鏡餅も登場!永遠の愛を誓う”天上人”のお正月
源氏36歳のお正月。元旦の朝は雲ひとつ無く晴れ渡り、新しい年のスタートに相応しいお天気。春の御殿は梅の香りと薫物の匂いがまじりあい、えも言われぬ素晴らしさです。原文ではその様子を”生きる仏の御国”と、壮大な表現で表しています。まさに雲の上の人びと、殿上人ならぬ天上人の世界なわけですね。
ゆったりと落ち着いた雰囲気の中、女房たち(年配のベテランが中心)が仲間同士で新年の願い事をしていると、来客の対応の合間を縫って源氏がちょっと顔を出します。
「みんなちゃっかり自分のお願いをしているね。何をお願いしたの。教えてよ。私がお祝いしてあげよう」というと、若い頃から源氏のお手つきの中将の君が「殿のことをお願いしていましたのよ。自分たちの願掛けなんていたしませんわ」。私たちのお正月にも馴染み深い鏡餅がここに登場!ちょっと感動です。
午後、お客さんが落ち着いた頃、源氏は紫の上に「今朝は女房たちが鏡餅にお願い事をしていてね。なんだか羨ましかったから、私からあなたにお祝いを。庭の鏡のような池には、この家で愛を育む私たちの姿が映っているよ」。ああ、おめでたい!
そう言いつつ、源氏は「晴れ着がみんなに似合っているかチェックしにいこう」と、おしゃれをして出発します。
「初めての手紙が欲しい」引き裂かれた母の切ない願い
まずはちい姫の部屋へ。ちい姫の所は子どもや若い人が多いので、雪の庭におりて元気に遊んでいます。ちい姫には、可愛いお菓子や料理の詰め合わせと、松の枝に止まったウグイスの人形が届いていました。ウグイスは手紙をくわえています。
「年月を松にひかれて経る人に 今日鴬(ウグイス)の初音聞かせよ」。長い年月、姫の成長を心待ちにしている私に、どうか初めてのお便りを下さい……という実母の明石の上からの贈り物でした。
源氏も本当にその通りだと思い、涙を拭き拭き、ちい姫に「このお返事は自分で書いてね。女房の代筆ではダメですよ」。自ら墨をすって筆を渡しながら返事を書かせます。
ちい姫、すでに7歳。別れた時は3歳でしたが、今は読み書きもできるようになっています。毎日見ていても見飽きないのに、実母ならどれほどみたいだろう。いつまでも実の親子を引き離しているのは良くないことだと、源氏は改めて心苦しく思うのでした。
「ひき別れ年は経れども鴬の 巣立ちし松の根を忘れめや」。ウグイスは巣立っても、自分の巣のあった松の木は忘れません。和歌として成立しているのですが、覚えたての文法を使って書いた、小学生1年生の作文的な感じですね。続けて、思ったことを子供らしくあれこれ書いてあります。
彼女が歌に込められた真意が読み解けているのかどうか、ちょっとわかりませんし、どれくらい実母のことを憶えているのかも謎ですが、ともあれ、立派な成長ぶりです。
トゥーマッチも問題!?晴れ着が似合いすぎた夏の御殿
夏の御殿はシーズンでないせいか、非常に静かです。彼女はいつも通り上品に、源氏の贈った縹(はなだ)色の晴れ着を着ていましたが、まず源氏が思ったのは髪のこと。(ああ、髪も随分薄くなってしまって。あまり良いとは言えないが、かもじ(ウイッグ)をつけるといいかもしれない……)。
もとより自分に構うタイプではなかった花散里ですが、ブルーグレーと濃い赤の組み合わせは、彼女の容色の衰えを引き立たせるという悲惨な結果に。イメージカラーとしては間違ってなかったのですが、トゥーマッチすぎるのも困りものです。
源氏は几帳を隔てて、できるだけ姿を見ないようにしつつも(この人の誠実さ、優しさは本当にかけがえのないものだ。他の男なら見捨てるだろうが、私とこの人は心からの信頼で結ばれている)。すでにセックスレスになって久しいけれど、互いに寄せる親愛の情は真実のもの。2人は、これからも仲良く過ごそうと誓い合いました。
続いては新入りの玉鬘。まだ引っ越して日も浅く、部屋にも必要最低限のものがあるくらいですが、なかなかさっぱりしていい感じです。
パキッとした山吹色の晴れ着は、玉鬘にぴったりでした。本人も見た途端に「なんて綺麗」と感動した素晴らしい色合いで、目の覚めるような華やかな色が、玉鬘の陰のない美貌を引き立たせています。こちらはマッチして良かった例ですね。
加えて彼女の髪は苦労のせいか、毛先が少し細くなっているのですが、サラッとなっているところがかえって爽やかだと表現されています。同じ髪のことでも、花散里とは雲泥の差です。
一応、親子ということで几帳も隔てず対面していますが、当然ながらやっぱりどこかぎこちない。そんな彼女の様子を見て、源氏は別の意味で心が動くのを感じます。おやおや。長年の夫婦でも花散里とは顔を合わせなかったのになあ。
源氏が「これからは遠慮なく、春の御殿にもいらっしゃい。ちい姫が琴のお稽古を始めるから、よかったらご一緒に。意地悪な人は誰もいないから」と話すと、玉鬘は「おっしゃる通りにいたしましょう」。
まあ、玉鬘の立場からすれば、ここまで世話になっておきながら断れるはずもないだろうという感じ。源氏としても、単なる義理の親子では済まなさそうです。
愛用品が物語る、ハイセンスな大人の世界
日も暮れる頃、源氏は冬の御殿に入りました。御簾の前からすでに薫物が奥ゆかしく香り、ムード満点です。
入ってみると、居間には本人の姿はありません。あたりには読んでいたらしい本が何冊かそのままに、手遊びに書いた紙が散っています。中華風の立派なフチの付いた敷物には、琴がそっと置かれています。火鉢には衣に焚きしめるのとは別な薫物がくゆらせてあり、ブレンドされた香りがまたなんとも言えず優雅です。
紙を見てみると達筆な字で、ちい姫からの返事を喜ぶ内容と、本当にこの日を待っていた、これからは折々には手紙のやり取りができるかも……といった事が書いてあります。
源氏が微笑みながらその横に足し書きをしている所に、ようやく明石の上登場。さすがに恥ずかしかったのでしょうが、源氏に対して馴れ馴れしくはせず、慎ましく接します。(やっぱりこの人は違う)。源氏は結局、そのままお泊りへ。
源氏が室内に入った時の描写はまるで映画のようです。本人がいない代わりに、本や琴、敷物などの身近な愛用品の様子が、明石の上を雄弁に語ります。何とも心憎い演出です。
居間にいなかったのはたまたまかもしれませんが、明石はエキゾチックな晴れ着に合わせて室内もコーディネートしたのでしょう。相当ハイセンスな人です。その総合力とちい姫効果によって、明石の上は紫の上から源氏を勝ち取ったのでした。
いきなり荒れ模様!正月早々気まずい朝帰り
明石の上のもとにお泊りしたものの、源氏は(正月早々、紫の上が荒れるだろうなぁ)と気兼ねして、夜も明けぬうちにそそくさと帰ります。(まだ暗いのに。そんなに急いでお帰りにならなくても……)と、寂しく見送る明石の上。
一方、待ち受けていた紫の上は、まんじりともせず朝を迎えました。さっき、永遠の愛を誓ったばかりなのに!源氏は「ちょっとあっちでうたた寝したら結構寝ちゃって。向こうも起こしてくれなくて……」と、言い訳モード。紫の上はシカトを決め込んでいます。(やれやれ、やっぱり大変なことになった)と源氏は狸寝入りをし、日が高くなる頃再び起きました。
気まずい雰囲気の正月2日、源氏はお客の相手で忙しいふりをして、紫の上を顔を合わせないようにしています。ギクシャク。さらに今日は六条院で新年会。上流階級のセレブたちはほぼ顔を揃え、お年賀モードは続きます。
この後、1月14日に夕霧や頭の中将の子息が参加する男踏歌(四位以下の男子が歌い踊りながら宮中から貴族の家を回る)が行われ、この見物の際にに玉鬘と紫の上が初対面。
ここで、源氏は夕霧の美声に「なかなかいい声だ。やはり勉強一辺倒ではつまらない」と、息子のバランスの良い成長を願う気持ちを吐露しています。一人息子なのに、夕霧の出番はここだけですね。
やっぱり残念!2軍メンバーの正月
さて、絢爛豪華な六条院のお正月をよそに、2軍メンバーの暮らす二条東院のお正月は至って地味で寂しく、退屈。とはいえ、生活の心配なく過ごせることはありがたく、源氏を恨む気にはなれないというのが本音です。この中でもっとも身分の高いのが末摘花。源氏も挨拶なしというわけにもいかず、新年イベントが落ち着いた頃にやってきました。
贈られた柳(白とグリーン)の晴れ着を、彼女は着ていました……が、どう見ても残念。しかも一緒に贈った襲(重ね着用の衣)はつけておらず、なぜかノリがバリバリに効いた、艶のない黒っぽい赤いのを下に一枚だけ。見るからに寒そうです。衣はあるはずなのに、なぜ重ね着しないのか。極貧生活でサバイバルした経験が、まだ染み付いている?
奇妙な顔の鼻の赤さは健在で、霞の中でもくっきり見えそうなほどです。逆に唯一の取り柄だった見事な黒髪はすっかり白髪が増え、まるで滝のように横顔にかかって見えます。
花散里の薄毛も辛いが、こっちの白髪も辛い……。源氏はとても直視できず、几帳を引き寄せて見ないように、見ないようにしています。一方、末摘花はそんなことを思われているとはまったく知らず、まるで源氏を親か何かのように信頼しきっている様子。
さすがの源氏もかわいそうになって「あの、衣服の管理をする人はいらっしゃいますか。部屋着ですから、見た目は悪くてもたくさん重ねて暖かくしていたほうがいいと思いますよ」。
末摘花はぎこちなく笑って「兄君の衣の仕立てが間に合わなかったので、毛皮を持って行かれてしまいましたの」。源氏はやれやれと思いつつ「毛皮はお坊さんが使われる方が良いと思いますよ。それより、白い衣なら何枚着ても問題ないのに、どうしてそうされないのですか。もし足りないものがあるなら遠慮なく言ってください。もともと気の効かない性格ですが、今は家族が増えて手がまわらないことも多くて」。
そう言って、源氏はすぐ隣の二条院の方から絹や綾などの生地を多く取り寄せます。彼女の世話を焼きながら、源氏はふと思いました。(使用人に管理させてはいるものの、やはり自分が住まない家はどことなく寂しいものだ)。
感傷的な彼の想いをよそに、庭の紅梅だけはとても綺麗に咲いています。「ふるさとの春の木本にたづねきて 世の常ならぬ鼻を見るかな」。久々に古巣を訪ねたら、世にも珍しい”あかいはな”を見たよ!
しかしこのつぶやきを聞いたところで、末摘花には何のことかわからなかっただろう……。こうしてお正月の話は幕を閉じます。ちゃんちゃん!
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/