梅雨時は気温や湿度の差が大きく、体調を崩しやすいですね。”風邪に効くのはやっぱりニンニク”というのは、平安時代には知られていたようです。というわけで、長い『雨夜の品定め』の中でも異色のネタ話が語られるシーンをご紹介しましょう。
「ある意味片思い」脅迫されて姿を消した子連れの元カノ
ニンニクの前に、ストーリーの伏線になる話を。ここまでMC的な役割をしていた頭の中将が左馬頭に変わり、密かに付き合っていた元カノの話を披露します。
彼女は可愛くおとなしいタイプで、たまにしか会えなくても文句を言わず、身寄りもないので頭の中将だけを頼っていじらしい感じでした。そのうちに女の子も生まれます。
ところが、正妻の実家(右大臣家、弘徽殿女御の実家)が彼女を脅迫し、心細がって子供のことを書いて送ってきます。頭の中将は会いに行き、彼女は相変わらず優しかったのですが、ほどなく姿を消しました。
「どこでどうしているだろう。子連れで、生きていたら苦労しているだろうに。長い付き合いになるとは思わなかったが、子どもも出来たし、ちゃんと面倒を見ようと思っていた。どうにかして探し出したいが手がかりがない。
私の方では愛していたと思っていたのに、彼女は本当は傷ついていたのにも気づかず、ある意味片思いだったのかもな……。
左馬頭の嫉妬深い女も、現にまだ生きていたらウザいだろうし、浮気な女のビッチなところも問題だ。私の彼女の場合も、続いていたら違う問題が出てきたかもしれない。
まあ、どこにも欠点がないような、そんな女がいるはずもない。天女のように欠点のない恋人なんて、付き合っても面白くないだろうね」とまとめます。
さすが弘徽殿女御の家。ガラの悪い怖いお兄さんなどを押しかけさせたのでしょうか。京の都は治安が悪く、盗賊が横行していました。女子供だけでは心細かったでしょう。
「相思相愛と思っていたけど、実は自分の片思いだったのかもしれない」というのも、実感の伴う反省です。
この元カノは、後に源氏と出会う夕顔、子どもは玉鬘(たまかずら)という娘で、のちのちまで源氏には重要な存在になります。
やっぱり風邪にはニンニクが効く!勉強が出来過ぎる教授の娘
頭の中将は、お前のところにも面白い話があるだろう、といって式部丞をせっつきます。彼は「僕なんか下の下なので、面白くないですよ……」と前置きしながら話し出します。
「まだ私が学生だった頃、教授の娘と付き合っていたんです。教授は僕らの関係を知ると大げさにお祝いしてくれました。実は僕の方はあんまり気が進まなくて、でも教授の手前もあるし、何となく付き合っていました。
彼女はしっかり者で仕事の相談でもなんでもできる。そしてそこら辺の先生も真っ青なくらい、漢文が出来るんです。ベッドトークに漢文の講義。手紙もひらがなゼロの、本格的な漢文。おかげですごく漢文が身につきました!今でも感謝しています。
本当にスゴイなと思うんですが、僕の方では学力の差も気になって距離をおいていました。
しばらくして、近所に用があったついでに寄ったら、いつもと違った部屋で直接対面せず、物越しにするのです。(嫉妬してるのか?)とバカバカしくもあり、(それなら別れるのにはちょうどいい)とも思いましたが、彼女は頭がいいので、嫉妬して文句をいうこともない人でした。
なんだろう?と思っていると、彼女が早口で「数ヶ月、風邪の重きに耐えかね、ニンニクの薬を服用しております。大変臭く面会は遠慮申し上げますが、間接的に雑用などは承ります」と、まじめに漢文風に言うのです。
とにかくニンニクのニオイがものすごいので、どうにかして逃げようと思いながら「はあ、そうですか」といって帰りかけると、声高に「このニオイがなくなるころまた来てください!」。
何も言わないで帰るのも、と和歌を読みかけると、言い終わらない内にかぶせるように返してきました。そういうのはよく出来る女でした。」
聞いていた3人はあきれて「嘘やん!そんな女おるわけないやん!」とツッコミます。
直接対面しなかったのは彼女なりのエチケットだと思いますが、間仕切り程度ではニンニクの臭い防げず。高学歴女子はモテない、彼のほうが学歴の差を意識してしまうから……という話も聞きますが、まさにそんな感じのカップル。でもちょっとネタっぽい?
当時、公的文書は全て漢文。男性には必須の教養でした。紫式部に漢文の素養があったのは有名ですが、そこからこんなキャラが生まれたのか、実在のモデルがいたのか。”風邪にニンニク”もどれくらい一般的だったのか、色々想像すると面白いです。
余計なことをするな、空気読め!平安時代のウザい人びと
一方で、女性がちょっと漢文をかじった程度でひけらかすのはみっともない、という意識も。「男女ともに知ったかぶりはみっともないが、特に女性が書く漢字が入り混じった文は、ゴツゴツした感じ。上流の女性もわりとよくやってるが頂けない」というような話が続きます。
漢文と共に、現代人としてよくわからないのが和歌。枕詞や掛詞について、ある程度は古文の時間にやりますが、他の歌の引用や故事などがアレンジがされた和歌が出てくると一気に「???」になりますね。
平安時代の人は、そういう和歌の全てが理解できたのかといえばさにあらず。中には面倒くさい人もいたらしいです。
「和歌の上手な人が、古歌の引用ばかりを組み込んだ難解なのを送ってこられるのもウザいですね。返事しないと失礼だけど、歌が苦手だと返事を考えるのも辛いですよ。
節会(せちえ。宮中の公式行事)がある朝なんて、「早く行かなきゃ、漢詩はどういうのを作ろう?」と思って慌てているのに、そのタイミングでわざわざ、凝りまくった和歌を送ってくる女がいます。
なんで今?と思いますよ。忙しくない日なら「いいね!」と思えるのに。余計なことをするな、空気読め!と思います」。
そう聞きながら源氏は「余計なことも空気読めないこともしない、あの方は本当に素晴らしい人だ…」と藤壺の宮のことを想っています。
源氏は成人&結婚祝いに、父の桐壺帝から二条院という邸をプレゼントされていました。源氏が小さいころお祖母ちゃんと暮らした、母方の実家を増改築してくれたんですね。源氏もとても気に入っていますが「こういう家で、藤壺の宮みたいな人と一緒に暮らせたら」。
今のところ、この家には源氏に仕える女房などがいるだけ。源氏は時々帰っては、気楽に過ごしていますが、何にしても藤壺の宮のことでいっぱいだ…というところで、後は話もグダグダになり、夜が明けてお開きに。雨夜の品定めはおしまいです。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
(画像は筆者作成)