「オレ達が若い頃の音楽は今より良かった」と言ってしまうおっさん

  by あらい  Tags :  

最近、昔のバンド再結成ブームで、おっさんおばさん達が興奮しています。ところで、再結成したバンドが現役だった頃の音楽業界のマーケティング手法と言えば、「テレビスポットを大量に打ちまくり、売れてる感を演出した」ということだった訳ですが、それを今風に言えば「ステルスマーケティング」なんではありません?、と言ってもみたくなる訳です。もちろん、当時のテレビ大量露出を「ステマ」と言い切ってしまうのもかなり乱暴な話しにはなってしまう訳ですが、元々海の物とも山の物ともつかぬ物が、テレビへの大量露出だけで「乗り遅れてはいけない旬の物」と確定されてしまう当時の様は、今のステマを見る以上に異様な光景だったかもしれません。

当時、当たり前とされていたその光景の雲行きが怪しくなってくるのは、1985年以降の朝日新聞やテレビ朝日、TBS等の「ヤラセ」事件が発覚し始めるようになってからなのですが、決定的だったのは何と言っても亀田一家の一件だったように思います。同じ時期に、『納豆ダイエット』というのもありましたが。あの一件以降のテレビは、社会の中でその信用を急速に落としていったように感じます。ただ、当然のように今の「ステマの何が悪い」的な意見も当時から脈々と受け継がれており、とりわけ広告代理店のような業界関係者は、概ね「ヤラセの何が悪い」という姿勢を示していたと思います。

色んな言い方はしていました(「ヤラセ」と「演出」の境目は明確にできるものではない、等)が、結局の所「オマエら楽しんでんじゃん、楽しんだんだから文句言うなよ」だったでしょうか。

ま、そうです。

当時は若者だったおっさんおばさん達はある部分、釣られていることをどこかで知りつつも、それを楽しむことを時代の空気として、共有したのです。広告代理店に大量消費を誘導させられ、消費しまくり、踊らされるだけ踊らされることに、見事なまでの“和の精神”で結束し(させられた)、盛り上がった訳(盛り上がらない奴、空気嫁)です。

個別に行動するより、集団になることで物事が色々大袈裟になっていくことを、おっさん達は理屈以前の感覚として、解っていたでしょうか。それは間違ってはいないのです。一人で行動するよりは、全員で同じことをした時のパワーは、今でも時々、例えばサッカーのW杯の時などでも経験できますが、それは計り知れないものを持っているのです。そして、その集団にただ積極的に参加しようとするだけの事で、自分以上の大きなパワーの恩恵を受けられる実感を、確かに当時は皆で持てた訳です。ただ、非効率的なコスト等に代表されるように、集団には集団のデメリットが当然あり、右肩上がりの経済成長が止まり、経済そのものが集団の持つデメリットを吸収できないようになってくると、会社にも社会にも集団に依存しない自立した“個”が求められるようになっていったでしょう。やがて集団独特の大きな力で皆が盛り上がるようなトレンドは、次第に社会の中で立場を小さくしていくようになっていく訳です。

そうしてメディアが「ヤラセ」を仕掛けても、次第に社会が集団としての反応を見せなくなり始めると、仕組む側は、それをどんどんエスカレートさせていきました。売り上げを上げるには、社会に集団として反応して貰うしかないからです。行き着いた先が亀田一家なり、納豆ダイエットだった訳です。そして、メディア側の読みとは裏腹に、社会では既にそれを拒否する空気が支配していたのでした。

順を追って遡ってみれば、おっさん達の時代、つまりステマに釣られて盛り上がったおっさん達の青春を責めるのは、ちょっと酷な話にはなる訳です。高度成長という特殊事情があったが為に、集団の非効率さの殆どを社会が許容でき、だから個の力の一切を無視し、皆で集団のパワーに極限まで依存し、陶酔し、盛り上がることが可能だった訳です。おっさん達がそれに乗ったことは、“時代”としか言いようのないことではある訳です。逆に、個の力を求められてしまう今の若い人達におっさん達と同じような釣られ方をしろと言うのは、それも無理な話ではあることは論を待たないでしょう。

集団の大きなパワーに自身の価値観の殆どを依存させたおっさんおばさん達は、確かに莫大な売り上げを業界にもたらしました。そこでその特殊事情に任せた売り上げを、音楽そのものの絶対評価にまで換算してしまうことをおっさん達はしがちではありますが、それは本当の意味での音楽の評価とは、どこかで別にしないといけないものではあるでしょうか。

単純に、あの時代の売り上げは、音楽だけの力でもたらされたものではないのですから。

 

東京の音楽業界の隅っこで仕事をしてきました(インディーズアーティストのもろもろ、ゲーム、ラジオの音楽制作、専門学校講師等)。2014年から某楽器メーカー勤務。

Twitter: ilandcorp