「これじゃまるで富士山の噴火だ!」未練タラタラな夫の束縛……月夜に想う諸行無常の世の中 ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

「まるで富士山の噴火」女子がぎゅう詰め!暑さと香害で大騒ぎ

笛の件から更に1年近くの月日が流れ、源氏50歳の夏。蓮の花の盛りに、女三の宮の持仏の開眼供養会が行われました。朝夕に拝むマイ仏様ができたことで、彼女の出家ライフもいよいよ本格化です。

源氏は仏様から細々した道具までの一切を監修し、紫の上は織物や覆いなどのファブリックを担当。

源氏は宮が使うお経にも気合を入れ、特別に作らせたオリジナルの用紙に金泥で罫線を引いて、一言一句をしたためる念の入れようで、またその筆跡が目もくらむほど素晴らしいということになっています。ちょっと見てみたい。

準備も整い、講師の先生も壇上に上がって、さあいよいよ本番。源氏も控室になっている廂の間(表に面した細長い部屋)へ。

ところが、この狭い空間には、オシャレした5~60人ほどの女房たちがギッシリ密集。あまりのギュウギュウぶりに、女童などは縁側の方まではみ出しています。更に女房たちはそこらじゅうで香炉をあおぎたてています。

今だったら真夏のラッシュ時の女性専用車両(やたら香水臭い)みたいな感じでしょうか。想像しただけでウエ~……。

源氏は黙っていられず「これじゃ富士山の噴火じゃないか。空薫(ルームフレグランス用のお香)は、そこはかとなく漂う程度がいいのに、モウモウと焚いてどうする」とツッコミ。

実際に平安時代には富士山の噴火がありました。源氏の喩えは大げさではなく、わりとリアルなのかも。ともあれ、やはりキツすぎるニオイはNGですね。

続けて「ご講説が始まったらとにかく静かにして、衣擦れの音など立てないように。薫が騒ぐといけないから、あちらへ連れていきなさい」とあれこれ指示。本当に、いつまで経っても気が利かないという源氏のため息が聞こえてきそうです。

なぜ別居しない?今になって未練タラタラな夫の束縛

さて、今日の主役の女三の宮は、自分の女房たちに追いやられるようにして、部屋の隅っこで小さくなっていました。源氏は講義の内容が宮にもわかりやすいよう、あらかじめ簡単な説明などをしてあげます。

今や仏様の御座所となった宮の居間を見るにつけても「まさかこんな風になるとは思いませんでしたよ。でも今となっては仕方ない。せめて来世でまた一緒になりましょうね」

一蓮托生が叶わなかったことを悔み、源氏はこの期に及んで宮に泣いて訴えます。こういうときに涙を見せて言うのが源氏流です。

しかし宮は「来世でまたと仰るけど、本当は私と一緒になんて思ってはいらっしゃらないでしょ」とピシャリ。源氏は苦笑しつつ、溝の深さを感じます。

開眼供養も無事終わり、これ以上出家した人間と俗人が一緒に暮らす理由はありません。

朱雀院も「私の用意した邸の方に移る方がよい」と意向を伝えますが、源氏は「毎日、丁寧なお世話ができないようでは不本意。離れ離れでは心配だし、自分の命ある限り宮のお世話を致します」

邸の方には宮の財産をどんどん納め、厳重に管理するのですが、肝心の本人はどうしても六条院の寝殿から出したくないとばかりに、まめに顔を出してはご機嫌伺いをする毎日です。夫婦だった頃はごくたまに渋々行くだけだったのに。人間変われば変わるものです。

すでに季節は秋。源氏は庭に秋の虫を放ち、虫の音を鑑賞するふりをして宮のところへ足繁く通います。5~60人いた宮の女房たちのうち、源氏は意志の固いものだけを出家させたので、今仕えているのは十数人ほどです。

十五夜の夕暮れ、源氏が訪れると宮は仏前でお念誦。数人の若い女房たちが仏前のお花を換えていました。

「虫の声が華やかな夕べですね」と言いながら、宮の読経に合わせて自分も朗誦。いろいろな虫の音が聞こえる中で、ひときわ大きく聞こえるのが鈴虫の声です。

「いつだったか、秋好中宮が松虫をお庭に放されたことがあったが、今はその声もわからない。名前のわりに寿命の短い虫なのか、人前を嫌い、山奥や松原でしか鳴かないのか。その点、鈴虫は賑やかに鳴いて可愛いですね」。

宮は「おほかたの秋をば憂しと知りにしを ふり捨てがたき鈴虫の声」。秋(飽き)は辛いものとわかっていますが、やはり鈴虫の声は捨てがたいものです、と、源氏に嫌われた自分を喩えて言います。思ったことを単純に言うだけだった彼女が、ずいぶんと憂いを含んだ言い方をするようになったものです。

源氏も「なんと、聞き捨てならないですね。私を嫌って家を出たのはあなたでしょう。でも私は、美しい鈴虫の声が諦めきれない……」。

源氏も宮の精神的な成長を感じ、ただ幼稚で浅はかな女だとは思わなくなっていました。しかしすでに彼女は出家の身、改めて彼女のポテンシャルに気付かされたところでどうしようもない。そのジレンマが源氏をセクハラに走らせます。柏木との一件が発覚した後の冷酷さはどこへやら、「もうあんたなんか抱けない」とか言っていたくせに。

虫の音なんかただの言い訳で、最近は頻繁にこういう言動を繰り返す源氏に、宮は閉口していました。陰湿にいびられるのが辛く怖ろしいからこそ出家を決めたのに、ここへ来て源氏が束縛してくるとは思わず、迷惑で心の平穏も得られません。

「もうここにいたくない、いっそ山寺にでも入りたい」とは思うものの、結局は強く言い出すこともできないまま世話にかかるしかない女三の宮。あんなに頑張って出家したのに、これじゃなんのための出家だったのという感じです。

成り行きで始まる『鈴虫の宴』と久々の父子対面

今宵は中秋の名月、例年ならお月見の会ですが、今年は大掛かりなことはナシ。源氏はそのまま宮の琴を引き寄せ、自分から去っていた女性たちの思い出にふけりながらひとり演奏。宮も久しぶりの源氏の琴に数珠を繰るのも忘れ、耳を澄ましています。

そこへ蛍宮と夕霧も琴の音に惹かれてやってきました。今年は宮中の月の宴が中止になったので、こちらで月を愛でようかと人びとが集まり、成り行きで演奏会が始まります。

一通りの演奏が終わった所で、源氏は「月を見てもののあはれを感じないことはないが、今夜の月はなぜかさまざまなことを思わせる。

特に柏木のことが思い出されてね……。彼がいなくなって、公私共に世界が色を失ったようだ。花の色、鳥の音……芸術というのをよく知っていて、話し甲斐のある男だった」。

一同がその言葉に同調する一方で、源氏は「宮にも今の言葉は聞こえただろう、どう思っていることか」と。矛盾していますが、それが源氏の正直な気持ちです。

演奏後は鈴虫の宴ということで盛り上がり、酒がすすんだ所でお手紙が。「私も一緒にお月見がしたいものです」。それは退位した冷泉院からのラブコールでした。

すっかりご無沙汰で失礼した、ちょっと急だがせっかくなのでお伺いしようと、源氏は腰を上げて冷泉院の御所へ。宴会メンバーも金魚のフンのように、牛車を連ねて移動します。

この訪問に冷泉院は大喜び。現在32歳、ますます源氏にそっくりです。決して口に出すことはできないものの、2人は正真正銘の父子。それにしても、皇子に恵まれず若くして退位したことだけが、源氏は今も残念でした。

夕霧も、明石の女御(ちい姫)も大事なわが子。でも最愛の女性・藤壺の宮との愛の結晶であるこの冷泉院への愛情はなにものにも代えがたい。いつも気にかけてはいたものの、立場上ちょくちょく会うというわけにも行かず、こうして対面できたのを嬉しく思います。

「母の苦しみを少しでも軽く」諸行無常を感じる娘の悲しみ

源氏はここで血のつながらない娘・秋好中宮にも挨拶します。冷泉院とは10歳近い年の差婚でしたが、今も夫婦仲は円満です。

宮中では権力闘争の中、妃たちの寵愛のバランスをとることが求められましたが、退位後はそういった気遣いも必要ないので、2人は普通の夫婦のようにいつも一緒、彼女は今のほうがかえって幸せそうでした。

なんの不足もない生活を送る中宮でしたが、人生経験も積み良くも悪くも世の中というのを知り尽くした今、いずれは出家したいと考えて、密かに仏道修行に明け暮れていました。何より、六条御息所の霊が紫の上に取り憑いて殺そうとした、という噂が耳に入ったのです。

亡くなった母の魂が、未だにとても苦しんでいると耳にする機会がございまして。そこまで思い至らなかったものですから、せめて今からでも修行をして、母を取り巻く業火の炎を冷ますことができたならと、考えるようになった次第です」。

自分の母親が未だに成仏できず怨霊になっているなんて聞いたら、普通の人でも辛くてたまらないでしょう。もとより繊細な彼女は大変に胸を痛め、出家して母の霊を慰めたいと切望していたのでした。

外部に漏らさないようにと口止めしたはずなのに、と源氏は気の毒に思いますが、「中宮の御位を捨てて出家なさっても母君が救えるとは限りません。かえって後悔の多いことになるでしょう。まずは供養をなさいませ」と反対。源氏はもちろん、冷泉院も出家を認めないので、彼女の願いは叶いそうにありません。

出家については源氏もそのうちに、そのうちにと思うままに日々が過ぎていきます。亡くなった人を惜しむ心と、肉体が失われても消えない思い。昔と変わらぬ月の光と、移ろい変わる世の中で、源氏は“無常の世”を痛感していました。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

こんにちは!相澤マイコです。普段、感じていること・考えていることから、「ふーん」とか「へー」って思えそうなことを書きます。

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