豊かな歴史遺産と山海の自然に恵まれ、近年サーフィンやダイビングのスポットとして注目度を高めている徳島県南部。特にその中心地とも言うべき美波町日和佐地区は都市圏からのUターン、Iターンも活発で、過疎にあえぐ他地域とは違った新たなムーブメントを巻き起こしているらしい。今回、地域ローカルの文化やグルメを愛してやまない中将タカノリがその実像に迫った。
大阪市内から美波町へはバスで4時間ほど。神戸の舞子から明石海峡大橋を渡り、淡路島や鳴門、徳島市などを経由するコースだ。スマホをいじりながら時たま景色を横目に眺めているとそれほど長くは感じなかった。
美波町でもっとも繁華なのが四国八十八箇所霊場の第二十三番札所、薬王寺の門前町として、また遠洋漁業の一大拠点として栄えた日和佐地区。薬王寺周辺から海岸線まで日和佐川の両岸に昭和の趣きを残した街並みが広がっている。
バスを降りてまず向かったのは『阿波尾鶏中華そば 藍庵』。
東京都板橋区で人気ラーメン店『Morris』を経営するオーナーが2018年8月にオープンしたばかりで地元では話題のお店らしい。
僕がいただいたのは特製中華そばと親子丼のセット。
徳島のラーメンと言えば濃厚で甘みの強いものが有名だが、こちらのものは非常にあっさりした淡麗なテイストだ。なつめ、高麗人参、しょうがなど薬膳をあしらったスープは香りも良く、細く歯ごたえのある自家製麺とよくマッチしている。聞けば、無化調で、ダシを取る阿波尾鶏をはじめ醤油、ネギ、なるとまでなるべく品質の良い地元の食材を利用しているらしい。親子丼も直球ストライクの優しい味わい。毎日食べられる日常食としての美味しさを感じた。
(松田オーナー)「これまでずっと東京でやってきたので初めは立地の不安もありました。でも今のところ幸い大勢のお客さんにお越しいただいてます。この前はツーリングのお客さんが20台くらいバイク店前に停めて入ってきたからびっくりして。東京にはない醍醐味ですね。
今は僕が東京と日和佐を往復しながら店頭に立ってますが、ゆくゆくは地元のスタッフだけで回してゆけるお店にしたいです。」
オーナーはユーモラスかつエネルギッシュなキャラクターで、パートのスタッフたちとも和気あいあいとした良い関係性を築いていた。
ラーメンも美味しかったが、古い街にさわやかな新風を吹かせられるその人柄にも美味しさを感じた。
『阿波尾鶏中華そば 藍庵』
【TEL】0884-70-1590
【所在地】徳島県海部郡美波町奥河内寺前229-1
【営業時間】火~金11:00~15:00、17:00~19:00 土、日11:00~19:00
【定休日】毎週月曜日
藍庵を出て1分ほど歩いたところに『at Teramae』というギャラリーカフェがある。
グラフィックデザイナー出身の3人の現役アーティストが2018年4月にオープンしたスペースだ。
お遍路さん向けの宿だった築百年近い家屋を自分たちの手でリノベーションした和風モダンなたたずまいで、”自分たちの仕事の打ち合わせもできるコーヒースタンド”をテーマにしているらしい。総じてお洒落。
こちらではホットコーヒーと貴重な阿波尾鶏の卵と徳島名産のすだちを使用したプリンをいただいた。ひいて1週間以内の豆をオリジナルブレンドしたというコーヒーはなかなかイケる。ほんのり甘酸っぱいプリンも徳島の香りを感じて乙なものだ。
Teramaeの客層は20代から60代までまんべんなく。平日はほとんどが地元の人だが、週末は徳島県北部や県外から来る人も増えているということ。一見ひなびた日和佐の街に、こんなふうに洗練されてトンガったカルチャーの拠点があり、かつ地元の人々からも愛されているというのはなんとも面白い。
『at Teramae』
【TEL】0884-70-1557
【所在地】徳島県海部郡美波町奥河内字寺前179-1
【営業時間】10:00~18:00
【定休日】火曜日
今回、日和佐に来た目的の一つにタカアシガニがある。タカアシガニは日本近海の深海に生息し、体長4m近くにもなる世界最大のカニ。これまではたまたま網にかかったら食べるくらいだったらしいが、近年になって地元飲食店が食材として積極的に扱うようになり注目されているらしい。
まずは日和佐町漁協を見学させてもらいこの日揚がったばかりのタカアシガニとご対面。
特別に持ち上げさせてもらえたがさすがに重くて自分まで顔が赤くなった。漁長さん曰く、日本広しといえどダイビングで見て楽しめて、かつ食べて楽しめる土地は美波町くらいのものらしい。身がしまりカニ味噌も増える冬から5月半ばくらいまで……まさに今が旬とのこと。今までたわむれていた相手ではあるが旬と聞くとなんとも食欲がわくではないか。
タカアシガニを料理していただいたのは”タケちゃん”と呼ばれる腕きき料理人がオーナーで、地元の人から観光客まで広く愛されている『居酒屋つくし』。
茹でたもの、カニ味噌の甲羅焼き、炊き込みご飯とオーソドックスなお料理でいただいたが、どれも一般的なカニ料理とは一線を画した味わいで楽しい。
身はやや淡白だが香りが良く、しっとりしていて上品な舌触り。エビっぽいテイストも感じる。特に炊き込みご飯にすると香りがよく米に移って絶品だった。味噌は水気が多く調理が難しいらしいが、酒やチーズを入れ丁寧に仕上げられていた。口にふくむと何とも言えない芳香が広がる。お酒のアテとしてももちろん、炊き込みご飯に少しあえてみても最高!タカアシガニのポテンシャルを余すところなく満喫することができた。
つくしでは他にも伊勢海老、うちわえび、あわびにサザエ、タコと日和佐の海の恵みをこれでもかと言うほどいただいた。
竜宮城かよ。また”漁師町ほど地元民は肉料理を好む”ということでオーナーに出していただいた人気メニューの『彩どりチキンカツ』もジューシーかつワイルドで本当に美味しかった。
『居酒屋つくし』
【TEL】0884-77-2517
【所在地】徳島県海部郡美波町奥河内弁才天1-9
【営業時間】月~日 17:30~24:00
【定休日】水曜日
※タカアシガニ料理をご希望の場合は事前にお問合せ下さい
つくしでさんざん美酒美食にふけった後、宿への帰途で誰からともなく「もう一件……行きますか」の声。2次回の予定はまったくなかったのだがスタッフのみなさんとたまたま目についた『初ちゃん』の暖簾をくぐった。
明るくよく整理された店内には常連さんが3人。本来もう仕舞いがけの時間だったこともあり、ママはいきなりの大人数に一瞬驚かれたようだがすぐに笑顔にもどり僕たちをテーブル席に案内してくれた。
気さくなママや常連さんと談笑しながらビールをつぎあい合鴨のつくねをほおばる。
焼き鳥も美味いが地元のみなさんとの交流も楽しい。特に印象に残ったのがママの”初ちゃん”。僕の事務所がある上本町の地名を出すと「まあ懐かしい」と話がはずんで身の上話をしてくれた。初ちゃんは御年83歳。大阪の大国町出身だが太平洋戦争の空襲で焼き出され親の地元だった徳島に来たらしい。いろいろと苦労もし、18歳から結婚もせず休まず働き日和佐のこの店を手に入れた。その笑顔にはいくつかのおしわが刻まれているが、それぞれがこれまで彼女が生きてきた軌跡なのだろう。なんとも味のある可愛らしいお顔だった。
『初ちゃん』
【TEL】0884-77-1767
【所在地】徳島県海部郡美波町奥河内寺前字187-1
【営業時間】不明~23時
【定休日】不明
丸一日かけて飲み食べ歩いた美波町日和佐地区。”田舎”と言われる地域に行く機会は多いが、中でもこの日和佐は街としての空気を濃厚に感じた。ムラではなく街。ひなびてはいるがかつての繁栄の名残で家屋や商店、飲食店はだいたい歩いて回れるほど密集しており人々の気性もお洒落で開放的なのだ。
飲食に関しては紹介した通りレベルが高いし、日付が変わるくらいまでお酒を楽しめるお店もいくつかある。観光を楽しみたい人にとっては薬王寺や市街地の街並みなんて最高だろうし、ダイビングやサーフィン、クルージングと言ったマリンスポーツも楽しめる。
近年、この街が再生の兆しを見せている理由がなんだかわかってくる気がした。
『2日目』の記事ではそのあたりにも言及していきたい。
(2日目の記事はこちらから 『徳島南部グルメ旅2日目! ウミガメを抱きつつジビエ・ダムカレーを破壊する』)
なおこの日、宿泊させていただいたのはフランス出身彫刻家のボーデ・ジャン・ フィリップさんがオーナーの民宿『お宿日和佐』。
16代続いた回旋問屋だったという大正、明治時代の豪奢な建築とアートの融合を楽しむことができる素敵空間だった。
『お宿日和佐』
【TEL】0884-70-1242
【所在地】徳島県海部郡美波町奧河内字本村148-1
【受付時間】午前10時〜午後9時