夜中に一人で鬱蒼とした山中をドライブしている自分を想像してみてください。怖さというか、畏れというか……早くここ(山)から逃げ出して、煌々とした街の灯を見て安心したいと思ってしまうかもしれません。あの独特の感覚の正体は一体なんなのでしょうか?
読む者は震撼し、深い郷愁の念にとらわれる! 累計18万部超の「現代版・遠野物語」
今回ご紹介する『山怪 参 山人が語る不思議な話』(山と溪谷社)は、長年、山に入りマタギや狩猟についての取材を続けてきた著者・田中康弘さんが、山で働き暮らす人々の元を訪ねて、山の不可思議な体験談を取材しまとめた一冊です。2015年6月に刊行されてベストセラーとなった『山怪 山人が語る不思議な話』、2017年1月に刊行された続編『山怪 弐 山人が語る不思議な話』(共に田中康弘・著)に続く、今回が第3弾となります。多彩な「怪異譚」が収録されていることから「現代版・遠野物語」との呼び声も高いです。
“狐に化かされる”なんて本当に……
山の怪異譚 その1
「怪異譚」と言われて思い出す話ってなんでしょうか。お化けが出てくる怪談話とは違います。山の「怪異譚」を収録する本書では、例えば、お化けよりも狐や狸などの身近な動物に関する不思議な話が数多くあります。
例えば、戦前の話。夜中に「ケーケー」と鶏小屋からけたたましい物音を聞いた女性が「貴重な卵を産む鶏が、狐に襲われている」と思い、この声を追い続けますが一向に近づけません。翌朝、鶏小屋で被害を確認してみると、鶏が襲われた形跡はありませんでした。
“神隠し”って本当に……
山の怪異譚 その2
ある日、突然山中で行方不明になってしまった……というお話も数多く紹介されています。いわゆる「神隠し」と呼ばれているものですね。
本書では、とある山中でマスコミを呼んだ林業ツアーを行ったときのことが紹介されています。現場まで迷いそうなところは木に赤テープを巻いて、ほぼ一本道で行けるようにしたそうです。しかし、現場に着いたら一人のカメラマンがいません。見つかった場所は谷を挟んで反対側の山の斜面でした。カメラマンによると「目が林の中に向いたら、すーっと入ってしまった」のだそうです。
“火の玉”って本当に……
山の怪異譚 その3
空中をふわふわと彷徨う光。一般的に「火の玉」とか「人魂」と呼ばれています。
本書では、この火の玉らしい光を目撃したという体験談が数多く収録されています。とある地域では死者が出ると野焼きをし、火葬する風習があったそうで、焼き場の死者から「火の玉」がぽわ〜っと出てくる瞬間を見たと言います。
親戚が亡くなった日の夕方、車庫のシャッターを締めようとしたら、下の小さなスキマから白い煙が入ってきたという話もありました。「火の玉」となって挨拶をしにきたのでしょうか。
原初的な恐怖を掘り起こす『山怪』
上記にあげたもの以外にも、本書には奇妙な体験がたくさん収録されており、山人たちの体験談を淡々と綴っています。その筆致からはむしろリアリティが浮き彫りになってきます。
田中さんは「終わりに」でこんなことを書いています。
“世間一般、巷に溢れかえるパターン化された話とは違う味わいが山怪の面白みではないだろうか。それは話をしてくれた山人が曖昧模糊とした空間での経験として素直に語っているからこその質感に満ちている。”(『山怪 参 山人が語る不思議な話』P.253)
ただ漠然と感じる山への畏れ。それは人が作ったものなのか。自然が作ったものなのか。人工的な光を浴びるだけではなく、たまには日本各地の山人が体験した不思議な話で背筋を凍らせてみるのも、面白いのではないでしょうか。
ベストセラーシリーズ第3弾『山怪 参 山人が語る不思議な話』
(山と溪谷社刊)著者:田中康弘
定価:本体1,200円+税PROFILE 田中康弘
一九五九年、長崎県佐世保市生まれ。礼文島から西表島までの日本全国を放浪取材するフリーランスカメラマン。農林水産業の現場、特にマタギ等の狩猟に関する取材多数。著作に『マタギ 矛盾なき労働と食文化』『女猟師』『マタギとは山の恵みをいただく者なり』『日本人はどんな肉を喰ってきたのか?』『猟師食堂』(いずれもエイ出版社)、『猟師が教える シカ・イノシシ利用大全』(農山漁村文化協会)、『日本の肉食』(筑摩書房)、2015年『山怪 山人が語る不思議な話』、2017『山怪 弐 山人が語る不思議な話』、そして2018年『山怪 参 山人が語る不思議な話』がある。「山怪」シリーズは累計18万部を超える。