「女性手帳」問題は解決したのか?

  by 宇井彩野  Tags :  

政府の少子化対策として、「少子化危機突破タスクフォース」の会議で配布が検討されていた「女性手帳」。多くの批判が集まり、「配布見送り」と多くのメディアが報道したが、「配布断念」「名称変更」などと、各媒体によって微妙にその内容が違っていた。

「女性手帳」は本当は、一体どうなったのだろうか?

 

議事録を読んでみる

内閣府のホームページの中に、概要ではあるが、少子化危機突破タスクフォースの議事録が掲載されているページが存在する(http://www8.cao.go.jp/shoushi/taskforce/)。
こちらで確認すると、「女性手帳」の案が最初に出てくるのは、第1回のタスクフォース後に行われた「妊娠・出産検討サブチーム(第1回)」の報告(※第2回議事次第資料3)。妊娠・出産の知識普及・啓発のために「リーフレットや母子手帳に類するものとして、例えば『女性手帳』(仮称)を配布することが効果的ではないか。」との記述がある。

これを受けて第2回のタスクフォースでは、女性のキャリアプランについてアドバイスするものとして、または妊娠に関する知識を普及するものとして、賛成する意見が議事概要に残されている。

さらに第3回の議事概要には、「サブチームのP4、5記載の手帳については、全ての委員が大変大事ではないかという認識であった。これは、妊娠について、自由度を阻害するという意味ではなく、基礎的な知識を伝えていくことは大事ではないかという議論があった。名称については、様々な意見があった。また、手帳の内容については、女性が結婚・妊娠だけでなく、その後の人生設計、ライフプランを考えやすいような内容にしてほしいというご意見があった。 」と記されている。

 

なぜそんなに「女性」?

手帳に関して抜き出した部分だけでも、「女性のキャリアプラン」「女性のライフプラン」などと、女性の人生に関わる話ばかりだが、さらにすべての議事概要を通して読んでみてもらうと、全編「女性」の問題を中心に話し合われていることが、よくわかるだろう。

はたして女性以外の、男性やその他の性別の人は、 女性に比べて少子化にあまり関係がないのだろうか?

もちろん答えはNOだ。子供を産み、育てることやそのための準備は、すべての性別の人が自分の人生の中のプランに取り入れること・取り入れないことも含めて考えていくことであり、「女性」だけがプランを持つべき、ということではない。

ましてや現在の日本では、シングルの女性が人工的な方法で妊娠・出産することも国内で認められていないのに、女性のプランにばかり言及するのはナンセンスだ。しかしこれらの議事を読むと、妊娠・出産に関わる「女性」のライフプランがまずあり、「男性」はそれを理解する・支えるという存在としてしか見られていないようである。

 

消えた?「手帳」案

さて、同タスクフォースのサイトに戻ると、5月28日に、第4回目の会議が行われたが、議事概要はまだ掲載されていない。しかし、同日の会議の中でのひとつの結論として、「『少子化危機突破』のための提案(案)」が、大臣に手交されたことが記され、提案の内容は全文公開されている。

この中では、第3回会議まではほぼ決まりかけていたように見えた「手帳」案についての記載が一切ない。「情報提供、啓発普及を図る」という表現にとどまり、具体的な方法は「情報提供・啓発普及のあり方に関する研究班」を設置し検討していく、としている。つまりは、具体策の考案を先延ばしにした、ということであろう。

手帳について何も触れられていず、具体策も先延ばしになったため、中止になったのか、ただ今回引っ込めただけなのかは判断がつかない。これを受けて「見送りになった」「断念した」「女性手帳の名称がなくなった」などとマスコミ各社が表現したのだと考えると、報道内容のブレにも合点がいく。

 

「『少子化危機突破』のための提案(案)」の問題点

ただの先延ばしの可能性も大いにある、という点も油断できないところではあるが、それ以前に同提案の内容自体に、かなりの問題点が散見する。

 

「緊急対策の柱―三本の矢」とは

同提案では、「少子化危機突破のための緊急対策」として、

①子育て支援 ②働き方改革 ③結婚・妊娠・出産支援

を「三本の矢」と称し推進すると書かれている。

そして結婚・妊娠・出産・育児の「切れ目ない支援」を進めるという。

先々の支援制度に自動的に移行できる仕組みはたしかにあった方が良いが、結婚がここに含まれることで、既婚カップルが産まない選択をすることへの圧力や、婚外子差別につながりはしないだろうか。

結婚・妊娠・出産支援の内容

上記を確認するためにも、この支援の内容を見てみよう。

まず書かれているのは、経済や雇用に関する支援。具体性には欠けるが、方向性としては悪くはない。

次に地域や職場での取り組みを推進するものとして書かれている「全国レベルでの結婚・妊娠・出産支援に関する情報共有」「先進的な事例等に対する表彰」というのは、どういうことを示すのか不明だ。

続いて、「中学生及び高校生等が乳幼児と出会い、ふれあう機会の推進や地域の青年活動の促進等を図る」。 これが「結婚・妊娠・出産支援」になる、というのはどういう理解なのだろうか。教育の一環としては、安全に配慮してやるならばけして悪いことではないが、それによって「結婚・妊娠・出産」につなげようという意図があるのならば、話は全く違ってくる。「個人の自由な選択が最優先される」とは言いつつも、多様な生き方の中で「やはり産み育てるのが一番良い生き方のコースだ」という啓蒙をしようとしているように、どうしても見えてしまう。

その裏付けのように提案の後半には、「結婚や子育てについては、大変なものであるというイメージが先行しがちであるが、家族を持つことの素晴らしさ等についても、『家族の日』『家族の週間』等を通して積極的に周知を図る」との記載もある。

続く箇所では、情報提供・啓発普及について書かれている。そこで「女性及び男性を対象にした多様な情報提供の充実を図る」という表現が用いられている。あれだけ「少子化の問題を女性にばかり負わせるな」という批判を受けて、「女性だけに」という意図ではない方向にしようとした結果が、まだ「女性及び男性」という表記なのか、と頭を抱えざるをえない。男性はあくまでサブという位置づけなのか。そして女性や男性ではない性別・セクシュアリティの人の存在は無視されている。

その後に続く相談や産後ケア、小児医療や不妊治療の強化については、内容はともかく強化自体の必要性はあるだろう。

 

「女性及び男性」

「女性及び男性」という表記は象徴的だが、その考えは同提案の各所に見受けられる。

性差別にならないよう意識してか、「男女が」という表記も多いが、男女以外のカップルで子育てをしたいと思っている人や、男性にも女性にも当てはまらない人にとっては、それも性差別的な表現になることに、おそらく全く気づいてはいないのだろう。

「女性が子育てをしながら活躍して働くことができる環境整備」をうたいながら、「男性の働き方の見直しや意識改革も進めていく」。女性は「子育てをしながら働く」、男性は 「働きながら子育てもする」、というイメージなのだろうか。これで男女平等のつもりなのか。

産後ケアについての箇所では、「悩みや孤立からもたらされる育児不安等」や「児童虐待の問題」の対処策として、 産院退院後の「母子」に早期に接触し支援につなげるという。またケアの内容として、シニア世代の「祖父母力」(これが何を示すのかは謎である)を活用して「母親の話し相手や一緒に外出するなどの支援を行う『産後パートナー事業』」を導入するという。
「祖父母」まで出てくるのに、なぜこんなにも「父親」がいないのか。当事者としてだけでなく、支援者としてすら存在しない。

同提案では、経済面での支援や労働状況の問題の解決、相談窓口の充実などについても、少子化危機突破タスクフォースに参加した有識者たちが真剣に話し合ったことは窺える。

しかし、「子供を持つことの当事者は基本的に女性で、しかし男性も関わらなければいけない」とでもいうような、前提のイメージが完全に間違っている。そして、「個人の選択を最優先するが、家族を持つことの素晴らしさは周知する」などというのは、ダブルバインドでしかない。

個人の選択を本当に最優先するというのならば、少子化対策という国の人口政策は、ひたすら産み育てやすい環境を整えていくしか方法はないのではないか。その環境が万全に整ったうえで、それでも少子化が進んだとしても、それ以上のことをすれば人権侵害にあたる。人口を増やそうという政策自体、全体主義的な危険性をはらんでいる。そこに啓蒙を挟んでしまったら、その時点で全体主義政策にならざるをえない。

そして、この提案の中で性的少数者は完全に無視されている。作成者たちはこれで気遣ったつもりなのかもしれないが、この内容では、完全無視している、と断言するしかない。

 

まだ終わっていない 「女性手帳」問題

提案から「女性手帳」の文字は消えたが、多くの人が怒りを覚えた「女性手帳」の背景にある意識は、全く変わっていない。また、設置されるという「情報提供・啓発普及のあり方に関する研究班」によってまた、「手帳」やその類似案が浮上する可能性も、提案を読む限りでは大きいと考えられる。

 

「反女性手帳デモ」開催

「女性手帳」及び同提案に抗議し、問題意識を広めるためのデモが、6月9日(日)吉祥寺駅周辺にて午後1時から開催される。
詳細情報は公式Facebookにて告知している。

https://www.facebook.com/hanjoseitechou

上記ページにて、デモ準備会は、「今後も『女性手帳』の配布を阻止し続けたい」と声明を出している。

ぜひこの機会に、それぞれの立場からの抗議の声を発してほしい。

大人のための性教育文芸誌「みんなの性」シリーズ編集長。ガールズ・ラブを愛する百合人のための総合誌「百合人―ユリスト―」発行の百合人企画代表。 レズビアンアイドルユニット「リリィ・マイノリティ」としても活動中。 女性アイドルと魔法少女・女児向けアニメをこよなく愛する大きいお友達。

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