波乱万丈の末、意外な結婚をした美女のその後
兄の死後一家の跡を継いだ紅梅と、薄幸の少女時代から一転、安定した再婚生活を送りながらも、好き者の匂宮のターゲットになった娘を案じる真木柱。今回はこの夫婦とも縁深い、玉鬘の物語です。
紅梅と同じく頭の中将の子として生まれながらも、母の夕顔が急死したために遥か遠い九州で育った玉鬘。波乱万丈の果てに源氏に引き取られ、危ない関係を迫られながらも、婚活プロデュースにより柏木(紅梅の兄・薫の実父)、髭黒(真木柱の父)、蛍宮(真木柱の前夫)らを魅了。
とうとう当時の冷泉帝まで彼女の獲得に乗り出しますが、結局ダークホースと見られていた髭黒が強引に彼女を奪い結婚。正妻だった真木柱の母は別居・離婚を余儀なくされました。
風流とは無縁、無骨で面白みのない髭黒を嫌っていた玉鬘ですが、その後は新たな正妻として家内を取り仕切り、3男2女の子宝にも恵まれました。
突然の夫の死!女手ひとつで5人の子育て
髭黒は5人の子どもたちを大切にしていましたが、なんといっても期待の星はふたりの娘。今上帝とは伯父-甥の関係のため、大きくなれば後宮入りさせてゆくゆくは一族の栄華をと、成長を待ち遠しく思っていました。
ところがその夢も虚しく髭黒は急死。玉鬘は突然シングルマザーになってしまったのです。
身内といえば、紅梅をはじめとする頭の中将一族ですが、髭黒が社交ベタだったせいもあり特に親しい付き合いはナシ。かえって養父の源氏一族は、玉鬘を自分の娘として扱い遺言もしたため、夕霧や薫は今でも彼女を「姉」として、時々は様子を見に行っています。
こうして経済的にはなんの問題もないものの、大黒柱を失った邸は少しずつ使用人が減っていき、その中で玉鬘はなんとか子どもたちを成人させます。
夫の遺言か若き日の見果てぬ夢か? 娘の将来に悩む母
成人した息子たちについては(亡き夫がいてくれたらもうちょっと……)と思わなくもありませんが、おいおいなんとかなりそう。それよりも玉鬘の悩みは娘たちの今後でした。
髭黒はよくよく「臣下の妻にしてはならぬ」と言いおいたので、貴族同士の縁組は考えていません。髭黒の甥にあたる帝からも「そろそろお年頃になられたはず、ぜひに」とリクエストがあります。
が、いくらいとこ同士にあたるとはいえ、明石中宮一強で、他の妃たちがヒマしている後宮に入ったところで、いじめられるのが関の山。夫の後ろ盾もないし、惨めな思いをするのは目に見えています。
そこへ意外なところからラブコールが。譲位した冷泉院です。彼はかつて玉鬘が一度だけ尚侍(女官の最高位)として出仕した時の美しさが忘れられなかったことを持ち出して
「もう私もただのおじさんでなんの面白みもないでしょうが、親代わりとしてお世話します。こちらにお預けください」と熱心に口説かれます。
すでに髭黒の妻となった玉鬘にも、目もくらむばかりの美青年でいらした冷泉院とのひとときは夢のようでした。(昔のことを今も覚えていらっしゃるのね。恐れ多いけれど、娘をこちらにお仕えさせれば許していただけるかしら)と、心が揺れます。
何かと大変そうな今上帝の後宮にくらべ、冷泉院の後宮はすでに落ち着いているので気楽そうです。しかし、いくつかの問題があります。
冷泉院はすでに退位された上皇で、一門の栄達は見込めないこと。すでに今上帝には皇子がたくさんいるので、たとえ男子が生まれてもあまりメリットがありません。髭黒の遺志も違えることになるため、息子たちは反対です。
さらに、冷泉院には源氏の養女の秋好中宮と、玉鬘とは異母姉妹になる弘徽殿女御がいます。そこへ玉鬘の娘が出ていって大丈夫なのか? という問題。
もともと、玉鬘自身の宮仕えもこのお二方がすでに寵を分けているのに、後から入って混乱しては大変だというので、父の源氏・頭の中将の両方があまりいい顔をしなかった経緯があります。
ところがここで弘徽殿女御は「これといってすることもなく退屈しておりますので、お若い方がおいでくだされば、親代わりにあれこれお世話しとうございますわ」と、フォロー。
親戚づきあいもあまりなく、何かと心細いシングルマザーの玉鬘としては、この言葉に心惹かれるものがあり(そうまで仰ってくださるなら……)と、気持ちが傾きつつありました。
「こうなったら強引に…」正直面倒!親戚筋の無理なお願い
紅梅のところと同様、美しい姉妹に惹かれた若者たちはこの邸にきては気をもんでいましたが、ことさらこの宮仕え話に心を痛めている男がいました。彼は夕霧の三男で、蔵人(くろうど)の少将と呼ばれています。母は雲居雁で、他の兄弟たちよりも一足先に昇進も果たしており、評判のいい青年です。
少将の本命はお姉さんの方。その執念はかなりのもので、ひっきりなしに来ては女房を通じてしきりに訴え、更には両親も動員して婚活に励んでいます。そういえば、柏木もこんなことをして女三の宮をいただけないかと頑張っていましたね~。
おかげで、雲居雁からはこのことでしょっちゅう嘆願が来る上、夕霧からも「まだ若いのでパッとしませんが、将来を見込んでどうか……」などと言われるので、玉鬘は正直わずらわしい。でも、親戚筋なので邪険にもできません。
玉鬘としては長女はどうあっても宮仕えに出し、少将がもう少し出世したら次女のお婿さんにしよう、くらいには考えていました。ところが少将はお姉さん一筋。許してもらえないのなら宮仕えに出てしまう前に思い切って……! などと、真剣に思いつめています。
賢い玉鬘は若い少将の暴走を警戒し、女房たちにも「絶対に手引きなどしてはいけない。間違いが起こることのないように」。これは彼女自身が、女房の裏切りによって髭黒の妻となった苦い経験が生きているようです。
主人の怒りを恐れる女房たちは少将の手紙を取り次ぐことを嫌がり、彼はますます恋煩いを重症化させる悪循環に陥っていました。
存在感ゼロ!人気者の友達に話題をさらわれ…
ある日、例によってこの家の前をウロウロしていた少将は、友人の薫に誘われて邸の中へ入ります。玉鬘邸は薫の母・女三の宮の住む三条邸の近所だったので、薫はよく顔出しに来ていたのです。
いつも謹厳実直でスキのない薫ですが、今日はどういうわけか女房たちと合奏し、飲めや歌えの大騒ぎ。打って変わった陽気さで、風流人を気取ってみせます。女房たちはいつもと違う薫にメロメロ。
薫を実の弟のように思って(本当は甥ですが)、自分の娘婿候補にとも思っている玉鬘も大喜び。その琴の音色が不思議と亡き父・頭の中将に似ているような気がして涙ぐみます(ビンゴ!)。息子達は夫・髭黒に似て音楽の才能がなく、こんなときはお酒を飲んで歌うのが精一杯です。
薫がやけにはしゃいでいるのは、前回この邸に来た時に「カタブツ」と言われたのが癪に障ったせい。真面目だけじゃないところを見せてやる! と、今日は出血大サービスというわけです。
しかし、何をしても薫が喝采を浴びる中で、少将は複雑な気持ちです。(今後も薫がちょくちょくこんなふうにすれば、このお邸中があいつに味方するんじゃないだろうか?)。
少将だって夕霧の息子なので家柄はいいし、イケメンだし、優秀で将来有望には違いないのですが、誰にも真似できない芳しい体臭と、何をやらせてもそつなくこなすオールマイティーさを備えた薫の強烈な個性の前ではまったく存在感なし。友達としては好きなんだけど、意中の彼女のいるところへ一緒に来るんじゃなかった……。
「みんながいい匂いに惹かれている中で、僕は一人悩んでいる……」とため息をつく少将に「そんなことはありませんよ」とフォローしてくれる女房もいたのですが、なんの慰めにもなりません。
彼の心配は的中し、薫はその後も玉鬘の息子のところへよく来ては、長女に対し気のある態度を見せるようになりました。女性が見ても良いように、かな文字混じりの手紙などをわざと送ってきます。
玉鬘は「お若いのにお見事だこと。源氏のお父様は早くに亡くなったし、母君の女三の宮さまも厳しくお躾になった風でもないのに、どうして何もかも備わっていらっしゃるのでしょう。あなた達も見習いなさい」と、字の下手な息子たちを叱る始末。一家総出で、薫、薫、薫です。
結婚なんて煩悩苦悩のもとになるだけだと思っている薫ですから、美しい人と聞いて気にはなるものの、手紙も貴族的な様式美のやり取りにしか過ぎません。一方で、本気の想いを抱えながら薫の影になってしまった気の毒な少将。玉鬘の長女への想いに身をやつす彼に、千載一遇のチャンスが巡ってきます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
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源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/