先日ミシガン州で、『マット安全法』(Matt’s Safe School Law)と呼ばれる学校でのイジメ防止法が州の法律として成立しました。
この法律、ゲイであることで執拗なイジメを受け、それを苦に2002年に自殺をしてしまったマット・エプリング君を忘れないでおこう、ということで、こうした名前がついていて、一見良い法律のほうですが。。。
文言には次の一文が。
「もしイジメが”sincerely held religious belief or moral conviction”で行われた場合は適用しない」というもの。つまり、イジメが宗教的信仰、あるいは道徳的信条に基づくなら、それはOKというもの!なんと〜!
アメリカがかなりの宗教国家であることは、ブッシュ前大統領の台頭時から日本でもかなり知られて来ましたが、この法律も特にキリスト教右派にとっては使い勝手の良いものとなってしまいました。
ワシントン・ポストが批判しているところによると、ゲイの子どもをいじめるには、(キリスト教にとっての)旧約聖書のレビ記20:13を引用すればよい、というのです。ちなみに、日本聖書教会の新共同約での当該箇所は「女と寝るように男と寝る者は両者共にいとうべきことをしたのであり、必ず死刑に処せられる。彼らの行為は死罪にあたる。」となっています。
またユダヤ人イジメをするには、新約聖書の(皮肉にもマットのラテン読みである)『マタイによる福音書』27:25 を引用すればよいと。「民はこぞって答えた。『その(キリストの)血の責任は、我々と子孫にある。』」これは、昔から反ユダヤ政策に用いられてきた文言でもあります。
しかし、いわゆるバイブル・ベルトと呼ばれる、アメリカ南部のキリスト教信者(主にバプテスト)の多い地域でもない中西部のミシガンで何故?という疑問は残ります。
これはもしかすると、ミシガン州が宗教に寛容だったからかもしれません。実はミシガン州は、中東からの移民が全米一多い州。2005年の統計ですが、中東地域を除くとパリに継いで世界で二番目にイスラム教徒が多い地域なのです。
こうした宗教への寛容さ、あるいはそれに対する反発が、キリスト教右派の台頭を許してしまったとしたら、それは大変残念なことと言えます。実際、亡くなったマットの父親であるケヴン・エプリング氏は、この法律は恥ずべきもので、政治が偏見を容認してしまった、と嘆いているそうです。(Detroit Free Press)
もちろん、アメリカ人、日本人共に良い人もいれば、悪い人もいるように、アメリカ、日本共に、良い所、悪い所、多々あります。日本でも性差別はなかなか無くなりませんが、宗教の名のもとに暴力を肯定する法律は、宗教テロさえ容認しかねず民主主義の根幹を揺るがすものです。こればっかりは輸入するわけにはいきません。