ルールなんてお構いなし!チャイナタウンの強者たちよ

  by あおぞら  Tags :  

定期的にチャイナタウンに行くのは、中華系スーパーに行くことと、街が雑多で面白いこともある。

↑写真はバワリー(Bowery)と呼ばれる地区で、チャイナタウンはこちらの南に位置する。チャイナタウンの手前あたりのローワー・イースト・サイドのバワリーは今でもホームレスが、しかも柄の悪めの人たちがたむろしているが、以前は相当治安が悪く薬物使用者が多くいる地域だった。

バワリーの環境改善の大きなきっかけは、ニューミュージアムが建設されたことで、それにより地価も上がり、高級志向のスーパーのホールフーズが出来たり、コンドミニアムが建ったりと変化していった。もともと、ローワー・イースト・サイドはグラフィティ・アーティストであるジャン=ミシェル・バスキアがこの地域を拠点としていたので、芸術に関する要素のある街なのかもしれない。今ではコンテンポラリー・アートが集まる街となり、街の壁画やシャッターにもコンテンポラリーの絵が目立つ。

さて、そのアーティスティックなローワー・イースト・サイドを過ぎると、そこはもうアメリカではないようなチャイナタウン。いきなり街ゆく人たちの顔が変わり、特に年齢の高い人達が多くなる。

この春、新型コロナウイルス感染でニューヨーク市長や州知事からテレビを通じて注意喚起され、ニューヨーカーは皆、引き籠もり状態になった。唯一の外出は生命線を繋ぐ食料買い出し。このチャイナタウンのスーパーは1時間近く待つことになった。寒い中、外で行列に並んで野菜を買う、なんだか侘しい気持ちになったモノだ。

しかし、今ではそのスーパーは特に日曜日は人が多すぎで、買い物かごがぶつかり合う状態。アメリカに住む中国人はタフである。これはアメリカに住む日本人も同じくタフである。祖国を離れてアメリカで生活するには、それなりの根性が必要のようで、強くならなければ生きていけないのかもしれない。ただ、中国人の強さは、ある意味無作法的な強さがある。

チャイナタウンに行くと必ず買うものは茄子。一般的なアメリカのスーパーで売られている茄子は大きすぎて料理の仕方がわからない。その点、チャイナタウンには日本で売られているサイズがある。その茄子売り場は混みあっていて、前の人がいなくなってから茄子を選ぼうと待っていると、後ろから買い物かごを当てながら割り込み、そして手が伸びてくる。これがまさしくチャイナタウン!人を順番で待つことなんてしないのだ。

もやし売り場には山ほどもやしが積まれており、トングで欲しいだけビニール袋に入れるのだが、以前、オカシナ光景を目にした。目の前のもやしを買おうとしている人が、なかなかそこを離れない。もやしなんてトングで挟んですぐ袋に入れれば次の人の番になるでしょう…ってものだが、後ろで待たされる身は時間が長く感じる。あまりにも長く感じるので後ろから体をひねって様子を見てみた。中国女性は一生懸命、素手で、もう一回、素手でもやしを混ぜていた。もやしはいたみやすい野菜だ。そのおぞましい姿を見て、即その場を去った….. そんなもやしなんていらない。

スーパーで信じられない行動をとるのは女性だが、↑写真のバワリーで、昨日、初めて大人の立ちションを見た。日曜の正午、そのあたりは露天商の多い場所で、主に果物や野菜が売られているのだが、中年の男性がビルに向かって立っている。視界に入るが取り立て気にしないが、ジョロジョロと音がし始めたので、そういうことをしていることを知る。

ただ、チャイナタウンで幼児に立ちションをさせているのは見たことがある。ここらへんの感覚、日本人にはわからないし、アメリカ人にもわからないだろう。チャイナタウンはゴミが多いし、ゴミ箱があっても平気でそこらへんにゴミを捨てる。そして、レジ袋が廃止になったからか、スーパーで中国人女性のビニール袋を調達する音が凄い!ビニール袋の芯がカタカタ回る音が、ビニール袋が置かれている場所では、まるで機械工場のようにしていた。

まぁ、これもニューヨークの風物詩なのだ。オシャレなスーパーで気取って買い物する人ような人はここにはいない。本当の人間の姿がそこにあるような気がする。チャイナタウン一角だけを見ていたら、そこがニューヨークであることを忘れてしまいそうな異空間がそこにある。

画像: from flickr
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