「死んで煙になって比べてみたい」実家VS姑の看病バトル!死の床についた貴公子へ彼女からの意味深なメッセージ~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~

「看病はこっちで!」実家VS姑の壮絶バトル

久々の源氏との対面で、その怨念のこもった睨み(闇属性攻撃)に大ダメージを受けた柏木。妻の女二の宮(落葉の宮)の看病も空しく、もはや虫の息です。
柏木の両親、頭の中将とその正妻は大変に心配し「重態と聞いて放っておけない、うちで治療させる」と、近々実家に連れ帰ると宣言します。

ここで物言いをつけたのが、女二の宮の母・一条御息所。実は柏木、お姑さんとも住んでいたんですね(通婚ですが)。

この方、もとは朱雀院の更衣で、頭の回転が速いしっかりした女性です。自分が生んだ二の宮を溺愛しており、更に昔ながらの「皇女は独身を通すべき」の考えを強くもっていて、もともと2人の結婚には反対でした。それなのに強引に結婚を進めた柏木の実家や、熱望した割に結婚後は冷たい柏木自身にも、彼女はずっと不満をためていたのです。

「確かに親不孝がいけないのは当然のことですが、夫婦というのは、病める時も健やかなる時も共に添い遂げてこそですよ。離ればなれになるのは宮にとっても辛いこと、どうかもう少しこちらで養生なさって下さい」。

というのも、皇女の二の宮の身分柄、柏木が実家に帰ってしまうとそう簡単には会いに行けないのです。味気ない結婚生活だった上、このまま夫と死に別れるようなことにでもなったらと、御息所は宮が不憫でなりません。

柏木も「ごもっともです。取るに足らない私のような男が、宮さまとのご結婚をご許可いただいたからには、もっと出世して良い地位に就かなくてはと思っておりましたが、こんなことになってしまいました。

このまま、宮さまへの愛情をわかっていただけないまま終わるのかと思うと、死んでも死にきれません」。

こんな会話をしている間にも、頭の中将家ではママンが焦れ「どうしてあの子はまだ帰ってこないの?大勢の子どもたちの中でも最愛の長男です。私の可愛い柏木……こんなに心配しているのに」と、ガンガン使いをよこします。

ちなみにこのママンは朧月夜の姉で、その昔夕顔を脅したり、引き取られた雲居雁に冷たかったりした頭の中将の正妻です。もともと我の強い人なんですね。にしてもなかなかの息子コン。

柏木も母の嘆きを哀れに思います。「私が長男だからなのか、母はちょっとでも顔を見せないとこんな風に心配するのです……さすがに親にも会わずに死ぬのは罰当たりなことと思いますので、やはり実家に帰ります。

宮さま、もし、いよいよ危篤だとお聞きになったら、どうかこっそりお見舞いに来てくださいませ。きっとまた会いましょう。

今まで、寂しい思いをおさせして本当に申し訳ありませんでした。こんなに短い寿命と思わず、長い年月のうちには夫婦らしくなれるだろうと、高をくくっていたのです……」。

柏木の宮への言葉は、源氏の打ち解けぬまま死別した葵の上への思いとそっくりです。元気だった頃は二の宮を顧みなかった彼も、今となっては薄幸の妻が憐れで、心から申し訳なく思っています。

しかし無常にも実家のお迎えが来てしまい、夫婦はここで泣き別れ。取り残された宮は呆然と、ただ夫を想うばかりでした。

年内ギリギリ!お誕生日イベントようやく決行

今や遅しと柏木を待っていた実家では、祈祷はじめ快復のためにありとあらゆる手段を講じますが、当の柏木は衰弱著しく、今では果物のようなものも食べられません。

将来有望な若者の重病に、政府高官はじめ、帝や朱雀院からもたびたびお見舞いがあります。源氏も父の頭の中将あてに丁寧なお見舞いをし、親友の夕霧は始終見舞いに来ては心配しています。

これでさらに予定が押し、12月中旬だった女三の宮の朱雀院へのお祝いはついに12月25日とギリギリの日程で行われました。今ならメリークリスマス。もう一週間で年明けと、予定の押し詰まり感がハンパないです。

源氏と二大勢力を誇る頭の中将家が、長男の重病でしょんぼりしている中、慶事が行われるのはなんとも興ざめな感じでしたが、50歳の記念イヤーはもう終わってしまうのだから仕方ない。

やむを得ず儀式を決行しながら、源氏は「三の宮はどう思っているのだろう。柏木の病が重いことを……」と考えずにはいられません。愛してはいない男、わけのわからない世界に自分を引きずり込んだ男、お腹の子供の父親。宮は、彼の病状に対して何を想うのでしょうか。

「死ねば帳消し」エリート青年、人生を振り返る

年が改まり、源氏48歳の年。柏木は一向に快復しません。嘆く両親を見るのも辛く、彼は病床で悶々と短い人生を振り返ります。

自分から死ぬのは罪が重いとしても、僕自身はもう生きていたいわけでもないな……。

子供の頃から、立派な人になろうと努力してきた。父上の跡取りとしてふさわしい人間になろうと何事も頑張って、貴族の男として理想的な、思い通りの人生を送りたいと思ってきた。

……それなのにこんな挫折をしてしまうとは。誰のせいでもない、自ら招いた身の破滅だ」。

挫折知らずのエリートが脆いというのはよく聞きますが、何不自由なく育ち、理想に燃えていた彼にとってのはじめての挫折が、女三の宮の結婚相手に選ばれなかったことでした。彼女にしつこく執着してしまったのも、人生を自分の思い通りにしたいという気持ちの表れだったのかもしれません。しかしそれが結果的に、彼をここまで追い込んだのです。

「それも全ては宿業、カルマというものなのだろう。このまま生きていても余計なウワサが広まって、宮さまにもご迷惑をおかけするだけだ。それならせめて、宮さまから“かわいそうに”と思っていただけるうちに死にたい。それだけを胸に、私は冥土に旅立とう。

源氏の君も、私が死ねばきっと許してくださるだろう。今はご不快だろうが、死んだあとには昔の親愛の情を思い出して下さるかもしれない」。

生きて罪を償うのではなく、「死んでお詫びを」「死ねば帳消し」の発想は、非常に日本的なものだと思いますが、柏木が臨終の際にこう考えているのはなかなか興味深いところです。

「せめて一言」青年から愛する人への最後の手紙

柏木は我が身を嘆きながら、少し気分がいい時に三の宮に手紙を書きました。

「私の容態はお耳に入っているかと思いますが、“いかがですか”の一言も無いのはごもっともと思いつつ、やはりとても辛いです。

今はとて燃えむ煙もむすぼほれ  絶えぬ思ひのなほや残らむ

私の火葬の煙もあなたへの想いでくすぶり、きっとこの世に残り続けることでしょう。せめて哀れな男よ、とだけでも仰ってください。そのお言葉を暗い冥土への光といたしますから」。

柏木は小侍従にも「もう一度直接会って話がしたい」と伝えます。もともと小侍従の母(女三の宮の乳母)と柏木の乳母は姉妹で、小侍従と柏木は幼馴染のような関係です。

小侍従はこの期に及んでの柏木の執着が恐ろしく、でも幼い頃から知る彼が病床から必死に頼むのも気の毒で、宮に「どうかこのお返事だけは。もう本当にこれがあの方の最期でしょう」と催促します。

宮は嫌そうに「私だって苦しくて死にそうよ。危篤と聞いて気の毒だとは思うけど、もうこの件で、これ以上辛い思いをするのは嫌なの」

宮は源氏の冷酷な仕打ちが怖くてたまらず、その恐怖心から柏木に返事をしたくないのであって、その背後にあることの重大さを考えての発言ではありません。もともと、ものを深く考えない人ですが、源氏の態度や言葉の暴力にますます思考停止気味なのかも。

それでも小侍従は墨をすり、筆を渡してせっつきます。こうなると流されやすい宮は渋々と返事を書き、小侍従はそれを持ってこっそり柏木の元へ向かいました。

「煙になって比べてみたい」男女に呼応する苦悩と死

柏木のため、頭の中将は息子たちを動員して各地から評判のいい祈祷師や修験者をかき集めて、自宅で祈祷をさせていました。中には山奥で修行してばかりの、無愛想で感じの悪い山伏などもたくさんいます。

陰陽師の話では「女の霊が憑いている」とのこと。女性関係でのトラブルなど思いもよらぬ父は首を傾げますが、それなら物の怪を追い出さねばと、またどこぞの山から霊験のありそうな人を召し出します。

今度山から来た坊さんはまた、ゴツくて目付きの悪い強面の男。魔除けのお経をおどろおどろしい声で読み上げるのを、病床の柏木は「嫌な声だな。どうにもありがたく感じられない……かえって死にそうだ」。しんどいんだから静かにしてくれよって感じですが、平安時代の療養生活も大変です。

柏木は女房に「病人は寝たって言ってくれ」と伝え、小侍従が来ている部屋の方へこっそり移動。部屋の外では僧侶と父の話し合う声が聞こえます。

いつも陽気な父が、今は沈痛な声で、普段なら決して直接声をかけないような荒々しい男たちに向かって「どうか物の怪を退治して下さい。あの子を助けてやって下さい」と、訴えています。今なら医療ドラマのワンシーンですね。先生、どうかお願いします!!

小侍従、聞こえたか。なんてお気の毒な父上。どうしてこうなったのかご存じなくて……。女の霊とやらが、宮さまの生霊ならどれだけありがたいか。

恐れ多くも、身勝手な恋心のせいで宮さまを傷つけてしまった。源氏の君にも顔向けできない。あの方の眼光に射抜かれたようになって、私の魂は体から抜け出て戻ってこなくなってしまったんだ。小侍従、僕の魂を六条院で見かけたら、魂結びの儀式をしてくれよ」。

小侍従は小侍従で、宮がどんなに辛い日々を過ごしているかを事細かに伝えます。柏木には焦燥しきった宮の姿が見えるようです。抜け出した自分の魂は、きっと宮のもとに行っているのだろうと思うと、ますます苦しくなります。

こうなった以上、せめて宮の出産の無事を知ってから死にたい。小侍従は悲壮な思いにもらい泣きしながら、宮からの返事を渡します。

「病気のことはお気の毒だと思いますが、どうして私がお見舞いにいけますか。“絶えぬ思ひのなほや残らむ”とありましたが

立ち添ひて消えやしなまし憂きことを 思ひ乱るる煙比べに

どちらが辛く苦しい思いをしているか、私も共に煙となって比べてみたい。あなたに遅れはとりません」。

宮から出た「あなたと共に死にたい」という言葉。彼はこれを非常にもったいなく思います。「ああ、このお言葉が僕の人生の最上の喜びになった。なんと儚い人生だろう」。身重で源氏にいびられ続ける宮と、柏木の苦しみがどちらが重いのか、たしかに簡単には比べられません。それにしても「遅れは取らない」というのも意味深です。

柏木は烈しく泣きながら、震える手で「行方なき空の煙となりぬとも 思ふあたりを立ちは離れじ」。たとえ空の煙となってもあなたのそばを離れません。

特に夕方は空を眺めて、姿形のなくなった私を想って下さいませ。何にもならないことですが……とまで書いて、疲れて気分が悪くなってきます。

「あまり夜が更けないうちに帰れ。宮に僕がこんな様子だったと伝えてくれ」。柏木は小侍従に言い、そのまま寝室に戻るといよいよ危険な状態に陥ります。

「どうして急に弱ったのだ。昨日今日は少し良いようだったのに」。両親はもとより、小侍従も心配のあまり立ち去りきれず、伯母の柏木の乳母と共にうろたえています。

周囲の心配に、病人も「もはやこれまでです、父上」と泣くばかり。その頃、六条院では女三の宮が産気づいていました。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

こんにちは!相澤マイコです。普段、感じていること・考えていることから、「ふーん」とか「へー」って思えそうなことを書きます。

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