれっぽいモノを背もたれとして使用しようと思えば、なかなか後方に座らなければならない。
壁にはおしゃれな絵が飾ってある。
無機質なトイレの個室にパッと芸術の華やかさ。
ちょっと傾いているけど背後だから着席したら気にならない。
おしゃれな絵はとても身近な、そこの駅。
トイレの場所が絵でわかるほど。
非常ボタンは4ヵ国語表示。
SOSだけでこの4ヵ国の人々には十分通じる気がしないでもない。
詳細説明書
日本のウォシュレットは外国人にとても好評である。
しかしこのボタンだが、年々増えているように思う。
おしりひとつ洗うにも、これほどの要求があるという現れだろうか。
パワフルが力強く洗浄でき、マイルドは優しく洗浄。
それぞれに弱・中・強の水圧がある。
ということは、おしりマイルド強はおしりパワフル弱に匹敵するのではないだろうか。
それとも、弱・中・強は水圧ではなく水量のことだろうか。
このあたりをハッキリとさせておくために、リクシルお客様相談室を活用。
リクシルお客様相談室対応
「INAXセンサー大便器用100V電源壁リモコン、というリモコンに関して教えて欲しいことがあるんですが」
と切り出す。
画像を見ながらボタンの説明をして電話口の女性にリモコンのあたりをつけていただいたところで、このおしりマイルドの強がおしりパワフルの弱と一緒ということはないですかねぇと訊く。
ハキハキとした口調の女性の曰く、同じリモコンであっても商品によってはおしりマイルド強とおしりパワフル弱が一緒なのかそれとも何か違いがあるのかが一概には言えないそうで、調べるのは商品別との旨説明を受けた。それを踏まえてこう言われる。
「便器の蓋を上げていただいた所に品番がございますので、まずはそちらをお教え願えますか」
「いえいえ、私の家のトイレのハナシじゃなくて、このリモコンは公衆トイレで見たものなんです」
「この品番はどのようにお知りになったのでしょうか」
「ええっと…リモコンの部分を写真に撮っていて…それと似た画像をネットで見つけてそのページに飛んだら品番がそう書いてあったので…」
改めて口に出してみると、私はトイレの個室で何をやっているのだろうか。
「ちなみにですが、こちらの商品を公衆トイレで、ということですが、ご使用になられてあまり違いがわからなかった、といったことで疑問に思われたというようなことでしょうか」
こんな込み入った心情を質問されるとは思ってもいなかったので、しどろもどろになりながら答える。
「いやぁ…私…公衆トイレでウォシュレットを使うことはないんですけど…リモコンを見る度にボタンが増えてるなァと…ま…思いまして…自分が使って試すことは躊躇するので訊こうと思いまして…」
クレームではない。
クレームではなく単なる疑問なだけで、すぐに違いのあるなしかがわかるものと思っていたら、これがまさかの調べないとわからないとの回答である。
「あのー…このタイプのリモコンのどんな便器でもいいんです、私が使ったトイレのことではなくても…わかる範囲でいいんですけども…なにもコレに限定しなくても…」
しかし女性は同じ商品に思えるリモコンであってもそれぞれに水の出方には設定というものが違っている場合が多く、また、公衆トイレであれば公衆トイレ専用の、一般家庭のトイレとも企業用トイレとも違う規格の便器があるのだという。それを『パブリック商品』と呼ぶことまで女性は丁寧に教えてくれた。
水圧なんてどれも同じだと思っていて悪かった。
そんなに商品によって微妙な水の出方に設定が違っていたとは知らなくて悪かった。
そんなこととはつゆ知らず軽い気持ちでお客さま相談室に手軽に相談なんかしてしまい、私はどうかしていたんだと思う。
それなのにこんなことをわざわざ調べてくれるリクシルの人たちに心から謝りたい。
仕事を増やして本当に申しわけないと。
違いは水圧ではない
10分後や1時間後といった時間の約束は出来ないが私が電話で伝えた壁リモコンの外見だけで可能な限りおしりマイルド強とおしりパワフル弱の違いを調べて折り返すので営業時間の18時まで猶予が欲しいと、リクシルの電話口の女性が言うので、いいえそこまでしていただかなくても…とは言わずにこの際だから時間をかけて調べてもらうことにした。
営業時間を30分以上過ぎてかかってきた電話は、いかにもこの便器の洗浄システムを開発致しましたという年齢の男性の声で、物腰が大変に柔らかいという特徴があった。
「お問合せいただきました、おしりマイルド強とおしりパワフル弱の、水圧の違いについてでございますが」
トイレをテーマにしているとは言え、ええ大人がよってたかっておしりマイルドとおしりパワフルというワードをこれでもかと連呼する。
いいや、40歳の私は真面目だ。
そして最初に電話口に出た推定年齢45歳の女性だって真面目に答えてくれていた。
さらには今のこのそこそこいっているであろう男性だって、私以上に真面目であることは察せらるる。
しかし我々の論点はおしりマイルド強とおしりパワフル弱の違いに絞られており、このワードの連呼なくしては語れないのである。
「どちらも水圧は50となっておりまして、おしりマイルド強とおしりパワフル弱では同じということになり、水圧の違いはございません」
数字で見ると水圧はどちらも50ということだ。
男性は水圧の単位を言ったかもしれないが、雑音に掻き消されその単位を聞き取れなかった。
「一緒なんですねぇ…じゃぁおしりマイルド強でもおしりパワフル弱でも水圧は変わらない、てことですよね」
「そうなります」
「ほんならね?水圧以外の違いは何かありますの?」
「ええ。ノズルのほうにですね、穴が2つ空いているんですが、パワフルですと1つの穴から水が出て、マイルドだと2つの穴から出ますので、その違いがございます」
「へ?!そうなん?!」
私は男性の説明に驚いてタメグチになってしまった。
強いとはどうゆうことだろうか
私の認識ではパワフルのほうがよりパワフルに1つだけでなくなんと2つから水が出ている!ということになっていると思っていた。
「ちゅーことはね?マイルドとパワフルの違いって水量ってこと?」
「そうなります」
「でね?マイルドのほうが2つの穴から水出てんねんよね?」
「はい、そうです」
「ほなら、おしりパワフル弱よりもおしりマイルド強のほうが上やんね?」
「…え?」
「…ん?」
「ええーっと…おしりマイルド強…が…」
おしりマイルドとおしりパワフルを言い過ぎて、言いたい事がこんがらがってしまう二人。
恐るべしおしりパワー。
「マイルド、は2つの穴から水が出るんでしょ?」
「マイルド、は、2つの穴から水が、出ます。はい、出ます」
正解。
男性はとうとうリピートアフターミーでマルバツ方式に出る。
「パワフルが、1つ」
「パワフル、1つ。はい、そうです。パワフルが1つから出ます」
「マイルドとパワフルでは2つか1つかって違いがあるだけで、おしりマイルド強とおしりパワフル弱は水圧はどっちも一緒でしょ?」
「おしりマイルド強…おしりパワフル弱…はい、そうですね、一緒です」
「じゃぁ、2つの穴から水が出ているおしりマイルド強のほうが、水量は多いわけやから、結果的におしりパワフル弱よりもおしりマイルド強のほうが上ですよね?」
「おしりパワフル弱が1つで…おしりマイルド強2つ…そ、そうですね、はい。おしりマイルド強のほうが上です」
「うん、わかりました!」
少なくとも、この瞬間の納得度は男性よりも私のほうが高かったと思いたい。
要は、感じ方はアナタのおしり次第ということだ。
水圧は変わらない。
なのにマイルドとパワフルの別がある。
2つの穴から出ることにより勢いが分散されてしまい広範囲にチョロチョロだからマイルドなのだ。
ピンポイントにパワフルという意味なのだろう。
1つから出るよりも2つから出るほうを数として上と表現したが、水圧は一緒なのだからあとは総合的に判断してアナタのおしりが決めることである。
※全画像筆者撮影