中銀カプセルタワービルは、2021年9月より順次解体が進められるという。今回ありがたいことに部屋のオーナーさんからお声かけいただいて、ポートレート撮影を行うことになった。
撮影にあたって、8月公開の長谷川朋史監督作品、『あらののはて』にも出演する、俳優の成瀬美希さんにモデルをお願いした。彼女は建物やビルが好きだと聞く。建物が好きな人がこの失われゆくビルにどういう感情を抱き、それは表情に現れるのだろうか。そういう興味が湧き声をかけたのだ。
このビルは、黒川紀章設計の代表作であり、メタボリズムを象徴する建設の一つである。街は常に変化を続け、古い建物は消え新しいビルへと生まれ変わる。このビルもまた街の新陳代謝に抗うことはできなかったのだ。
たしかに建物自体の老朽化は進み、近くで見ると建物の傷みや塗装のはがれ、くすみが目立つ。ただその佇まいは、他を圧倒するチカラを放ち続けている。均質化されたビル群の中でひときわその存在感を放ち未だ異質だ。僕らが選んだ未来にはない、別ベクトルに進んだ平行世界がたどり着いた未来を感じる。知らない未来が目の前に建っているのだ。
その外観は無機質な物質の集合体でありながら生物的でもある。一つひとつの細胞が重なり積み上がった臓器のような生々しさすら感じる。このビルは東京の心臓なのかもしれない。屋上にそびえ立つ赤い突出は大静脈大動脈を思わせる。人は血液だ。
この二つのタワービルは屋上で繋がっていて、お互いのビルを行き来することができる。多くの人が居住していた時代は、血液が循環するがごとく人々の交流が盛んに行われたりしたのだろうか。朽ちゆくこのビルの壁にそっと手を置き思いを馳せる。鼓動は聞こえない。
すでに正面玄関は閉鎖されており、現在は裏口からのみ入ることが許されている。エントランスは空気の流れが止まった空間の独特なにおいを放つ。人の出入りのなくなった家屋は朽ちるのが早いと聞いたことがあるが、この空間にそんな重さを感じた。もう終焉(しゅうえん)は始まっている。建物もまた生命に触れていないとその役割を失うのだ。
部屋へと誘われビルの内部を見回してみる。全てがコンパクトに収まっているという印象。部屋に上がるエレベーターも大人が3人も乗れば窮屈さを感じるほどだ。1972年竣工のこのビルが歩んだ50年。この50年で日本人の平均身長は10cm伸びたという。 この空間が狭いのではなく、私たちが大きくなってしまったのだろう。
今回撮影に使用させていただいた部屋は、和室にリノベーションされており、部屋に入るとお香の香りが鼻をくすぐる。しっとりとした湿度の高い空気は意識をスンと落ち着かせてくれる。
香りによる静寂。
畳を敷くため床が底上げされてさらに狭小な空間を作り上げている。しかしその狭さこそが作品であり美なのだ。狭い空間に閉じこもると意識の空間が広がっていくのを感じる。心はより深く静かなところへ落ちて行く。狭いからといって息苦しさはなくむしろ心地よい。茶室に宇宙を見る人は多い。この部屋もまたそれを感じさせてくれる。
僕は静かにシャッターを切り始める。
YouTube動画『中銀カプセルタワービル x 成瀬みき』:https://youtu.be/TBklIXNAL6M
成瀬「中銀カプセルタワービルは彼氏というより親友にしたいタイプだと思いました。」
今回モデルを頼んだ成瀬美希さんは、ビルや建物が好きだという。建物の魅力や彼女自身について少し話を聞いてみた。
ーービルや建物のどういった部分に魅力を感じているのですか?
成瀬: どこに魅力を感じているのでしょう……(笑)。そのものの雰囲気や歴史や造り手の顔が浮かぶディティール、また日が落ちた時の影のつき方などでしょう……。 建造物であればなんでもいいというわけではなく、なんだか一目惚れに近い感覚で、気にいる建造物に出会った瞬間、どきっとするんです(笑)。
ーー建物に人的な魅力を感じているのでしょうか。今回訪れた中銀カプセルタワービルの印象はいかがですか?
成瀬: 外観はもちろん存じ上げていました。一足踏み入れた瞬間、住んでいた人や歴史の匂いを感じました。第一印象として強く残っているのは各お部屋の郵便ポストです。ダッと綺麗に並ぶそれは外観ともマッチしていて存在感がありました。 お邪魔させていただいたお部屋も本当に素敵で、皆さんが元の輪郭を残しながらカスタマイズしていらっしゃるお話を聞いて、まさにカプセルの名の通りだと思いました。
よく気に入った建物を人や関係性で例えるのですが、中銀カプセルタワービルは彼氏というより親友にしたいタイプだと思いました。 男前で多趣味、友達も多くまさにみんなの人気者。モテモテだからこそ、親友でいて、自分が恋愛に悩んだときに真っ先に相談できる人……。という感じです(笑)。
ーー親友ですか(笑)。面白い視点で観察されているのですね。成瀬さんは俳優をされていますが、役を演じる中で何を一番意識されていますか?
成瀬: 台本を冗談抜きで何百回と読みます。脚本家さんの頭の中に入り込み、台本に書かれている部分をいかに炙り出して、書かれていない部分を最大限に想像することを意識しています。その役と自分の相違点を見つけてリンクさせていく作業が一番好きです。まだまだですが……。 ーー役になりきって演じるのではなく、“役を生きる”んですね。今後の活躍も楽しみにしてます。撮影ありがとうございました。 成瀬: ありがとうございました! 今回の撮影を通して、その経験は血肉となって新しい彼女を形成していく。彼女は中銀カプセルタワービルを感じ、この一瞬を生きたのかもしれない。その一瞬を写真としておさめる。 僕もまたこのビルに感じたことを写真に残すのだ。 古きは淘汰され、より新しいものに生まれ変わる。それは決して悪いことではない。表層は生まれ変わったとしても、文化として記憶としてたしかに残り続けるのだ。このビルに触れた経験は、今後私たちの写真や演技の一部になっていくのだろう。 午後16:47 まだ陽は高く夜は遠い。 さよなら、中銀カプセルタワービル。成瀬美希プロフィール 1994年12月5日生まれ。東京都出身。俳優。 2015年より4年間舞台をメインに活動後、現在は映画、CM、MVと演技と活躍の場を広げる。 8月21日から、池袋 シネマロサにて3週間のレイトショー公開が決定した、長谷川朋史 監督・脚本作品『あらののはて』に出演。 ・池袋シネマ・ロサ 8/21(土)〜9/10(金) 3週間レイトショー 上映 20:10〜 ・横浜シネマリン 9/25(土)〜 ※レイト枠 ・長野千石劇場 10/8(金)〜10/21(木) ・広島 福山駅前シネマモード 10/22(金)~1028(木) ・名古屋 シネマスコーレ 近日公開 ・京都 京都みなみ会館 近日公開 また12月より全国上映が決定している、MOOSIC LAB JOINT 2020→2021 グランプリ受賞作品『POP!』(2021)に出演。美術も担当する。 趣味:競馬観戦・散歩・歌 資格:日本酒検定3級・乗馬ライセンス・普通運転免許 ・twitter: https://twitter.com/_nalbamikki ・Instagram: https://www.instagram.com/_narusemiki.honmono/[リンク]<!-- } orig -->