犬らしさを大切に。

 犬はイヌという動物です。こういうと「当たり前だろ」と思われるかもしれません。しかし、犬をイヌとして扱わない人も多いのではないでしょうか。イヌとしての本来の行動を叱る飼い主はとても多くいます。犬はイヌであり、ヒトではありません。人の視点で見ると、やや困るような行動も犬はします。こうした行動を尊重できるか、イヌとしての欲求や感情を受け入れているか、これらを軽視すると、その結果として犬は不幸を感じ、それは問題行動となって表現されることもあります。
 ここでは、よく叱られがちなイヌとしての必要な行動や、誤解の多い飼い主の行動をご紹介します。

匂い嗅ぎ行動

 犬の感覚器官で最も重要なのは嗅覚です。これはご存知の方も多いと思います。この匂い嗅ぎ行動はよく散歩の時に見られます。匂い嗅ぎ行動を禁止したりすれば、犬にとってはかなりのストレスになるでしょう。人は視覚が重要な器官です。視覚を奪われると、生活はかなり困難になります。もしあなたが「目を使うな」としつけられたらどうでしょうか。犬の匂い嗅ぎ行動を禁止するのは、人で言う所の「視覚を使うな」に相当します。
 この匂い嗅ぎ行動をやめさせる人は、マーキングされた匂いを嗅ぐことに抵抗があるようです。他の犬の尿の跡に鼻をつけて嗅ぐ行為が不潔だと思うようです。人間がこれをしたら確かに変態です。しかしこれは犬にとって生死を分けるほど重要な意味を持つ行動です。他の犬の尿の跡からは、個体のおおよその情報が判別できます。年齢、性別、健康状態、性格の一部などがわかります。この情報を元に自分の生きるエリア周辺の個体を知ることができます。また、この跡に自分の尿をかけることで、自分の存在もアピールすることができます。これは、ケミカルコミュニケーションと言われ、イヌ科動物全般に見られる生まれ持った行動です。
 この匂い嗅ぎ行動をやめさせると、自分の生きるエリア周辺にどんな犬が住んでいるのか、それには脅威はないのか、といった判断が効かず、不安になることがあります。また、この匂い嗅ぎ行動では、嗅ぐだけでなく、舌で舐める行動も含まれます。安易に「汚い」と思ってやめさせるべきではありません。犬の唾液は殺菌効果が高いので、これぐらいはさほど問題にはなりません。
 匂いを嗅いだり、マーキングの許される場所では、この行動を保障します。

犬のお尻の匂いを嗅ぐ

 これも、よく禁止令が出る行動です。犬は初対面や馴染みの薄い犬に出会うと相手のお尻の匂いを嗅ぎます。これも匂い嗅ぎ行動と同じくコミュニケーションです。犬の世界の挨拶です。具体的には肛門線の匂いを嗅いで、相手の情報を確認します。これを「こら!お尻の匂いなんて嗅がないの!」と言って引き離すと、挨拶ができません。なので、相手を警戒したり、不安になったり、時には喧嘩になることもあります。別に汚くはありません。挨拶はしっかり見守ってあげてください。

やたらと抱く

 犬は抱かれるのが得意ではありません。抱くことで、自分の身長の何倍もの高さに持ち上げられます。多くの犬は高い所が苦手です。そして抱かれて逃げ場を失った犬は、逃げることもできずフリーズします。人は単に犬を抱きたいだけで、犬は抱かれたいとは思っていないかもしれません。犬の仕草やボディーランゲージを確認して、不快に思っていないか察してあげてください。
 また、抱かれることは、捕獲と感じる犬も多くいます。動物にとって捕獲された状況は好ましくありません。故に不安を感じる犬が多いのも事実です。

触る

 我々は、丸くてフワフワしているものを見ると、つい触りたくなる動物です。触って感触を確かめたいという衝動に駆られます。犬はどうでしょうか。「自分は丸くてフワフワしているから触って!」と思っているでしょうか。そんなはずはないでしょう。多くは、やたらに触られることを嫌がります。個体によっては触ると噛む犬もいます。犬は触ってもらいたい時は、とてもわかりやすくアピールしてくると思います。このアピールがあった時は、その要望を叶えます。しかし、アピールに興奮が伴っている場合は、興奮が冷めるまで待ってから触ります。興奮してアピール(例えば、吠えや飛びつき)している時に応えると、その直前の行動(興奮している)の頻度が高まります。なので犬が落ち着いてから願いを叶えます。すると、穏やかにアピールするようになります。

本能からくる行動を叱らない

 本能からくる行動を叱っても、なかなか収まりません。本能には強い衝動があります。衝動は、押さえ込めらると不快を感じて抵抗します。つまり、この場合では叱られると強い不快感が生まれるということです。
 例えば、インターフォンが鳴ると爆吠えする犬がいるとします。これは「巣穴によそ者がやってきたぞ!皆気をつけろ!」というアラートと、よそ者に対しての警告です。犬はこうして家を守っています。これを叱れば、犬にとってはさぞ不本意なことでしょう。自分の生きる環境を保守することに妨害が入るのですから、抵抗したり、不快感と興奮から攻撃性を見せることもあります。この問題で困るのであれば、インターフォンに対する神経的な反応を抑制する練習をします。インターフォンを鳴らし、吠える前に報酬を与えます。次いで、報酬を与える時間を徐々に伸ばします。細かい方法は割愛しますが、こうした練習でインターフォンに対する反応は抑えられます。
 衝動に駆られた行動を叱っても、犬との関係をこじらせるだけで行動は中々改善されません。中には強い不安を抱くようになってしまうこともあります。彼らの意思を理解すれば、それを尊重でき、それなりの方法が取れるのではないでしょうか。

おわりに

 イヌとしての健全な行動を抑制したり、叱ったりすれば犬は不快なストレスを溜めるでしょう。このストレスは様々な問題行動の引き金になります。犬と良い関係を築くためには、相手を知り、尊重することが大切です。こちらの都合で一方的に叱っても、犬は理解できないばかりでなく、不快なストレスを受けます。ストレスがたまればいつかは爆発します。全てがうまくいかなくても、できるだけ犬のイヌらしさを尊重してあげたいものです。それは、犬の笑顔や愛情となって飼い主の前に現れることでしょう。

TOP画像は著者が撮影したもの。

 

DBCA認定ドッグビヘイビアリスト(犬の行動心理カウンセラー)・JCSA認定ドックトレーナー(家庭犬訓練士)・動物行動学研究者(日本動物行動学会)。 警察犬訓練所でドッグトレーニングを学び、その後に英国の国際教育機関にて”犬の行動と心理学上級コース(Higher Canine Behaviour and Psychology)”を修了。ドッグビヘイビアリストとして問題行動を持つ犬のリハビリを行っている。保健所の犬をレスキューする保護活動にも精力的に取り組んでいる。 動物行動学・心理学・認知行動学を専門とし、犬がペットとして幸せな暮らしができるよう『Healthy Dog Ownership』をテーマに掲げ、動物福祉の向上を目指して活動中。 一般の飼主さんだけでなく、行政や保護団体からの依頼も多く、主に問題行動のリハビリが専門。 訓練(トレーニング)やリハビリの事、愛犬との接し方やペット産業の現状などについて執筆している。 著書:散歩でマスターする犬のしつけ術: 愛犬とより強い絆を築くために(amazon Kindle)・失敗しない犬の選び方-How to Choose Your Dog-(amazon Kindle)

ウェブサイト: http://www.healthydogownership.com

Twitter: HealthyDogOwner