アメリカ合衆国(米国)の50州中49州は、日本で44の都道府県が制定している都道府県民歌と同じように各州の州歌を制定しています。バージニア州では1997年に旧州歌『Carry Me Back to Old Virginny』廃止から18年余りのブランクを経て、今年3月にようやく2代目の州歌『Our Great Virginia』が制定されたので最後に取り残されたのはボン・ジョヴィやブルース・スプリングスティーンらの大物アーティストを多数輩出している東部のニュージャージー州のみとなっています。しかし、同州では1930年代から80年以上にわたって様々な楽曲が州歌の候補に挙げられては消えを繰り返し、未だに正式な州歌の制定は果たされていません。
そんな中、かつて最も有力とされていた候補楽曲は『I’m from New Jersey』(我はニュージャージーより来たり)でした。1960年に民主党のボブ・メイナー知事が他の州で続々と州歌が制定されている状況に焦りを感じて「なぜ我々は未だに州歌を持てていないのか」と失望感を表明した際、即座に呼応して候補曲『I’m from New Jersey』を書き上げたのが1922年生まれでメイナー知事の支持者だったレッド・マスカラ(Red Mascara)、本名ジョセフ・ロッコ・マスカリ(Joseph Rocco “Red” Mascari)です。
レッドが州歌制定の夢を胸に書き下ろした『I’m from New Jersey』は州内で幅広く愛唱され、1962年にはメイナーの後任であるリチャード・J・ヒューズ知事の元で州議会にこの曲を正式な州歌とする議案が提出されましたが、審議がはかどらないまま店ざらしに。そして1969年の知事選ではヒューズの退任後に知事復帰を目指したメイナーが共和党のウィリアム・T・ケイヒルに敗れ、ケイヒルは表向き「州民に浸透していない」ことを理由に挙げながらも政敵の支持者が作った曲を正式な州歌とすることを拒否したので『I’m from New Jersey』は正式な州歌の地位を得られませんでした。
しかし、レッドはここであきらめず粘り強く州議会で「『I’m from New Jersey』を正式な州歌に」と超党派の議員たちに呼びかけ、55年間に6回の議案提出を経て3回は州上院を通過しましたが下院の同意を得られず廃案となりました。その間、ブルース・スプリングスティーンの『Born to Run』やボン・ジョヴィの『Who Says You Can’t Go Home』など州出身の大物アーティストが作った様々な曲が州歌の候補に挙げられましたが、いずれも州議会で上下両院の賛同を得るには至らず「州非公式ロック」や「州非公式の若者の歌」を称しています。そのような状況下でもレッドは老骨に鞭打って「我らの故郷ニュージャージーに州歌を」を合言葉に『I’m from New Jersey』を正式な州歌とするよう訴え続け、州内の24の自治体では「『I’m from New Jersey』を州歌に推薦する」趣旨の決議が採択されました。
昨年5月には『Kickstarter』で州歌制定への情熱に半生を捧げたレッドのドキュメンタリー映画製作プロジェクトが立ち上げられ、1年余りで4万8722ドル(約600万円)が集まっています。そして昨年の秋に7度目の議案が提出され、他の候補4曲と議案を一本化したうえで審議を待つ状態となっていましたが6月20日、レッドは55年におよぶ「全米最後の州歌制定」の志半ばにして92歳で息を引き取りました。
レッドのドキュメンタリー映画製作を企画したダニエル・グッドマン監督は地元メディアの取材に対し「本当に惜しい人を亡くした。故人の遺志を継いで今年中に『I’m from New Jersey』の正式な州歌制定を実現し、来年には映画を完成させて墓前に捧げたい」とコメントしています。
画像:『I’m From New Jersey The Movie』のプロジェクトサイト(Kickstarter)
https://www.kickstarter.com/projects/1496810221/im-from-new-jersey-the-movie [リンク]