労働のない新世界が来た時、私たちはどうする?〜大人のビジネス教養として知っておきたい「人工知能」

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「キーワードで読み解く人工知能 『AIの遺電子』から見える未来の世界』」(MdN刊)では、人間とヒューマノイドが登場する山田胡瓜先生のSF医療物語『AIの遺電子』(少年チャンピオン・コミックス 全8巻/秋田書店)、『AIの遺電子 RED QUEEN』(別冊少年チャンピオンで連載中/秋田書店)の漫画キャラやストーリーとともに、大人がビジネス教養として知っておきたい「人工知能」の基本を、わかりやすく解説しています。
本書の「ベーシックインカム」の項目では、人工知能が私たちの仕事を代替し、働くことに金銭的理由がなくなる時代の問題を、海外でのテストケースを交えて紹介しています。

ベーシックインカム

【関連ワード:社会保障、労働と対価、産業用ロボット】

執筆:松本健太郎

産業用ロボットやヒューマノイドが人間の代わりに職場で活躍する頃、私たち人間はどんな仕事をしているだろうか?

『AIの遺電子』第33話「労働のない街」では、働かないという生き方を選んだ女性が登場する。彼女は、自分が必要とされないように感じる日々に生き辛さを感じて、ナイル社が提供する「新世界」という街で暮らすことを選んだ。
「新世界」はAIによって管理される街だ。街や生活そのものがシステムと言ってもいいかもしれない。AIのコーディネートで、その街は毎日が循環する。タイトルの通り「労働」はなく、その街に暮らす人々はただ生きるために「活動」している[図1]。

▼[図1]「新世界」では働く必要がなく、人々はレジャーや特技を生かしたボランティアを通じて社会と関わっていく(第4巻 第33話「労働のない街」より)

ところで、なぜ人間は働かなければならないのだろう。最大の理由の1つは、金銭的理由だ。現代は、お金がなければ生きていけない貨幣経済を採択している国家がほとんどだ。労働で個人の時間を提供する対価として、金銭が支払われる。

では、人工知能が仕事を代替できるようになると、私たちはどのようにして日々を過ごせばいいのだろうか? まさか失業者になってしまうのだろうか?

そこで注目を集めるのが、「ベーシックインカム」だ。

ベーシックインカムとは何か?

ベーシックインカムとは、1人当たりの所得を保障する制度だ。貧困者を救済するために、国が積極的に関与する政策が16世紀に生まれて、18世紀にはベーシックインカムのような「そもそも貧困を生まない所得保障制度」が提唱された。つまり、歴史的な背景は意外と古い制度と言える。

ベルギーの哲学者であるフィリップ・ヴァン・パレース氏は、ベーシックインカムを次のように定義している。

(1) その人が進んで働く気がなくとも、
(2) その人が裕福であるか貧しいかにかかわりなく、
(3) その人が誰といっしょに住んでいようと、
(4) その人がその国のどこに住んでいようとも、社会の完全な成員すべてに対して政府から支払われる所得である。

つまり「生まれたからには一定の購買力を政府が給付する」のがベーシックインカムの基本的な考え方だ。

ただし、富める人への給付はやめた方がよい、一定以上の所得がある場合は減額したほうがよいなど、ベーシックインカム推進論者の中でも前提以外では意見が異なる。いったん「政府からタダでお金がもらえる」程度の理解にとどめておくのがよいだろう。要は年金や子育て給付のような現金給付制度であり、社会保障政策に位置づけられる。

国民に等しく同じ金額を給付するため、経済左派と呼ばれる「政府による市場介入を容認する人々」の一部の受けはよい。賃金補助は「富の再配分」の効果が見込めるからだ。

一方で、経済右派と呼ばれる「政府による市場介入を否定する人々」からも一定の支持を受けている。なぜならベーシックインカムを導入すれば、誰に何円給付するかを決める調査や、具体的な金勘定などの社会保障における政府の役割が大きく減るため、公務員削減につながる可能性が高いからだ。「小さな政府」推進の観点で効果が見込めるのだ。

すなわち、制度の導入によって期待する効果や役割は異なるものの、経済政策として対立する両陣営から一定の支持が出るほど、今までの概念では評価し難いのがベーシックインカムだと言える。

誰にでも現金を給付するデメリットはあるのか?

一方、ベーシックインカム否定派は「働かなくてもお金が手に入るなら、真面目に働こうとする人が減る」と主張する。未来に起こりうる人工知能による失業を想定するなら、働こうにも仕事が存在しない可能性があるが、否定派の主張にも一理ある。金銭は労働の対価だ。国によって一定額が給付されるなら、真面目に働くだけ損だとも言える。

実は、すでにさまざまな自治体がベーシックインカムの導入テストを行っている。その結果を見る限り、目に見えて労働意欲が低下したという例は報告されていない。

例えば、カナダのマニトバ州では総額1,700万カナダドル(現在の64億円に相当)を投入して、1974年から約4年間、ベーシックインカムの導入テストが行われていた。その結果、労働時間は男性で1%、既婚女性で3%、未婚女性で5%下がっただけだった。加えて、メンタルヘルス、交通事故、傷害に関連する入院期間の大幅な減少や、高校課程への進級に大きな伸びが見られた。つまり最低所得を得た人々は「より働こうとする足掛かりを得た」という結果が出たのだ。
フィンランドでは、2017年1月から2年間の国レベルの導入テストが始まった。2019年中には、なんらかの報告書が提出されるだろう。

目下の懸念は、財源だ。日本の場合、1人あたり月6万強支給するだけでも100兆円近い財源が必要となる。既存の社会保障である年金、手当、それ以外にも税の類との統廃合が必要になる。1~2年で直ぐに実行するのは難しいだろう。

今やデメリットはほとんどなくなった。あとは実証実験を行い、実現するにはどうすればよいか議論を始めるだけだ。

▼(第4巻 第33話「労働のない街」より)

POINT:人は何のために労働するのか?

最低限暮らせるだけのお金を得ても、システムさえ整っていれば、人は働く意欲を失わないかもしれない。それがベーシックインカムを通じてわかった。むしろ労働とは、生きるために欠かせない人とのつながりを示す可能性すら窺わせる。それは「ナイル社」のいうような活動に近しい かもしれない。人間は何もせずに生きられないのだ。

*以上の記事は「キーワードで読み解く人工知能 『AIの遺電子』から見える未来の世界』」からの抜粋です。
*本記事で使用されている『AIの遺電子』の画像の著作権は、すべて原作者である山田胡瓜氏に帰属します。

「キーワードで読み解く人工知能 『AIの遺電子』から見える未来の世界」
著者:松尾公也、松本健太郎
定価:(本体1,500円+税)
エムディエヌコーポレーション刊

PROFILE
松尾公也
ITmedia NEWS編集部デスク、ポッドキャスター。『MacUser』編集長などを経て、現在はITmedia NEWS編集部デスク。プライベートではテック系ポッドキャストbackspace.fmに参加。妻が遺した録音をもとにした歌声合成で「新曲」を作る、マッドな超愛妻家。妻との新しい思い出を作るため、AIの発展を願っている。

松本健太郎
株式会社デコムR&D部門マネージャー。龍谷大学法学部政治学科、多摩大学大学院経営情報学研究科卒。株式会社デコムで、インサイトリサーチとデータサイエンスを用いて、ビッグデータからは見えない「人間を見に行く」業務に従事。野球、政治、経済、文化など多様なデータをデジタル化し、分析・予測することが得意。テレビやラジオ、雑誌に登場している。

MdNの中のひとたち

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