「お別れの時間が欲しかった…」超スピード葬儀に嘆き
自分の娘女二の宮(落葉の宮)と夕霧との間に間違いがあったと思い込んだまま、御息所は他界。驚き駆けつけた夕霧の助力もあって葬儀は盛大なものになり、あっという間に御息所は煙となって天へ上っていきました。超スピード葬儀です。
思った以上の立派な葬儀ができたので、大和守は夕霧の心遣いにいたく感謝しますが、宮は「お母様がもう煙になってしまわれた、せめてもう少しお別れの時間がほしかったのに……」と、泣き伏してしまいます。遺言とはいえ、ちょっとお葬式早すぎでしたね。
元々は御息所の療養のために来た小野の山荘、でも当人が亡くなった今、いつまでも居続ける理由はありません。
大和守は葬儀の後片付けをした後に「いつまでもこの山荘にいても悲しみが尽きませんでしょう」と帰京を勧めますが、宮は
「お母様が亡くなられたこの山荘にずっと居ます。この山で生涯を終える覚悟です」。あくまでも母を偲んで、ここにいたいと言い張ります。
御息所と落葉の宮の密着した親子関係に、女房たちも「親子でも仲がいいのも考えもの」と思います。悲しみのあまり、髪を下ろして出家でもしそうな宮の有様に、ハサミなどの刃物を隠して不吉がる始末です。こうして、悲しみのうちに日々が過ぎていきます。
「心遣いをありがたく思え」!?ますますこじれて逆効果
小野はもの悲しい晩秋を迎えていました。激しく吹き下ろす山風に木の葉は散り、何もかもが身にしみる秋の空。まして母を亡くした宮は、生きていることさえ煩わしく、涙にくれる毎日です。
夕霧は毎日毎日、心をこめた優しいお見舞いの手紙を送り、御息所の菩提を弔う僧侶たちにも付け届けを送って、心遣いを欠かしません。しかし、宮は夕霧の手紙を見ようとはしませんでした。
彼が迫ってきたあの悪夢のような霧の夜さえなかったら。お母様はこんな風に亡くなったりはしなかった……。そう思うと、夕霧のことを見聞きするだけでも母の成仏の妨げになりそうで、ますます後悔の涙が溢れてきます。
完全スルーを貫く宮に、最初は「母君を亡くした喪失感でそれどころではないのだろう」と思っていた夕霧ですが、たった一行の返事もないことに次第に腹が立ってきました。
「悲しいと言っても限度があるだろうに。何も自分は蝶よ花よと、歯の浮くようなキザなセリフを並べ立てたわけじゃない。心から真摯なお悔やみの手紙を毎日書いて送っているんだ。それなのに、なんという大人げない態度だろう。
普通、自分が悲しい目にあって落ち込んでいる時、優しい慰めの言葉を聞いたらありがたいと思うもんじゃないか」
……何の因縁もない人ならそう思えるかもですが、お母さんを死なせた張本人と思っている男から、優しい言葉をもらっても心を開けませんよね~。宮も一言くらい形式的に返しておけばいいのに、相変わらず大人げないなあと思いますが、感謝を強要するのもどうなんでしょう。
更に夕霧は「おばあさまの大宮が亡くなった時、本当に僕は悲しかった。でも実の息子の伯父上(頭の中将)は大して悲しそうでもなく、世間体のいい立派な葬儀をすることだけが目的のようでガッカリしたなあ。
かえって父上(光源氏)が心をこめて、後々の法要までしてくださったのは嬉しかった。それに、柏木も心からおばあさまの死を悼んでくれた。その姿に心打たれて、柏木のことを一層好きになったんだよな。
普段はクールなのに、ああいう時には人を思いやる心の深さを見せてくれて、ホントにいい奴だった……」
そのいい奴だったと思ったいとこの妻に想いをかけ、夕霧はおセンチになったり、イライラしたりと、所在ない日々を送ります。
不審がりカマをかける妻……しびれを切らした夫の決意
手紙を書いてはボンヤリしている夫を見て、雲居の雁はまたもや不審に思います。「結局、落葉の宮とはどうなったのかしら。御息所のお手紙もあったようなのに」。カマをかけるため、一計を案じます。
今日も今日とて、夕暮れの空を見ながらため息をついていた夕霧のもとに、小さい息子がやってきて「パパ、ママからお手紙」。
そこには「あはれをもいかに知りてか慰めむ あるや恋しき亡きや悲しき」とありました。あなたが落ち込んでいるのをどう慰めたらいいでしょう、宮さまが恋しいから?御息所の死が悲しいから?
夕霧は「白々しい!僕が御息所の死を悼んでボンヤリしているわけじゃないことくらいわかってるだろうに」と、「特に何が悲しいわけじゃない、生きている人もいずれ皆、死んでしまうこの世だからね」とはぐらかします。
ちょっと夫婦間も冷え込んでいるし、ダイレクトには聞きにくいからこその“家の中でのお手紙作戦”のはずが、素直な性格ゆえにそのまんまのメッセージを送ってしまうあたりがこの奥さんらしい。誘導尋問とかもできないタイプです。
雲居雁は「とぼけたふりしても無駄よ。やっぱりそういうことなのね。これからどうなるのかしら」と、夫と新恋人の行方にハラハラ。そして妻の疑いを否定しなかった夕霧はついにしびれをきらし、忌明けを待たずに行動を始めます。
「もうこうなったら行動を謹んでいても一緒だ。よくある男女関係のように、既成事実を作って結婚するのみ!!
御息所も、一夜ばかりの相手にしたのか、さもなければ責任を取れ、とおっしゃったのだ。実際には何もなかったけど、あの手紙があれば宮側は潔白を主張できないだろう」
いざとなったら証拠の手紙を盾に取ろうというあたりが彼らしいですが、こうなったら、引いてダメなら押してみろ!というわけで、粘りの夕霧もついに実力行使を決意します。
もはや我慢の限界!恋の暴走も空回りの“のれんに腕押し”
夕霧は早速、小野へ向かいました。秋果てた山の風情は人気もなく、鹿は人家のすぐそばで切ない鳴き声をあげています。激しい滝音、落ち葉を散らせる風、既に泣き弱った秋の虫。秋にはよくある光景ですが、こんな時だからなのか、耐えられないほど悲しく感じます。
差し込む西日を眩しがって扇をかざす夕霧に、女房たちはうっとり。久々のイケメン登場に、女房たちは山里の寂しさが慰められた思いでした。
夕霧は小少将を呼び出し、文句を言います。「悲しいのはわかるが、どうしてあんなに冷たくなさるのか。僕なんて毎日うわの空で人にも怪しまれるほどになって、もう我慢の限界だよ」。
小少将はようやく、この間話せなかった御息所が亡くなる直前の様子を明かしました。夕霧はショック、彼女も思い出し泣きです。
「そうだったのか。でも、それにしてもあんまりじゃないか。何より、宮はこれから誰を頼りに生きていかれるおつもりなのか。お父上の朱雀院は山寺にいらっしゃって、普通にお便りをやり取りするのさえ難しいお方だ。
君たちが宮によくよく話をして、僕への気持ちを変えてくださるよう説得してくれ。すべては前世からの定めだ。人生なんて自分の思い通りになるものじゃない。なんでも思い通りになるのなら、御息所の死だって止められたはずじゃないか」
こんな時ですら夕霧の説得は理屈っぽい。でも、悲しみと怒りに打ちひしがれて冷静さを失った人の気持ちが、説得で改まるかどうかは疑問です。それこそ、人生がままならないというなら、宮の心を思い通りにできないのもまた当然なのでは?
小少将は宮と夕霧の板挟みに苦しみながら、仕方なく取り次いでみましたが
「この悲しい夢から覚めて、心が元通りになりましたらお見舞いのお礼を申し上げます」
という、お側の女房のそっけない口上が帰ってきただけ。夕霧はガッカリして帰京します。
宮の心の動きに寄り添えず、理屈でなんとかしようとする夕霧。しかしそれは空回りと逆効果で、彼女の神経を逆なでする行為に過ぎません。彼の思う思いやりも優しさも、宮には押し付けがましい迷惑行為です。
一方通行だってことに気がついてくれ、夕霧!最初っから独り相撲をしてるのは君なんだよ! と、読者としては思うのですが……中年の片思いをこじらせまくり、間違った方向に暴走するイノシシと化した彼につける薬はありません。溝が深まるばかりの男女に、心が通いあう日は来るのでしょうか。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
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源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/