水道や電力と同様に重要なインフラやライフラインの一つとして認知されているガス。
ご存じのとおり、家庭で使用されているガスには大きく分けて都市ガスとプロパンガスがある。都市部に居住している方は都市ガスしか知らないかもしれないが、プロパンガス(LPG)も広く使用されている。
家庭用はもちろんのこと、LPGは単位体積当たりの熱量が高いために事業用にも利用される。成分は若干違うものの身近なところではカセットガスボンベもその一種である。またタクシーの燃料としてもポピュラーで、ガソリンや軽油と比較して格段に燃料費が安いためにタクシー事業者ではLPガス車は広く使用される。タクシー会社によると、ハイブリッド車を使用したとしてもLPGよりも安くなることは絶対にないということである。
都市ガスとLPGはガスの成分が異なり、ガス機器は共用することができない。ガスレンジはもちろんのこと、ガス漏れ警報器も比重の違いで設置場所が異なる。都市ガスは空気よりも軽いので漏れた場合は上に貯まるので警報器も天井に近いところに設置するが、LPGは重いために下に貯まる。したがって床に近い場所に設置する。家庭の警報器がどこに設置されているかを知ることによりLPGなのか都市ガスなのかがわかる。
ちなみにガスそのものは可燃性ガスではあるが、単体ではほとんど爆発はしない。しかし空気中の酸素と混ざりその濃度が一定に達すると引火して燃焼爆発するので、結果的に真空中でもない限り漏れると危険なのである。
プロパン単体の場合は空気中の濃度が2.2パーセントから9.5パーセントの範囲内で爆発する。この範囲を爆発限界といい、範囲が狭いほうが爆発しにくい。気体そのものが燃えると理科の授業で習った水素は空気中の濃度が4パーセントから75パーセントの範囲が爆発限界で、広い範囲の濃度で爆発するので極めて危険なのがわかるだろう。
今回LPガス供給事業者であるアイ・エス・ガステム(本社:千葉県船橋市)の千葉支店(千葉県八街市)を訪れ、LPGがどのように家庭に届くのか、その一歩手前までを取材した。
都市ガスの主成分である天然ガスにしろ、LPG(液化石油ガス)にしろ、ほとんどが輸入品であるためにタンカーで日本に到着する。タンカーから降ろされたガスは日本国内で供給するために成分を規格にあるように調整してタンクに貯められる。
ガスのにおいもこの段階で付けられる。本来ガスは無臭であるために、漏れてもわからず危険であるためにわざとにおいを付けてあるのだ。このにおいは、一般的に「卵が腐ったような」と表現されるが、現代社会で卵を腐らせることの方が少ないので「ガス臭」といった方が理解されやすかもしれない。あるいは記者の経験でいえばドリアンのにおいによく似ていると考える。いずれにせよ、においを付けられたガスはタンクローリーで当地に運ばれる。
気体は圧力をかけると液体になるので、ガスは液体で供給される。その方が多くの量を小さな体積で運べるからだ。ただし、高圧になると容器(タンク)がその圧力に耐えるものでなければならず、耐えられないと破裂、引火すると爆発するということになる。そうならないためにさまざまな安全措置を講じて供給される。
タンクローリー車から当地の地下タンクに移す手順は次の通りだ。
まずは、2本の管をつなぎ圧縮ガスをローリー内に送る。するとその圧力で液体ガスがもう一つの管を通って地下タンクに移る。
液体をすべて移した後は、気化したガスがタンク内に残っているので、それを減圧ポンプで引いていく。ローリー内が真空に近くなるまで引いていくので、同社ではローリー内のガスを余すことなく地下タンクに引いてしまうのである。
この時の圧力は1メガパスカルで、これは1平方センチメートルに約10キログラムの圧力がかかっているということなので、小指の先に10キロの重りを置いた状態がタンク全体にかかっていることになる。
記者は二級ボイラー技士の免許を持っている。ガスとは直接関係ないが、高圧がかかるボイラーでも1MPaといえばかなりの大規模なものでボイラーの種類にもよるが、無免許では取り扱えないほどの高圧である。よって、このゲージを見た記者は一瞬引いてしまった。それほどのものを安全かつ適切に取り扱っているのである。
容器は当然ながら高圧に耐えなければならず、もちろん漏れても困るのでガスの充てん期限と定期的な検査が必要だ。それらはすべてボンベに明記されている。
容器の検査場も備えた同所では、回収されたボンベを洗浄、耐圧試験、検査、塗装、充填と一連のサイクルを一手に引き受ける中核充填所に指定されている。これにより、災害等の非常時には自己完結型の基地として機能する。
ちなみにこの耐圧試験は温水を充填して行われ、その圧力ゲージは約3.1MPaを示していた。相当の高圧で試験されていて圧力に関する多少の知識がある記者は、このゲージを見て一刻も早くこの場を離れたかったが、すべてコンピューター管理をされていて安全に試験が行われていた。
オートメーション化された試験場では、高圧の蒸気を噴射して乾燥させる。蒸気の元は水なので乾燥するどころか湿ってしまうのではないかと思われがちだが、スチームレンジと同じ仕組みで300度以上の高温の蒸気を当てると水にはならず感覚としては「水で焼く」という表現になる。つまり乾燥させることができるのだ。
最後はボンベ内に光源を落として人が目視で内部の乾燥状態や亀裂、不純物が残っていないかを確認する。こうして回収されたボンベを徹底的に検査する。同社では充填期限内であっても著しく汚れたものは再使用せずに廃棄するという。安全の観点からの理由もあるが、顧客の敷地内に置かれるものであるために美観を損なわないためという同社の想いもある。
検査の済んだボンベは塗装がはがされて粉末の塗料を吹き付け、焼くことにより均一に塗装することができる。写真の奥側は粉末を吹き付けた状態で、手前の光沢のあるものは焼き付けが終わったものだ。したがって、奥のものは手で触ると粉末がはがれてしまう。
塗装が済むと、会社名や充てん期限等の必要なペイントを施す。写真は回転してるボンベを撮影したもので、ペンキで書くのではなくインクジェットプリンターのように回転するボンベに「印刷」していくのだ。
同社では他社のボンベも扱うためにさまざまな印刷パターンを用意して対応している。
写真は新品のボンベの塗装の厚さを計測したもので、71ミクロンの厚さで塗装されていた。
ところが、同社で再使用するために検査をして再塗装したものはほぼ倍の143ミクロンの厚さで塗装されていた。つまり新品のボンベよりも塗装が厚いということだ。ボンベは風雨にさらされるので、劣化しにくいようになってるのである。
さて、当地が中核充填所であることは前述したとおりだが、災害時には通信インフラも寸断されることが多いことからイリジウム衛星携帯電話を常備している。これにより地上の有線、無線通信手段に頼らなくてもすばやく自治体や社内で連絡が取れるようになっている。
しかしながら自己完結型とするには電源がなければ何もできない。先の衛星携帯電話も充電しなければ使用できないし、ガスを充てんするにもコンピューターが動かないと機能しない。
そこで、同所ではガスを燃料とする発動発電機を設置している。
これにより、単相と三相の交流電力をここで作り出すことができる。コンピューターや事務所、ガスを充てんする機械等、必要な場所に電力を自己完結で供給することが可能である。もともと地下にガスタンクがありガスは豊富にあるので、これを燃料とすることにより発動発電機の燃料すら自己で賄うことができる。実際に稼働してもらい交流電源の周波数を見たが、きっちり50ヘルツであった。
電力会社の電力が途絶えた場合はボタン一つで起動し、屋外に設置してある配電盤を切り替えることにより、この自家発電装置から電源が供給される仕組みである。
また営業用として設置しているわけではないが、LPガス車への燃料供給も行えるようになっていて、ガソリンが不足しがちな災害時にも素早く自動車を稼働させてライフラインの復旧が行えるような体制が整っている。
ガスの充てん所には自動で連続的に行う充填所と、手動で行う充填所の2か所がある。
写真は自動で行うことができる機械だ。
なお、手動の充てん所では記者が実際にガスを充てんしたので最後の動画でご覧いただきたい。
ボンベを並べるのにもちどり状にして円筒形のボンベを密着させ、地震が起きても倒れにくいように工夫している。また写真をご覧いただくとお分かりの通り、ボンベの向きが同じだ。直接安全とは関係のないところで、むしろ無駄な労力のように思える。しかしこれを並べるのは人なので、整列された位置取りや向きにすることにより意識を高めヒューマンエラーが起きにくいようにしている。
地下タンクの中に広報担当の吉澤静香さんに入ってもらった。彼女には動画でインタビューしているので最後にご覧いただきたい。
地下タンクの中に入る前に酸素濃度をチェック。21パーセントで空気中とほぼ同じで安全を確認。さらにブロアーを回して換気することにより酸欠を防止する措置もとる。
ハーネスを装着していざマンホールから地下タンク室へ。
地下空間でタンクの撮影をしてもらった。
これがその内部の写真。巨大な圧力容器が並んでいる。
吉澤さんが戻ってきたので、前述したガス充てん体験とインタビュー動画をご覧いただこう。
■LPガスの充填をアイ・エス・ガステムで体験!
https://youtu.be/kxNMldq2SnU
重要なライフラインであるガスの供給は以上の通り安全にかつ効率的に行われていることがお分かりいただけたであろうか。
ガスを使用するときには、機器を正しく使用し快適なガスライフを送っていただきたい。
なお充填作業体験については高圧ガス製造保安責任者の監督指導のもとで安全に行っている。
※写真および動画はすべて記者撮影・収録