「なに?どこ行くん?」
「トイレや」
「さっき行ったやろ」
「あ、そっちのトイレじゃない」
「お前ビョーキやな。旅行に来といてまでなにもトイレの写真撮らんでもええやろ。他に撮るとこあんのにから」
「じゃ、ビョーキで。ビョーキなんです。死ななきゃ治らないので一回死んで出直します、のちほどね。来世で」
便所ライターの置かれている環境は厳しい。
家族の理解がないと、だいぶ厳しい。
変人になってしまえばラクなのだが意外と常識があるので、常識的であることを配偶者が求めてきてしまう。
それをいかに交わすか、ソコが苦心に苦心を重ねるポイントなのだ。
いないとは思うが、便所ライターを目指している若者よ。
便所ライターになりたいならまず結婚はあきらめないといけないかもしれない。
便所ライターで食えるならまだそれを理解する結婚相手に巡り合う可能性はあろうが、食えもしないのに便所にかまけている人間と結婚したいと思うモノ好きはいないだろう。
逆に言えば結婚したくないという希望があるのなら、便所ライターになりたまえ。
君こそが、便所ライターに向いている。
【森の中のワシントンクラブ】
久々に目にしたWCという表記。
私がティーンエイジャーだった25年ほど前、WCをワシントンクラブと呼んでいた。
WCは、ウォータークローゼットの略である本当は。
ワシントンクラブは森の中でひっそりとスパイのお勉強をする、秘密のクラブである。
スパイの建物は奥行きがある、忍者屋敷のように。
この普遍的なシルエットがまさかスパイだとは気付くまい。
女スパイはかなりスタイルが良いのがお決まり。
ターゲットを悩殺する役割だから。
そう、その『まさか』である。
この扉を開けてしまったら『ワシントンクラブへようこそ』ということになるのだ。
奥行きのある向こうの端はもちろん、秘密の出入り口。
背後の不審者に気付きやすいよう、鏡で視覚は補助。
この建物が使われていない感じを出すために、わざと蜘蛛の巣を張らせカモフラージュするのがスパイのアジト。
【中華街の絢爛豪華トイレ】
南京町商店街新興組合が建てた総工費7000万円の『臥龍殿』は、1階がド派手な公衆トイレになっている。
このド派手さで路地裏にひっそりとあるからもったいなくて仕方がない。
神戸の南京町と言えば人気の観光スポットだが、このトイレには行列ができないのだ。
行列どころか私ひとりしか利用者がいないことのほうが多い、南京町にあるトイレはココのみだというのに、たいていガラ空きなのだ。
人気の観光スポットのトイレを撮影するとなるとどうしても人が写り込んでしまい、記事にする際には加工が大変なので外観を撮るのを避けるが、『臥龍殿』はひとりも写り込まないほどの超穴場である。
あまりにド派手すぎて誰もトイレだとは思っていないのではないだろうか。
どこでもいいのでどこかお店で「トイレはどこですか?」と聞いてみてほしい。
『臥龍殿』という名前が浸透していないからだと思うが、こう教えてくれるだろう。
「そちらまっすぐ行かれて左手の路地に入ったらすぐ『市民トイレ』があります」
この『市民トイレ』というワードが混乱を招いているのだ。
誰がこのド派手さを『市民トイレ』とイメージするだろう。
『市民トイレ』と聞いて脳内に浮かぶ建物のイメージは、公民館のようなハコモノである。
色で言ったらクリーム色かネズミ色あたり。
絢爛豪華な色味ともデザインとも素材とも、無縁。
それが『市民トイレ』なのだ。
『臥龍殿』は1993年からこの姿でずっとトイレだが、市民の冠をかぶせるにはどうも豪華すぎたようである。
内装も豪華。
取っ手は金色の龍。
装飾と彫刻を施しまくり。
天井まで手を抜かず、これでもかと超豪華。
『アジア最高級リゾートホテル仕様トイレ』とかに通称を決めたらいかがだろうか。
イメージで『臥龍殿』がバーンと浮かんでしまうようなフレーズを。
『千と千尋の神隠し湯屋調トイレ』とか。
なんとなく近いかも。
便所ライターとしていろんなトイレを撮影していると『これだけの違いでこんなにも演出できる雰囲気が違ってくるのか』と気付くことが多々あるが、そのひとつが鏡の大きさと配置である。
このように大きな一枚の鏡を洗面に使っているとそれだけで、豪華さ贅沢さの演出は桁違いにあがる。
鏡が小さく何枚も配置してあると、途端に公衆便所ちっくになるのだ。
そのような小さい鏡はたいていフチがむき出しである。
額縁のようなフチに一枚の大きな鏡がはめ込んであると、リゾート感や別荘感が演出できる。
だがしかし、この豪華で贅沢な鏡はとんでもなく高い撮影技術が必要となってくるのである。
どんなアングルにしても自分が入ってしまうので、無理な体勢で撮っていることが多い。
中国雑技団なみの軟体を活用して撮影を行っているのだ。
例えばこのような洗面の撮影などは、軟体をもってしてもどうしても自分が写り込んでしまう。
グルリ一周の鏡の中にさらに鏡が写り込んでしまうため、どの位置に立っても自分が鏡に捉えられてしまうのだ。
そんな時、私は心を無にして自分を透明にしてゆくのだ。
便所ライターを9年もやっている私にしか繰り出せない技である。
そうか。
皆さんはココを絢爛豪華なゴミ箱だと思っておいでのようだ。
それでは今後は、意識高い系数珠繋きをやってみないか、こっそりと路地裏のド派手トイレで壮大な意識改革事業である。
『臥龍殿』のトイレを発掘できた人たちの高貴な心配りで、個々に責任ある行動を取っていただき、絢爛豪華なトイレに箔を付けようではないか。
ゴミひとつなく常にキレイで、ココ本当にトイレなの?と訪れた者に『高級リゾートホテルじゃない?』と思わせる。
「あ・・・トイレなのね」
そう、トイレ以外の何でもない。
Aspreyのアメニティが各個室に置かれるようになるのを目標にして、さあ観光客たちよ立ち上がれ!
※全画像:筆者撮影