ケンケン(林健一)さんに初めて会ったのは、もう8年も前のことだ。
新宿二丁目のBarで、ふと耳にしたケンケンさんのデビュー曲『やった!やった!サンバ』に興味を惹かれ、「ぜひこの曲を歌っている人に会ってみたい」と思ったのがきっかけだった。
その願いはほどなく実現した。というのも、ケンケンさんは、新宿ゴールデン街のSnack「夜間飛行」で、毎週日曜の夜、カウンターに入っていたのだ。
日曜の夜というのは、とかく憂鬱なものだ。
「笑点」や「サザエさん」といった、日曜夜に放送されるテレビを見ると、楽しい半面、「明日から仕事か」と気分が重くなるというのは、誰しも経験のあることだろう。
そんな日曜の夜に、夜間飛行には実にさまざまな人が集まってくる。
性別も年齢もバラバラながら、そこにいるのは、お酒を愛し、人との語らいを愛し、そしてなによりケンケンさんの人柄に惹かれたお客さんたちだ。そんな人たちの中で、毎週にぎやかなひとときを過ごしている。
もちろん、時には、ケンケンさんの歌声も聴くことができる。
私も、そんな酒場に通い続け、ケンケンさんの歌と人柄に触れてきた一人だ。
8月26日、ケンケンさんのワンマンライブが開催された。
実は、元々このライブは、2年ほど前に企画されていたものだった。コロナの影響や、ケンケンさん自身が体調を崩してしまったこともあって、今回の開催となった。ファンにとっては待ちに待った、そして、ケンケンさんにとっては、まさに「復活」となる日なのだ。
もちろん、私も参加したので、レポートする。
「好きな歌」を集めた第1部
会場となったライブハウス、早稲田RiNenには、沢山の人が集まり、ライブの始まりを待っていた。
客席を見渡すと、夜間飛行でのおなじみのお客さんの顔が多い。久しぶりに会う人、いつも会っている人、それぞれいるのだろうが、楽しそうに挨拶や言葉を交わしている。
私も、酒場にいる時のように、ビールを飲みながら、開演を待った。
そうこうしているうちに定刻の17時となり、ライブが始まる。
まずは、今回ピアノ伴奏を担当する菊池麻由さんが登場。そのピアノの調べに乗って、いよいよケンケンさんがステージに上がる。
衣装は、黒の上下、長く伸ばしていた髪は、肩のあたりで切りそろえられ(ライブにあたり美容院でカットしたとのこと)、アーティスト然とした雰囲気をたたえている。
客席に向かって一礼すると、挨拶と自己紹介。ケンケンさんは年齢非公表ながら、昨日無事誕生日を迎えたとのことだ。
そして始まる音楽。
1曲目は何かとドキドキする。情熱的なピアノのイントロで始まったのは、『やった!やった!サンバ』のバラードバージョン。意外な始まりに驚いていると、やがて曲は内藤やす子の『想い出ぼろぼろ』へと繋がる。
そう、今回のライブには、「私の好きな歌、今唄いたい歌」というサブタイトルがついている。
内藤やす子は、ケンケンさんの大好きな歌手の一人だ。タイトル通りの選曲に納得しながら、耳を傾けた。
続いての曲では、ケンケンさんが両手を広げ、天を仰ぐポーズを見せる。
その姿に見入っていると、西城秀樹の『傷だらけのローラ』が始まる。
もちろん、西城秀樹もケンケンさんの愛する歌手である。秀樹を好きな気持を炸裂させるかのように、思いを込め、熱唱する。ラストは、天を突き上げるポーズでフィニッシュとなった。
続いての、浜圭介『おんな道』では、客席に降りたり、ステージに座り込んだりしながら歌う。あの頃の歌手のステージを思わせる演出だ。
曲にまつわるエピソードなどの話も交えながら、その後も、ケンケンさんの好きな歌手の曲は続く。
まずは、ちあきなおみの『夕焼け』。これは、河島英五がちあきに提供した楽曲だ。
ケンケンさんは、思い出を噛みしめるように歌う。
ここに集まった人たちは、みんな違う人生を歩んできたはずなのに、どこか同じ郷愁に身を委ねているようだ。それはきっと、曲の力であり、ケンケンさんの歌の力なのであろう。
続いての曲では、椅子に座っての歌唱。中島みゆきの『狼になりたい』。
夜明け近くの牛丼屋の情景を描いたこの歌。ケンケンさんの座っている椅子が、牛丼屋のカウンターの椅子に見えてくる。景色が見えてくるような思いで聴いた。
そして曲調が変わり、ちあきなおみの『夜へ急ぐ人』。
この曲は、シンガーソングライターの友川かずきが作ったもの。ちあき自身、情念を振り絞るような歌い方が話題になったが、ケンケンさんも負けてはいない。サビの「♪おいでおいで」という部分では、見るものを引き込ませるような怖ささえ感じる歌唱だった。
ここまで聴いてきて、菊池麻由さんの情熱的なピアノと相まって、音楽の渦に巻き込まれているような感覚を覚えた。
その情熱が冷めやらぬ中、続いたのは、日本でも多くの歌手にカバーされているシャンソンの名曲『愛の讃歌』。
「♪貴方が言うなら 盗みもしよう 人も殺そう」-狂おしいまでの愛の姿を、美しく、情熱的に歌う。
客席がその大きな愛で満たされたまま、ここで1部が終了。10分間の休憩に入る。
第2部では、オリジナル曲を多く披露
休憩の後の第2部で、ケンケンさんは衣装チェンジ。スパンコールのたくさんついたシャツに着替え、きらびやかな姿となった。
2部の1曲目は、渡辺真知子の『唇よ、熱く君を語れ』。
テンポの良いピアノのイントロに、会場が一気に明るい空気に変わる。
もちろん、渡辺真知子もケンケンさんが大好きと言い続けている歌手の一人。ピアノのリズムに合わせて、会場は大きな手拍子に包まれた。
さて、ここからは、ちょっと趣向を変えて、ケンケンさんのオリジナル曲が続けて披露される。
まずは、3人組音楽ユニット「フレスプ」で活動するソングライター、石上嵩大さんによる楽曲。『六十にして耳従わず』と『日記の中に』を続けて歌う。石上さんの曲には、「石上節」とでもいうような、特徴的なメロディがあるのだが、そのあたりに苦戦しながら、思い出の曲を歌った。
石上さんの曲に続いては、シンガーソングライターの町あかりさんが手掛けた、『ねぇ閑古鳥』だ。
この曲は、コロナで「夜間飛行」の通常営業ができなかった時に作られ、配信営業の中でいつもかかっていた曲だ。
休業していたのは、トータルでは一年近くだったろうか。ケンケンさんや、お店の常連さんと会えない期間は、私も寂しかった。この曲を聴きながら、その頃のことを思い出し、今のようにお店でもライブでも、みんなと会うことができるのは幸せだと、改めて実感した。
続くオリジナル曲は、デビュー曲『やった!やった!サンバ』のカップリングになっている『やってくれないホテル』。
しっとりとした、寂しさをたたえた名曲だ。
「♪夜には星が流れて」-そんな歌詞が聞こえてくると、ケンケンさんの衣装のスパンコールが、星のような輝いて見えた。
続いては、ケンケンさん自らが作詞・作曲した曲、『狂い咲き』を披露する。
まさにド演歌の王道を行くこの曲、今回は、「夜間飛行」のオーナーであり、歌手のギャランティーク和恵さんがアレンジを担当したとのこと。
間奏では、ステージを走り回ったり、小芝居を入れたりと、趣向を凝らして、観客を楽しませる。
狙いは成功したようで、客席からは、大きな歓声が上がっていた。
次は、新宿ゴールデン街のお店「ソワレ」のオーナーであり、自身もシャンソン歌手として活動するソワレさんによる楽曲、『行ったり来たりカンツォーネ』。こちらは、一転して、ノリの良い一曲。
続いてもソワレさんがケンケンさんに提供した曲、『あんば人生』。
この曲は、ケンケンさんにとって、初めてのオリジナル曲であったという。
思い出の歌を続けて歌いながら、やがて今回のライブも終盤が近づいてくる。
『あんば人生』が終わったところで、ケンケンさんが、客席に向かって挨拶をする。
「今回、これだけのお客さんが来てくれたのが嬉しい」感謝の言葉を述べて、最後の曲へ。ビートたけしの『浅草キッド』。
歌う前、この曲にある「♪客が2人の演芸場で」という歌詞に、「自分もそんなことがあった」と話していたのが印象的だった。
そんな曲を歌い上げて本編は終了。
もちろん、客席からはアンコールの拍手が上がる。
再び登場したケンケンさんが、話し始める。
この3年間、いろいろなことがあったこと、亡くなった三遊亭円楽さんの、「みっともなくてもいいから死ぬまで落語をする」と言うのを見て、自分も死ぬまで歌おうと決意したこと、そんなことを話しながら、思いがあふれたのか、ケンケンさんの目にも涙が浮かぶ。
「来年もやってもいいかな」そうつぶやきながら、歌い出す。玉置浩二の『メロディ』。
歌が終わったところで、今後の予定。ここでも念を押すように。「来年またやります!」と宣言。
コロナは終息しつつある。ケンケンさんも、集まった人たちも、また来年。確かな約束だ。
そして、ラストはもちろん、『やった!やった!サンバ』。
コーラスの部分では、今まで聞いたことがないほど大きな「ラララララ!」「やった!やった!やった!」という掛け声が客席から上がった。
会場が一つとなって、最後の歌を歌って、誰もが満足してこのライブは終わった。
最後は、ケンケンさんが、全員と握手してお見送り。
最後まで、人と人との繋がりの大切さを感じさせるライブだった。
今日ここに集まったのはは、もちろんケンケンさんの歌を愛する人たちである。でも、それと同時に、ケンケンさんの人間としての魅力にも惹かれた人たちであると思う。
今回は、ネットでもライブ配信され、遠方の人など、多くの人がリアルタイムで視聴していた。
きっと距離を超えても、ケンケンさんの魅力が伝わったことだろう。
今回のライブでケンケンさんは、実に幅広いジャンルの曲を歌った。
世界の美しさを歌った歌、人間の醜さを歌った歌。どんな歌であっても、間違いなくケンケンさんの歌になっている。それはきっと、清濁併せ呑んだ生き方をしてきたケンケンさんだから表現できる世界なのであろう。
何百曲、何千曲と聴いてきた人生と、これまでの経験を積み重ねて生み出される魂の歌声。それこそがケンケンさんの魅力なのだ。
ライブ会場を出て、それぞれの帰路についたけれど、きっとまた近いうちにケンケンさんに会いにいくことになる。
一度ステージに上がれば、一人のアーティストだが、ステージを降りれば、身近なケンケンさんになるのだ。
少しつらいこともある日常があって、それを忘れて盛り上がるハレの日がある。ケンケンさんは、少し不器用に、そんな日常を、好きなことに邁進しているのだと思う。
ケンケンさんは年齢非公表だけど、私よりいくばくか年長ではある。
自分が生きていく未来に、希望ばかりがないことは承知している。しかし、多少器用ではなかったにせよ、思いとこだわりを持って日々を積み重ねた先に、こんな素敵な瞬間が待っているのなら、これからも頑張っていけそうな気がする。そんなことを思わされた、ひと時だった。
◆ケンケンtwitter:@takehanamituru
※画像はライブのチラシより